上 下
631 / 709
天の導き

329ー2 激流(7)ー2

しおりを挟む
「そんなに帰りたければ帰ればいい、覇王である俺が許す」

ギルドの食堂でグダグダ半泣きしている2人に、俺はちょっとだけ同情しながら言った。

 誰も居ないと思って無断侵入していた男2人は、ギョッと驚いた顔で俺たちの方へ振り返り、まるで幽霊でも見たかのように固まった。

「覇王様だ、礼をとれ!」と、エイトが2人に厳しい視線を向け命令する。

 驚きのあまり椅子から転がり落ちた2人は、なんとか立ち上がると姿勢を正して震えながら礼をとっていく。

「昨日、ラレスト王国の王都は魔獣の群とドラゴンに襲撃され、王宮になっていた建物は全壊した。街にも大きな被害が出ている。
 多くの役人が生き埋めになり、死者多数、大臣や宰相は重体で、シーブルは行方不明だ。だから帰っても働く場所はもうない」

エイトは厳しい現実を突きつけながら、ゆっくり歩いて2人の前で立ち止まり、「天罰が下った」と呟いた。
 2人は引き攣ったままの顔を上げ、これでもかと目を見開きエイトを見る。

「トーマス皇太子が王命により、倒壊した王宮を既に占拠した。
 住民の為の役場を指揮下に置き、民はトーマス王子を受け入れた。
 このまま帰ったところで、上司も生きているかどうか分からないし、君たちは反国王派として捕えられる可能性が高いだろう」

夕食のパンと熱々のスープ鍋をテーブルの上に置き、俺は2人を軽く脅して様子を見る。

「そ、そんな、俺たちは反国王派ではありません。本当です!」

婚約者が居ると言っていた男が、青い顔をしてその場で土下座する。

「それじゃぁ、仲間は、皆は生き埋めに・・・だからドラゴン対策をして欲しいと何度もお願いしたのに・・・ヘイズ侯爵もシーブルも、どいつもこいつも無責任なヤツばっかりだ!」

仲間を失った悲しみと、無責任な為政者に怒りをぶつけて、もう1人の男は号泣する。

 ……そうだな。ちゃんとまともな役人だっている。

 王族や領主や高位貴族の意識を変えるには、時間がかかったんだって言えば、それは言い訳だ。
 俺は腐りきった政治には関わりたくなかったし、魔獣討伐に専念したかった。
 だけど、覇王である俺はそれで良かったのか? 

 ……この2人は、半分被害者だ。貴族の中にも、政治を正して欲しいと真剣に考える者はいたんだ。


 絶望している2人の男に同情したエイトが、美味しいパンをおすそ分けする。
 そして、シーブルがどんな政治を行っていたのかを質問していく。

 俺はなんだか気持ちが落ち着かず、久し振りに【上級魔法と覇王の遺言】の魔術書を取り出し、新しいページが開けるようになっていないか確認することにした。

◆◆ ◆◆ ◆◆
 覇王の行く道に正解はない。何故なら、光と影、正義と悪は常に背中合わせであり、見る角度で逆転することもある。
 見捨てるべき時は躊躇するな。手を差し伸べると決めたら立ち止まるな。

 神でさえ試練を与え、全てを救うことはない。
 闇の中でも、気付きは突然降ってくるし、道もまた突然開かれる。
 覇王の覇気は、唯一絶対の力であることを忘れるな。
◆◆ ◆◆ ◆◆

 新しく開いたページは魔法陣や攻撃魔法ではなく、書かれていたのは遺言の一節だった。

 ……闇の中でも……か。初代様も闇の中を彷徨われたのだろうか?


 パンも食べてエイトに話を聞いてもらった2人は、だんだん落ち着いてきて、今逃げたら卑怯者になってしまうと言いだした。
 トーマス王子に捕らえられたとしても、ケガをした友人を介抱し、亡くなった者は埋葬してやりたいと頭を下げた。

「王都ラレストに戻る途中、真面目に働く仲間が居たら王都へ連れて行け。
 トーマス王子の前で跪き、コルランドル王国の貴族として、仕事を与えて欲しいと願い出るよう俺が命じたと、申し出ることを許す」 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。 もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。 そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。 誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか? そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。

アラフォー料理人が始める異世界スローライフ

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
ある日突然、異世界転移してしまった料理人のタツマ。 わけもわからないまま、異世界で生活を送り……次第に自分のやりたいこと、したかったことを思い出す。 それは料理を通して皆を笑顔にすること、自分がしてもらったように貧しい子達にお腹いっぱいになって貰うことだった。 男は異世界にて、フェンリルや仲間たちと共に穏やかなに過ごしていく。 いずれ、最強の料理人と呼ばれるその日まで。

「僕は病弱なので面倒な政務は全部やってね」と言う婚約者にビンタくらわした私が聖女です

リオール
恋愛
これは聖女が阿呆な婚約者(王太子)との婚約を解消して、惚れた大魔法使い(見た目若いイケメン…年齢は桁が違う)と結ばれるために奮闘する話。 でも周囲は認めてくれないし、婚約者はどこまでも阿呆だし、好きな人は塩対応だし、婚約者はやっぱり阿呆だし(二度言う) はたして聖女は自身の望みを叶えられるのだろうか? それとも聖女として辛い道を選ぶのか? ※筆者注※ 基本、コメディな雰囲気なので、苦手な方はご注意ください。 (たまにシリアスが入ります) 勢いで書き始めて、駆け足で終わってます(汗

虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~

日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。 十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。 さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。 異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。

【完結】愛されなかった私が幸せになるまで 〜旦那様には大切な幼馴染がいる〜

高瀬船
恋愛
2年前に婚約し、婚姻式を終えた夜。 フィファナはドキドキと逸る鼓動を落ち着かせるため、夫婦の寝室で夫を待っていた。 湯上りで温まった体が夜の冷たい空気に冷えて来た頃やってきた夫、ヨードはベッドにぽつりと所在なさげに座り、待っていたフィファナを嫌悪感の籠った瞳で一瞥し呆れたように「まだ起きていたのか」と吐き捨てた。 夫婦になるつもりはないと冷たく告げて寝室を去っていくヨードの後ろ姿を見ながら、フィファナは悲しげに唇を噛み締めたのだった。

異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽
ファンタジー
※書籍化しました(2巻発売中です) アリア・エランダル辺境伯令嬢(十才)は家族に疎まれ、使用人以下の暮らしに追いやられていた。 高熱を出して粗末な部屋で寝込んでいた時、唐突に思い出す。 自分が異世界に転生した、元日本人OLであったことを。 魂の管理人から授かったスキルを使い、思い入れも全くない、むしろ憎しみしか覚えない実家を出奔することを固く心に誓った。 この最強の『無限収納EX』スキルを使って、元々は私のものだった財産を根こそぎ奪ってやる! 外見だけは可憐な少女は逞しく異世界をサバイバルする。

別れた婚約者が「俺のこと、まだ好きなんだろう?」と復縁せまってきて気持ち悪いんですが

リオール
恋愛
婚約破棄して別れたはずなのに、なぜか元婚約者に復縁迫られてるんですけど!? ※ご都合主義展開 ※全7話  

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

処理中です...