やっぱりねこになりたい

JUN

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 朝食を摂る間も、チラチラと視線が来て鬱陶しい思いを悠理はしていた。
 昔からこの容姿のせいで、得をした事がない。遠巻きにされてひそひそと何か言われるか、敵視されて絡まれるかで、友人と呼べる人間は少なく、常に目立たないように気を配って学生時代は生きていたのが悠理である。
 研究所に勤めだすと、最初は同じように遠巻きにされたが、その内慣れたのか、普通に話すようになった。それに大体彼らは、研究以外に興味のない人間が多かったのもある。
(またこういう集団に混じる事になるとはなあ。久々のストレスだ)
 悠理はそう思って軽く嘆息し、今日も昨日に引き続き話しかけて来る西條に適当に相槌を打って、睨みつける花園の視線を無視していた。
「何か聞きたい事があればなんでも訊いていいよ」
 にこやかにそう言う西條に、真顔で訊いてみた。
「では、滅力というのは何でしょうか」
 西條の笑顔が、キョトンとなり、次いで、笑い出した。
「ははは!そういう質問がくるとはねえ」
 悠理の頭の上から声がかかる。
「この新入生は真面目だという事だ。ちょっかいを出すのは諦めろ」
 悠理が上を見上げると、沖川がトレイを持ってそこに立っていた。
「おはようございます」
「おはよう。
 滅力については、あるという事はテストの結果から知っているだろうが、確かに詳しくはまだだろうな。授業が始まれば嫌でも詳しく教わる事にはなるが、簡単に言えば、悪魔を滅ぼす事のできる力、文字通り『滅するための力』だ。キリスト教圏では『聖力』などと呼ぶらしい」
 沖川は言いながら、
「いいか」
と言って悠理の隣に座った。
「悪魔を滅する力、ですか。
 これは相当珍しい物なんですか。科学的に疑似的なものを再現する事は不可能なんですか」
 悠理が訊くと、西條が笑いながら言う。
「レアな力だよ?中学生くらいの人間にしか発現が見付かっていないし、それも全体の数パーセントだしね。恋人を見つけるより難しいね。
 怖がらなくてもいいよ。俺が悪魔から守ってあげるから」
 そしてウインクを悠理に向けて飛ばすが、悠理も沖川も、真顔で冷静にそれを受け止めた。
「いや、悪魔と戦うためにここに来させられたんですよね。助けてもらうんじゃなく、一般人を助けないといけない立場ですよね」
「西條。だから、諦めろ」
 そして、悠理は考え込んだ。
「その偏った発現率は、あれか。成長とでも関係があるのか。
 だとすれば、ある種のホルモンとか、成長と共に小さくなる胸腺のようなものが原因か」
 沖川はやや目を見張ってから、頷いた。
「詳しい事はわかっていない。だが、悪魔に対抗できる唯一の力である事だけは確認できている以上、わからないままでも使うしかないというのが現状だな」
 そして、箸を取りながら続けた。
「大して答えてやれなくて悪いな」
「いえ、ありがとうございました。大変、勉強になりました」
 悠理がそう言って軽く頭を下げると、沖川は軽く笑った。

 悠理は部屋へ戻ると、自分の荷物を確認した。自分のプロフィールすら、どうなっているのかわかっていない。家族や出身地を聞かれて、どう答えるべきかわかっていないのだ。
 携帯電話の待ち受け画面は、時刻表示が出るだけのシンプルなものだった。そしてアドレス登録されているのは、同じ敷島姓のものが1つで、かっこつきで、実家となっていた。
 悠理には両親がいたが、悠理が中学3年生の時に飛行機事故で死んでいる。
(こっちではどうなっているんだろうな)
 少しドキドキしながら待っていると、合成ボイスが、「この電話番号は現在使用されておりません」とアナウンスし始めた。
 がっかりしたような、やっぱりそうかというような、そんな気持ちに苦笑しながら、学校名の入った封筒を覗く。
 そこには、新学期に提出するように準備したと思われる履歴書が入っていた。
「これは都合がいい」
 すぐに内容に目を走らせた。
 敷島悠理、15歳。両親は同じく中学3年生の春休み直前に死んでいた。ただし死因は、悪魔被害となっていた。出身地、卒業した小学校と中学校の名は悠理と同じ。趣味は読書。
 担任からの申し送りが入っているので、それも読んだ。
 真面目で大人しく、成績はいい。だが友人は少なく、学校行事にも最低限しか参加しないし、クラブにも所属していない。目立つのを好まない。眼鏡は伊達。将来は理系の大学への進学を希望していた。
「虎谷?中学3年生の時の担任の体育担当虎谷先生だよな」
 懐かしい顔を思い出した。ついでに、嫌々参加した体育祭で借り物競争に出る事になって、拾った紙に「担任教師と二人三脚して走れ」と書いてあったために担任と二人三脚をして、引きずられるようにしてゴールした事も思い出した。
「くそ」
 しかし、両親の死因以外は、ほぼ悠理の記憶と齟齬はなさそうだ。
(つじつま合わせは、そう難しくもないか)
 その点には、悠理は少しほっとした。



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