やっぱりねこになりたい

JUN

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 学校に住み着いている野良猫はメスの三毛猫で、「ミケ」「タマ」「ニャンコ」「チビ」などと呼ばれている。エサが欲しい時だけ呼ばれたら寄って来て体をスリスリとし、昼寝中に邪魔でもすると、容赦なく暴れて引っかくのだ。
「わかってても、構ってしまうんだよなあ」
 悠理はアイスキャンディーを舐めながら、猫にかつお節をやっていた。グラウンドの脇で、2年生はグラウンドで走っている真っ最中だ。
「明日はいりこを持って来るからな」
「にゃあ」
「行き詰まってるんだよ。どうするかなあ。
 はあ。猫かあ。そう言えば、あの時見た猫は元気かなあ」
 悠理は事故の日の朝に見た猫を思い出した。
 平和そうな、呑気そうな顔をしていたと思い、
(だから次はそんな風に呑気に過ごしたいと思ったのになあ)
と溜め息をつき、アイスが溶けてポタリと落ち、慌てて指とアイスを舐めた。
「あ、こら、ミーコはだめだって」
 新たな名前を付けて、アイスを舐めようとする猫からアイスを守る。
「にゃ、にゃああ!にゃっ!」
「ギャッ!?」
 猫に飛びかかられて転がる悠理を、2年生は笑いながらそばを走って行く。
「ははは!猫に押し倒されてるのかユーリちゃん」
「ひ弱すぎるだろ」
「くそぉ、アイス喰いてえ」
「俺がアイスになりてえ」
「アホな事言ってないで、走れ!ダーッシュ!」
 沖川が後ろから追い立て、悠理に、
「敷島、暑いからさっさと中に入れ!」
と言って走り去る。
 猫は何ももらえないと分かり、尻尾をぴしゃりと悠理に叩きつけて、優雅に歩き去る。
「冷たいなあ、ミーコ。
 ん?」
 ふと視界の隅に、服部が映った。
 無精ひげ、疲れ切った表情、精彩を欠く目。
「今日も疲れてるなあ」
 悠理は服部に資料の開示時期について訊こうと、立ち上がった。
 服部は教官室へ向かっていたが、それに原田が近付いて来た。
「おい、服部!」
 真剣な顔で、潜めてはいるが、声には怒気がこもっている。
「添島とはまだ連絡を取ってるのか」
「いいや」
 言いながら、原田は服部の腕を掴んだ。
 悠理は背後の柱の陰まで来ていたが、出難くなり、そのまま隠れた。
「添島は夏休みに旅行へ行くと申請を出したらしいぞ」
「へえ」
「旅行先はこの辺りだとよ」
「歴史的遺産も美味い物もあるしなあ」
「ふざけんなよ、おい!」
 原田は乱暴に服部を揺すろうとし、服部はのんべんだらりとした様子から、目付きを鋭くして原田を見た。
「仮に会うとしても、教え子に会ったらまずいのか?」
 原田はグッと詰まってから、服部を睨みつけるようにして言う。
「添島はお前に懐いて、付き合って欲しいと言ったそうじゃないか」
「ああ。それで問題が起こる前にと俺はこっちに異動になった。つまり、問題はまだ起きちゃいない」
「起こすつもりじゃないだろうな」
 服部は笑って、原田の手を払った。
「バカ言え」
「そうか。考えすぎだったらいいけどな。添田をその気にさせて、危険な任務にでも志願させるつもりじゃないかと思ってな。例えば、効き目は段違いらしいのに、滅力を食い過ぎるせいで使える時間が短すぎて使い物にならないで設計のみで終わった兵器の試験とか」
 服部はそのまま無言で立ち、原田と睨み合っていたが、ふと原田は目を見開いた。
「まさか、お前、敷島に目を付けてるんじゃないだろうな?」
 悠理は耳を澄ませた。
「考えすぎだ。だが、それも悪くないか」
 原田ははあ、と溜め息をついた。
「服部。忘れろなんて事は言わんよ。でも、前に進むべきじゃないか、お前も」
 服部は薄く笑う。
「進んでるさ。悪魔を一匹残らず駆除するための兵を、こうして育成してるじゃないか」
 それに原田は何というべきか迷い、頭をガリガリと掻いた。
「ま、服部。妙な事はしてくれるなよ。お前の気持ちはわかるが、生徒を犠牲にするな」
「ああ」
「それにしても暑いな。冷たいビールでも飲みたいところだな。焼き鳥と」
「焼き鳥な。甘辛いタレの」
「いやいや、塩だろう?」
「タレだろ。ビールに合うのは」
「わかってねえな。塩だろうが」
 言いながら歩いて行くが、悠理は、
(どっちでもいいだろうが。両方食っとけ。
 それにしても、添田に、設計のみで終わった兵器、か)
と内心で考え、ひとつ頷いて、図書室へ向かった。



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