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6章 やんちゃ少年レンといたずらスライム
第37話 池一周徒競走
しおりを挟むこのままでは当人たちが収まらない――ということで。
レンと子スライムの希望通り、かけっこで勝敗を決することになった。
ユウキはつぶやく。
「結局、どうして勝負するのかよくわからなかったな……」
「うーん、まあレンだし。ほら見て見てユウキ。ちょっと楽しそうだよ」
釈然としない院長先生とは対照的に、ヒナタはすっかり成り行きを楽しんでいる。ソラはどこかハラハラした表情だ。チロロは保護者として監督はしなければと近くまで来ているが、実にリラックスした様子で横座りしている。
いつの間にか、スライム一家と思しきぽよんぽよんした魔物たちが、水面に出てきて様子をうかがっていた。
皆の視線は、池のほとりに注がれている。
ユウキが地面に引いた線に、レンと子スライムのふたり(ひとりと一匹)が並んで、互いに視線の火花を散らしている。
勝負の内容はかけっこ。この池を一周し、先にゴールした方の勝ちだ。
「ハーブをかけた追いかけっこじゃ後れを取ったが……今度はそうはいかねえぞ!」
「みょんみょん!(今度も負けないもんね!)」
勇ましい決意表明。ユウキはなんとなく、かけっこ勝負になった事情を理解した。
ソラにたずねる。
「ねえソラ。もしかしてレンたち、ハーブが取られたときにこの池まで競争したとか、ない?」
「よくわかったね」
「あはは……」
ユウキは苦笑する。
すると、隣に寝ているチロロがあくびをしながら言った。
『相変わらず子どもよのう。余にはなかなか理解しがたいぞ。異なる種族同士で争ってなんになるのか』
「まあ、遊びの一環なんだろうけど……チロロ、あんまり意地悪言わなくてもいいんじゃないかな。きっと本人たちは本気なんだよ」
『それはわかる。本気で遊ぶのも子どもの特権よ』
そしてまたあくびをする。このまま眠ってしまいそうでユウキは不安になった。
レンたちを見る。
ユウキは少しだけ、口元をムズムズさせた。
――正直に言うと、羨ましいと思った。
生前のことがあるからだ。
院内をぐるっと一周するだけでも『一日、よく頑張った』と褒められるような生活。当然、思いっきり走ることも、ましてや誰かと競争することもなかった。
相手は種族の違うスライムだけれど。
今、この身体で一生懸命走ったら、どれほど気持ちいいだろう。
「おい、ユウキ院長!」
物思いに沈みかけていたユウキの意識を、レンが呼び戻す。
「おまえがスタートの合図をしろ」
「構わないけど、僕でいいの?」
「まあ、おまえが話をまとめてくれたようなモンだからな。特別だぞ」
レンが半眼のまま言う。ユウキはちょっと笑ってしまった。
地面に引いた線の端に立つ。レンと子スライムが並び、スタートの合図を待つ。
水辺の爽やかな空気を感じる。緊張と心配とワクワクが入り混じった雰囲気。固唾を呑む――とまでは言えない緩さを感じさせる。
ユウキはふたりのため、お腹の底から声を絞り出した。
「よーい――スタートッ!!」
――ドンッ、と地面が鳴った気がした。
緩かったはずの空気が、一気に持って行かれる。
口元に草の端が飛んできて、ユウキは手で払った。瞬きする。あまりにも鋭い踏み込みで、地面の草が巻き上げられたのだ。
レンたちの背中を目線で追いかける。スタート時点からもう距離が離れていた。
「レンたち、すごい。速い!」
「そりゃそうだよ」
隣でしゃがんでいるヒナタが、穏やかに言った。
「レンは家族院の中で一番小柄だけど、足の速さとか身体の強さはイチバンだからね」
「驚いた……」
映像で見た陸上の競技会さながらのスピードで、レンが疾走していく。後ろ姿しか見えないが、体幹がブレない綺麗な走りだ。僕は絶対真似できないなとユウキは思った。
だが、子スライムも負けていない。
人や獣でいう足がないにもかかわらず、すごい速度で走っている。まるで地面の上を滑っているような感じだ。
お互い、一歩も譲らない。
気がつけば、ユウキは叫んでいた。
「頑張れーっ!」
「レーンッ、ファイト、だよーっ!」
ヒナタも応援に加勢してくれる。
見ると、スライム一家もみょんみょんと騒ぎながら応援していた。あれはきょうだいだろうか。
「うおおおおおっ!」
「みょみょみょー!」
池の向こう側に回っても、ユウキのところまでレンたちの叫び声が聞こえてくる。
これ、本当にどっちが勝つのかわからないよ!
ユウキが手に汗握っていると、ふと、後ろでぽつりとソラがつぶやいた。
「……レン、だいじょうぶかな。スライムくんには、あの力が……」
なんのことだろう、とユウキは振り返る。
スライム一家がざわついたのは、ちょうどそのときだった。
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