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終了してみれば
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板が見えた。杉だろうか。マス目にきっちりと並んでいる。そうか、天井板か。
目に入ったものを見てぼんやりとそう考え、そこで俺ははっとした。
「ああっ!?」
飛び起きたのと、自分がどこかに寝転んでいるのだと自覚したのとは同時だった。
「あ、影谷さん!」
すぐそばにいた嶋田さんが、心配と安堵がない交ぜになったような顔で言った。
「気分が悪いとかはないですか」
反対側にいた榊原さんがそう言う。
「えっと、ああ、大丈夫です。はい」
俺は答えて、周囲を見た。
場所は最後にいた、儀式の場だった。
「影谷さんが完全に意識を失っていたのは、時間にすれば数分ですよ」
榊原さんが教えてくれる。
それで俺は思い出して、はっとして下を見た。
よかった。シャツもスラックスも着ている。
その途端、榊原さんが噴き出し、俺はじろりと榊原さんを見た。
「いや、脱がされたんやないかって心配するやろ、絶対」
嶋田さんも噴きだした。
と、伯父さんの声がかかる。
「ああ、気がつかれましたか」
どこか外に出ていたらしく、部屋に入って来たところだった。
「はい。あの、霊田──早瀬さんはどうなったんでしょうか。それと犬も」
訊くと、伯父さんは穏やかに笑って近くに座った。
「本当に、人がいい。
この世につなぎ止める素になっていたキーホルダーと写真を燃やしてお焚き上げをしました。成仏されて、あの世に行かれましたよ。犬も一緒です。もう心配はありません。
ああ。早瀬さんが触った物も、大丈夫ですよ。元々キーホルダーや写真ほどには強い結びつきもなかったのですが、さっきは抵抗するのにどうにか利用しようとしただけです。早瀬さんが成仏した今は、安心してもらって構いません」
ほっとした。俺の安月給では、衣服を全部買い換えるのはきつい。
「よかった」
嶋田さんが言う。
まあ、おしゃれな服を何枚か買うくらいは、できる。
「お茶でも飲みますか」
榊原さんが言って立ち上がりかけるのに、俺は慌てて居住まいを正した。
「榊原さん。伯父さんも。本当にありがとうございました」
俺は頭を下げて、心から礼を言った。
俺を助けてくれてありがとう。早瀬さん、いや、霊田さんを助けてくれてありがとう。
榊原さんは俺の肩を叩き、俺たちは笑いあった。
終わってみると、俺は自分がかなり痩せていた事にやっと気付いた。締まったどころのものじゃない。会社の同僚は異動のストレスとかじゃないかと心配してくれていたようで、一応この話をすると驚き、お菓子などのおやつをくれた。
大阪のおばちゃんとそういうところは同じで、俺は、なんだ、と拍子抜けするような気がした。俺も身構えていたのかもしれない。
それから俺と榊原さんは、仕事以外でも会うようになった。気が合うというのだろうか。こちらでの初めての友人だ。
そして嶋田さんとも会うようになった。ふたりで一緒に出かける時用のちょっとおしゃれな服は、榊原さんに相談に乗ってもらったというのは、今は嶋田さんには内緒だ。
そして来年の春、俺と嶋田さんは、結婚しようと話し合った。榊原さんにはスピーチをお願いするつもりだ。
そしていつしか俺はここになじんで、仕事も私生活も楽しんでいた。
今日も元気に、得意先を回る。
「まいど!丸安の影谷ですぅ!」
目に入ったものを見てぼんやりとそう考え、そこで俺ははっとした。
「ああっ!?」
飛び起きたのと、自分がどこかに寝転んでいるのだと自覚したのとは同時だった。
「あ、影谷さん!」
すぐそばにいた嶋田さんが、心配と安堵がない交ぜになったような顔で言った。
「気分が悪いとかはないですか」
反対側にいた榊原さんがそう言う。
「えっと、ああ、大丈夫です。はい」
俺は答えて、周囲を見た。
場所は最後にいた、儀式の場だった。
「影谷さんが完全に意識を失っていたのは、時間にすれば数分ですよ」
榊原さんが教えてくれる。
それで俺は思い出して、はっとして下を見た。
よかった。シャツもスラックスも着ている。
その途端、榊原さんが噴き出し、俺はじろりと榊原さんを見た。
「いや、脱がされたんやないかって心配するやろ、絶対」
嶋田さんも噴きだした。
と、伯父さんの声がかかる。
「ああ、気がつかれましたか」
どこか外に出ていたらしく、部屋に入って来たところだった。
「はい。あの、霊田──早瀬さんはどうなったんでしょうか。それと犬も」
訊くと、伯父さんは穏やかに笑って近くに座った。
「本当に、人がいい。
この世につなぎ止める素になっていたキーホルダーと写真を燃やしてお焚き上げをしました。成仏されて、あの世に行かれましたよ。犬も一緒です。もう心配はありません。
ああ。早瀬さんが触った物も、大丈夫ですよ。元々キーホルダーや写真ほどには強い結びつきもなかったのですが、さっきは抵抗するのにどうにか利用しようとしただけです。早瀬さんが成仏した今は、安心してもらって構いません」
ほっとした。俺の安月給では、衣服を全部買い換えるのはきつい。
「よかった」
嶋田さんが言う。
まあ、おしゃれな服を何枚か買うくらいは、できる。
「お茶でも飲みますか」
榊原さんが言って立ち上がりかけるのに、俺は慌てて居住まいを正した。
「榊原さん。伯父さんも。本当にありがとうございました」
俺は頭を下げて、心から礼を言った。
俺を助けてくれてありがとう。早瀬さん、いや、霊田さんを助けてくれてありがとう。
榊原さんは俺の肩を叩き、俺たちは笑いあった。
終わってみると、俺は自分がかなり痩せていた事にやっと気付いた。締まったどころのものじゃない。会社の同僚は異動のストレスとかじゃないかと心配してくれていたようで、一応この話をすると驚き、お菓子などのおやつをくれた。
大阪のおばちゃんとそういうところは同じで、俺は、なんだ、と拍子抜けするような気がした。俺も身構えていたのかもしれない。
それから俺と榊原さんは、仕事以外でも会うようになった。気が合うというのだろうか。こちらでの初めての友人だ。
そして嶋田さんとも会うようになった。ふたりで一緒に出かける時用のちょっとおしゃれな服は、榊原さんに相談に乗ってもらったというのは、今は嶋田さんには内緒だ。
そして来年の春、俺と嶋田さんは、結婚しようと話し合った。榊原さんにはスピーチをお願いするつもりだ。
そしていつしか俺はここになじんで、仕事も私生活も楽しんでいた。
今日も元気に、得意先を回る。
「まいど!丸安の影谷ですぅ!」
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