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現実と理想

203ー2 混乱と前進(1)ー2

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「それで、マロウは生きているのですか」

頭の痛そうな学院長が、こめかみを揉みながらハシム殿に確認する。

「はい残念ながら。腕と足にケガを負われましたが軽傷だったようです。
 事情聴取したトーマス王子と宰相サナへ侯爵によると、ドラゴンを追い払ったは、亡くなったデミル公爵の子息のものとしても構わないと、胸を張って言ったそうです」

ハシム殿は本当に残念そうに、肩をすぼめて答えた。

「はーっ」と全員深い溜息を吐く。


「そう言えば、デミル公爵家の子息は誰も覇王講座を受講していませんね。
 今回の責任をデミル公爵が取らないようなら、子息を全員一般軍で鍛えましょう。

 そしてデミル領には、【覇王軍】や【魔獣討伐専門部隊】が行かなくてもいいように、自領を守っていただきましょう。まだ子息が5人以上残っていますから」

一切の手抜きせず鍛えてくださいねと、俺はハシム殿に向かってにっこりと笑った。

「間違いなくデミル公爵は責任を取らないでしょう。下手をしたら、息子は王都を守ろうとしたのだ! と本気で言うかもしれません」と、リーマス王子は鼻で笑う。

 そして国王は、今回の関係者を処罰できるとは思えないと、辛口の批判を付け加えた。
 俺の執務室に居たメンバー全員が、微妙な顔をして頷く。

「これからドラゴンとの本格的な戦いが始まるでしょうから、総力戦で討伐することを念頭に置き、各地区、各ブロックに戦力が投入できるよう訓練が必要です。

 今回は人間を食べたことのないドラゴンが飛来したに過ぎません。
 秋になったら【覇王軍】は王都を中心に活動し、地方は【覇王軍第二部隊】に任せます」

 人を襲わず通り過ぎてくれる幸運なんて、今後はないだろうと自分にも言い聞かせるように付け加えて、皆の気を引き締める。

 この場に居る者は、誰も楽観的な考え方をしたりしていないが、王宮はそうじゃない。
 だからこそ、領主には積極的に自領に戻ってもらい、そろそろ救済活動も自領で全て行うように告げる頃合いだ。

 ……よし、久し振りに王宮に乗り込もう!


◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「城の塔が二つ無いだけで、雰囲気が違って見えるなあ」
「そうですねボンテンク先輩、どうやら修復は数年しないようです」
「それじゃぁ、このままなのかラリエス?」
「そうみたいだよエイト」

 王宮に到着した俺たちは、崩落している塔を見上げて、この国の象徴である城のバランスが崩れてしまったのを残念に思いながら歩く。

「まあ確かに、また直ぐドラゴンに襲撃される可能性が高いんだから、修復するお金と時間が無駄になるよな」と、エイトも納得したのか一人で頷いている。

 正面に見えてきたのは、うちの商会母さんが任されて手入れをしている花壇だ。
 大きな噴水を囲むように円形に植えられている花は、外側を白い花、次に水色の花、一番内側に濃い青の花という順に植えてあり、色のグラデーションが美しい。

 ……さすが母さん、暑い夏を少しでも涼しくする工夫がしてある。 

 この春から俺の経営する【薬種 命の輝き】は、王宮内の温室の管理も始めた。
 高学院の温室だけでは薬草が全く足らず、殆ど放置してあった2箇所の温室に、トーブル先輩とリーマス王子が目を付けたのだ。

 6月に妖精と契約した妹のメイリが、張り切って薬草の世話をしている。
 もちろん、新しい家族になったエデリアちゃんとミゲール君も、一緒に頑張ってくれている。

 母さんと一緒に王宮の花壇の手入れに来ていたメイリは、王宮の温室を守っていた女の子の妖精の姿を、時々目視できるようになっていた。
 俺から妖精の話を聞いていたので、弱って会話も出来ない妖精さんが元気になるようにと、たくさんの花の苗をプレゼントして植えたらしい。

 友達になった時には魔力量も減っていて、メイリが温室に花や薬草を増やしたことで、人間と話ができるまで魔力量が戻ったのだという。
 今では緑色の長い髪もツヤツヤと美しく、赤(火)・緑(命)・青(水)・黄(光)の4色の縦縞の服の色も鮮やかになっている。

 契約した時には魔力量も60くらいに戻っていて、メイリと一緒に温室の薬草の成長速度を2倍に上げている。
【ローゼリー】と名付けられた妖精は、エクレアに妹分認定され、ビシビシと鍛えられているという。

 エクレアとローゼリーが魔力を分け合ったことにより、メイリに危険が迫ったり問題が起こった時は、エクレアが緊急連絡を受け取り、俺に伝えることが可能になった。

 忙しくて王都を留守にしていることが多かった俺だけど、大好きなお兄ちゃんポジションは守り通している・・・たぶん。


「先に温室に寄って行く。薬草の採取をしてきて欲しいと、ラベンダー准教授に頼まれてるんだ。ついでにニルギリ公国で採取した薬草を植えておきたい」

俺はマジックバッグから薬草の苗を取り出し、側近と従者の二人に寄り道することを告げる。

 まさか寄り道した温室で、命を狙われるとは思ってもいなかった。
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