蒔島家の事情

JUN

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初めての、楽しいステージ

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「これを着るのか」
 俺は春弥の持ってきた服を眺めた。
 合皮のズボン、Tシャツ、合皮のベスト。ジャラジャラしたネックレスにごつい指輪。
「ああ、指輪はだめだ。演奏の邪魔になる。ネックレスも」
 肩パッドの入った服やとっくりセーターも演奏しにくい。
「じゃあ、Tシャツをこっちにしよう」
 もう1枚の柄入りのものを取り上げる。音楽の父バッハの似顔絵の入ったTシャツだった。どこでこんなものを見つけてきたんだ。
「あと靴にチェーン巻く?」
「冬のタイヤか。巻かない」
「ちぇっ。
 この前のサングラスもかけよう」
 ああ、あれか。顔が三分の一隠れていいかもな。
 そうして俺は改造された。
 集まった俺たちは、順番を待つ間、その因縁の相手とも顔を合わせた。
「あ、汚ねえぞ!セミプロになってるOBなんかメンバーに入れやがって!」
 一谷が言うと、相手の5人組は優越感を滲ませて笑った。
「ああ?メンバーを増やすななんて言ってねえだろ。お前らだって増えてるしな」
 俺に視線が集まる。
 サングラスをかけていてもモブっぽいのはごかませなかったようだ。
 化粧はしていない。ドラマのようにはできないし、下手にすれば女装に失敗した人みたいなるし、ヤケクソですれば歌舞伎のようにでもするしかなかったので、しないことにしたのだ。
 そう決まるまで、春弥に散々おもちゃにされた。
 一谷たちはと言うと、これも似たようなものだ。多少装身具はロックの人みたいだが、服はちょっとだけかっこいい普通の服だ。西村に至ってはジーンズとTシャツに運動靴と、その辺の客と見分けが付かない。
 向こうは「ロック」と一目でわかる感じの服と頭とメイクで、この時点では、俺たちは負けている気がする。
「くそ。中身で勝負してやるんだよ、俺たちは!」
 一谷が言った時、前の出演者である地元のママさんたちのコーラスが終わって舞台から下りてきた。
 後は、俺たちと、その後のこいつらだ。
 今のところ評判がいいのは、大学生グループによるハンドベルらしい。
「行くぞ!」
「おうでござる!」
 俺たちは舞台に上がった。
 ステージはこれまでのどのコンクールよりも狭く、観客は少ない。そして審査員は、コンクールのように卯の目鷹の目でアラを探してやろうという目ではない。
 俺の知るステージとは、かけ離れていた。
 緊張しきった一谷の顔を見て、俺は楽しもうと思ったそばから不安になった。こいつ、歌えるんだろうな、ちゃんと。
 助けを求めるように西村を見るとドラムセットの前に座り、手のひらに人という字を真剣な顔をして書いている。
 叶はと電子ピアノの方を見ると、固まった笑顔を浮かべて神経質に楽譜の位置を直していた。
 黒川は大丈夫かと横を見ると、ギターを下げ、いつも通りに黙って立っている。安心しかけ、いや寡黙な黒川だから緊張していてもわからないだけかもと思い直して余計に不安になった。
 短い溜息をつき、皆に声をかける。
「息をしろ。深呼吸。客席全体を見るな。真ん中辺りの誰かを見ていろ」
 それでやや顔色の戻った皆に少しだけ安心し、ぎこちない笑みが返ってきて、進行役の人から合図があったので、まずは俺のソロから入る。派手に、印象的に、メンデスルゾーンの『結婚行進曲』。
 観客が、結婚式の曲が始まったので、あれ、という顔をする。
 そうなればあとは、耳を傾けさせて飽きさせないだけだ。
 楽器が次々に加わり、『カルメン』や『愛の挨拶』と続いて、今度はジブリアニメのメドレーになる。どれも知った曲ばかりで、それがロックに編曲されているので、大人も子供もこちらに注目している。それから童謡のメドレーになり、最後は『蛍の光』で締めると、ちょうど持ち時間の15分で、観客からは大きな拍手が起こった。
 舞台を下り、ラストであるやつらと交代するとき、やつらの顔が憎々しげにゆがみながら青ざめるのを見た。

 音楽の部の優勝を飾り、たゆたんのサイン色紙と生写真を一谷たちは受け取った。それを勇実はスマホで撮り、小躍りしていた。
「いやあ、良かったよ。何か羨ましいなあ。ぼくもやりたくなったよ」
 百山はそううっとりとして言い、彼女はたゆたんグッズに群がる勇実や一谷や叶を視界に入れないようにしながら笑った。
「本当に、良かったわ」
「ね。クラブの誰かを誘って、組まない、柊弥」
「そうだな。弦楽四重奏とかいいな」
 言うと、春弥と前川も、ニコニコして言う。
「それよりお祝いの打ち上げだよ!」
「楽しかったよね」
 俺も、ギスギスしない初めてのステージに、参加してよかったと思ったのだった。



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