ディメンション・アクシデント

JUN

文字の大きさ
上 下
17 / 48

まつり

しおりを挟む
 特殊次元対策課近くに弁当屋があり、そこは種類も多く、値段もお得、味も良い。紗希とパセは隣のパン屋がお気に入りで、ドルメは向かいのカレー屋、セレエはその隣のラーメン屋みたいな所の焼きそばのようなものが好きらしく、各々買い物に散っていた。
 本日のお勧めを包んでもらうのを待っていると、壁に貼られたポスターが目に付いた。
「ああ、それ。はなまつりですよ。独身の男女はほぼ全員行くんですよ」
 店頭で販売を受け持っている店主の娘は、明るく言った。
「へえ」
「伝統ですね。男性は赤い花、女性は白い花を1本持って行って、交換するんです」
「ああ、なるほど」
 篁文は、バレンタインデーに女子が「友チョコ」を交換したり「義理チョコ」を配ったりしていたのを思い出した。
 ちなみに篁文は、毎年紗希と交換させられていた。買いに行くのがいくら周囲に頓着しない篁文でも流石に行きづらく、かなり早いうちに買って準備しておくという苦労を強いられていたのだ。
 つい思い出してしまった。
「ね、行きましょうよ」
「そうですね。課の皆も誘ってみます」
 彼女はニコニコとしながら、タラの唐揚げ野菜あんかけのパックを一緒に袋に入れた。
「おまけです。父には内緒ね」
「ありがとうございます」
 篁文は彼女の笑みに見送られて、店を出た。

 皆も各々、店でまつりの話を聞いて来ていた。課に戻りながら、行きたい、行ってみよう、似たような行事があったなどと話し合う。
 デスクについて各々の昼食を取り出すと、紗希が篁文の弁当に目を向けた。
「篁文、今日はおかずをプラスしたの?タラの野菜あんかけ、好きだもんね」
「店番の人が内緒でおまけしてくれた」
「……店主の娘さん?大きい」
「大きい?一人っ子だと聞いたし、同じくらいの年だろ?
 常連と認定して貰えたのかもな」
「……そうね」
 低い声で紗希が答え、パセが
「篁文、鈍い……」
と言って紗希の胸をチラッと見るのに、セレエとドルメが肩を竦めた。

 紗希とパセは、夕食後寮の部屋でお菓子を食べていた。
「紗希のところもバレンタイン?あったんでしょ。どうだったの」
 紗希はむっつりと、
「隣の家で、小さい頃から交換してたから、多分篁文は友チョコだと思ってる」
と言って、ヤケクソ気味にチョコクッキーを齧った。
「どんな雰囲気で渡したの」
「食べたいのを指定しておいて買ってもらうの。私の方は、適当に買っておいて渡すんだけど。当日『はい』ってね」
 パセは想像してみた。
 仏頂面の篁文と満面の笑みの紗希がブツを交換し、リクエストしたチョコに小躍りする紗希。
 外れていない。
「だめよそりゃあ。目に浮かぶわ……」
「ええー」
「兄弟みたいなのよねえ」
「だって、実際、そうなんだもの」
「いきなり迫ってもまずいだろうしねえ。まあ当面は、寄って来るライバルに『一番近いのは自分だ』と示して、少しずつ篁文にアピールしていくのね」
「わかった。やってみるわ」
 紗希は力強く頷いた。

 まつりが近付くにつれて、市民たちはソワソワしていく。バレンタイン前にとても似ていた。
 当日と前日は、赤い花か白い花を1本だけ買う人が多いため、あらかじめ1本ずつセロファンで巻いて準備しているものがたくさん店先にあった。
 昔は各村で行われていたものがだんだん規模が大きくなって、アレイ市の会場は幾つかに分かれ、一番近いのは市役所前のグラウンドになっているそうだ。それでも人数が多いので、男女が何人かずつ列を作り、順番に高くなっている所を通って顔を見せ、まずは女性からこれと目を付けた男性の所に白い花を持って行き、OKなら赤い花を交換する。
 時間が来ると、次は男性から女性の所に赤い花を持って行き、OKなら白い花と交換する。
 あとは、家族連れや友達連れと一緒に、たくさんの屋台やダンスパーティーを楽しむ。そういう遊び半分のイベントらしい。
 ドメルは故郷に妻子がいるとかで、参加を見送った。ヨウゼには、
「地域行事ですので、できるだけ参加して下さい」
と言われていたが、妻子のある身で参加しろとは言えない。例えここにいなくとも。
 それで、ドメル以外の4人は、花を用意して会場に行った。
 男女別々の入り口に並び、ズラズラと歩いて並んで行く。
 高い段の部分では、番号札と共に1人ずつカメラで顔を映され、会場の全員に見られるらしい。
「成程。この番号札を見ておいて、そこに向かうのか」
 篁文は、どこの世界も婚活とかのイベントは盛り上がるんだなあ、と思いながら列に続いた。
 そこで気付いたが、はぐれただけと思っていたのに、セレエとパセが参加していない。
「あいつら、逃げやがったな」
 そして、鐘が鳴らされ、女性が動き出す。
 恥じらう乙女もいるのだろうが、目に付くのは、やる気に溢れる女子ばかりだった。
「うわあ……」
 小さく呟いて、少し引いた。
 篁文の方にも、女子が数人走って来る。篁文は隣を見て、こういうのがもてるのか、と思った。
 弁当屋の娘と警察官、研究所員が走って来た。
「義理堅いな」
 苦笑した時、彼女らの後ろを走る紗希が見えた。
「ああ、転ぶ……」
 笑顔を浮かべながら結構な力走を見せる彼女達に、篁文の周囲の男も、引いていた。
「早い者勝ちですか?」
 訊いてみると、
「違うよ。でも、辿り着く前に誰かと交換してしまうかも知れないけど」
と、隣のイケメンが答えた。
「篁文-っ」
 言いながら、紗希が突っ込んで来る。そして、蹴躓いてみぞおちに頭突きしてきた。
「ぐえっ」
「うわあ」
 完全に周囲の男達が引いている。
「さ、紗希、お前は――」
「はい!」
 満面の笑みで、握りしめた白い花を突き出して来た。
「……」
 思わず、周囲の皆が注目した。
「転びかけて頭突きする程の事か?全く」
 篁文は嘆息して、花を交換した。弁当屋の娘や警察官や研究所員が、各々の花の茎を握り締めた。
「えへへ」
「友達と花を交換とはしゃれてるが、大掛かりだなあ」
「いいじゃない。さ!屋台屋台!」
「食べこぼすなよ。それから、調子に乗って買い過ぎるなよ」
 ヘタクソなスキップをする紗希と無表情な篁文の2人を見送って、周囲の者は、
「このまつりの意味、わかってないんじゃないのか?」
「いや、ブラコンの妹が女が兄に近付くのを阻止したって話だろ?」
などと話していた。
 
 翌日、特殊次元対策課には花瓶が置かれていて、白い花2本と赤い花12本が差してあった。その内の赤白1本ずつはセレエとパセで、面倒臭いのでもう最初に交換して、ドルメとヨウゼと、観覧席でビールとつまみを楽しみながら見ていたのだ。
 残りは、篁文が参加者にもらったものだ。
 それを見て、紗希は仏頂面をしているのだ。
「何で?殺し屋よ?」
 パセは、無言で紗希の肩を叩いた。
「花屋、もうかったんだろうなあ」
 篁文は呑気だ。
「何で?交換してるのに持って行くって何で?」
「申し込むのは勝手ですからね。実際、もてる人は花束になりますしね」
 ヨウゼはそう言ってコーヒーを啜った。
「何でもらうの」
「義理チョコ――義理花だろ?常連客とか仕事先の知り合いとかに気を使っただけだろうしな。変に断るのも角が立つ。
 こっちの人はいい人だな。怯えるどころか、義理堅い。気を使わせて申し訳なかったな」
 セレエは篁文の肩を叩いて、
「お前はそういうやつだ」
と言う。
「ん?」
「紗希、そういう事よ」
 パセが紗希に言う。
「はあ。今日もいい天気ですねえ」
 ヨウゼは椅子を後ろ向きにして、空を見上げた。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

結婚して四年、夫は私を裏切った。

杉本凪咲
恋愛
パーティー会場を静かに去った夫。 後をつけてみると、彼は見知らぬ女性と不倫をしていた。

処理中です...