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8章 星望むミオと眠れない夜
第55話 目に入る本と優しさ
しおりを挟む二階に上がり、近くの扉を見る。
廊下に並んだ部屋には、それぞれ札がかけられていた。そのうちのひとつ、『ミオ』と読み取れる扉の前に立つ。
小さく息を吐く。
ユウキが緊張していると思ったのか、頭の上のケセランが肩まで降りてきて、ぽふぽふと身体を頬に押しつけてきた。ユウキは小さく笑って、「大丈夫だよ、ありがと」とケセランと頭の上に戻した。
改めて、扉をノックする。
しばらくして、「なに?」と短い声が聞こえた。
「僕だよ。ユウキです。さっきミオが言ってた資料について、教えてもらいたいんだ」
素直に告げる。
また少し間があって、今度はため息が聞こえた。扉の向こうから、近づいてくる足音。
扉がゆっくりと開いた。
「呆れた。あんな言い方されたのに、気にせず訪ねてくるなんて」
言葉通り呆れた表情で、ミオは言った。
ほとんど睨むような目つき。だがユウキは、自分の心配が当たっている方が気になった。
「ねえミオ。もしかして、あんまり眠れてない? 無理しない方が――」
「顔を合わせてまだ数分も経ってないのに、ずいぶんわかったようなことを言うのね」
辛辣な言い方だった。彼女が苛ついているのが伝わってくる。
だが、ユウキは引かなかった。
「体調が悪いなら、無理すべきじゃない」
「だから、そんなわかったような台詞――」
「僕は無理して一週間起きられないことがあった。自分で大丈夫だなんて判断しちゃ駄目だ。仲間がつらい状態になりそうなのを、放ってはおけないよ」
真っ直ぐ。
眼鏡の向こうにあるミオの瞳を見つめながら、言う。
蘇る生前の記憶。動けるのが嬉しくて無理してはしゃいだ結果、一気に病状が悪化したことがある。できる、できそう、やりたい――そう思っていたことが一瞬でできなくなるつらさは、何度も味わいたいものではない。
そんな辛い経験を、もふもふ家族院の皆にはしてほしくない。
当然、目の前の少女にも。
「……」
ミオは黙っていた。少しして、視線の強さが弱まる。
「そういえば、あなたは生前、そういう経験を乗り越えてきたという話だったわね」
天使様からの連絡にあったのよ、と彼女はつぶやいた。
ミオは扉を大きく開け、ユウキを中に導く。
「ちゃんと休んでるから心配しないで。じゃあ、入っていいわよ。少し散らかっているから、つまずかないように」
「お邪魔します」
室内に入る。
すぐに圧倒された。
左右の壁は、天井まで本棚で埋め尽くされていた。棚には厚さの異なる本や紙の束がほとんど隙間なく並べられている。それでもしまいきれなかった書籍、書類は、床に無造作に積み上げられていた。ベッドにも本が侵食している。
紙の匂いが、濃密だ。
扉の向かいに、窓と机があった。どこもかしこも物が積まれている中、窓の周辺だけは綺麗に整頓されていた。外の景色はよく見えそうだ。
元々はそれなりに広い部屋なのだろうが、本棚と積み本のおかげで圧迫感がすごい。そこだけ開放感がある窓周りもアンバランスだった。
サキが資料の紙を気軽に散らかしていたのとは違う、どこか威厳と権威を感じさせる空間である。
とはいえ、散らかっているのは変わりない。アオイを入れたがらない理由もわかる気がした。
ユウキが部屋の中をキョロキョロと見回す間、ミオはさっさとユウキを追い抜き、机の前に座った。何やら書き物をしていたのか、羽ペンを手にサラサラと文字を書いていく。隣に分厚い本が開いているのを見ると、写経でもしているのだろうか。
ミオの背中には、そこはかとない拒絶のオーラが漂っている。勉強の邪魔とでも言いたげだ。
それにもかかわらず、部屋の中には招き入れてくれた。
ユウキは気まずい空気をものともせず、机に歩み寄った。ミオの後ろに立ち、手元をのぞき込む。
「なにをしているの?」
「……ちょっと。のぞかないでくれる?」
「すごいね。文字がびっしりだ。それに、すごく綺麗な字だね」
「あなた、この世界の文字は知らないはずでしょう」
「転生者の力なのかな。内容はわかるんだ。字の綺麗さは、サキの資料と比べて――」
ギンッと視線の圧が強くなった。無言で、「あの子の字と比べないで!」と訴えかけてくる。ユウキは思わず笑った。
「サキは行動も字も自由だからなあ」
「それがわかってるなら、金輪際あの子と私の字を比べるなんて暴挙はやめてちょうだい」
「わかったよ。……ところで、それは本を写してるのかい? 見たところ、内容を要約しながらみたいだけど」
ミオが目を丸くした。ユウキは首を傾げた。
「なに? 違った?」
「いえ……。よく見てるのね」
羽ペンを置く少女。
「うちの家族院は、ろくに本を読まない子が多いから。少しでもこの世界のことを頭に叩き込んでもらうには、多少、内容をわかりやすくする必要があると思ったのよ」
「おお、なるほど。じゃあ、それは皆のためのまとめノートみたいなものだね」
「無駄に時間がかかって仕方ないわ、まったく」
「やっぱりミオも優しいんだね」
お世辞でもへつらいでもなく、心からそう言う。
するとどうしたことか、ミオが手元の紙とペンをつかみ、自分の座る椅子をゴトゴトと端っこに寄せ始めた。ユウキから距離を取ろうとする。
「……まったく調子が狂う」
「そうなの?」
「優しいとか、そういう形容詞から私は一番離れてるでしょうに。どこに目を付けているのかしら」
「ふむふむ」
ユウキは口元を緩めた。眉を傾けるミオに向け、言う。
「けどさ、そう言われて満更でもないんじゃない? ミオは」
「だ・れ・が!」
噛みつくように言う眼鏡少女。その剣幕に、頭の上のケセランがユウキの襟に隠れる。
ユウキは腰に手を当て、言った。ヒナタの真似だ。
「だって、レンにそっくりだよ。そういうところ」
「だぁーれぇーがっ!」
ほら似てる、とまたユウキは笑った。
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