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覇王の改革

191ー2 商会主アコル(5)ー2

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 私は自然の脅威に声すら出せず、およそ400メートル先の光景を呆然と見ていた。
 我に返り覇王様のお姿を探すと、いつの間にか馬車の上に登っておられ、双眼鏡のようなモノを覗いておられた。

 ……凄い、こんな時でも冷静だ。本当に14歳なんだろうか?

「前方700メートルに魔獣の群を発見。
 突然の地震と溶岩に驚き、移動方向を変え始めた。
 このままではミル山を離れて王都ニルギリへ向かってしまう。

 新たな噴火口の発生で、中間地点より西側の魔獣がアレクシスの町へと向かう危険もある。
 しかし、アレクシスの町には防護壁があるから、優先順位は前方の魔獣討伐だ!」

大きな地鳴りの音が続く中、覇王様は冷静に現実を把握され方針を決められた。
 だが情けないことに、私もエドガーも足がすくんで動けない。

「タルトさん、馬を外してください。先に出ます! 
 馬車では悪路を進めないから、魔獣の群に追いつけない。
 人家や人の姿を発見したら警鐘を鳴らして危険を知らせろ!

 ボンテンク、エドガーさんたちと溶岩が流れる方向の村や町の住民に危険を知らせろ!
 優先順位を間違えるな。あの溶岩は流れが速い!」

全く動けない私とは違い、覇王様は次々と段取りしなが命令される。

 護衛をしていた者は、直ぐに馬を一頭だけ馬車から外し、残った一頭でも走れるように作業していく。
 どうやら緊急時には一頭でも動かせる特別仕様になっているようだ。


 従者殿は急いで馬車の荷棚から鞍を取り出し、馬に装着しながら「私も行きます!」と覇王様に頼んでいる。

「ボンテンク、俺の従者を辞めたいのか?」

凍るような冷たい声で、覇王様は従者殿に問われた。
 その声を聞いた途端、私の背中には汗がだらだらと流れ始め、エドガーはヒィッと息を呑んでいた。

「クッ・・・申し訳ありませんでした。ご命令に従い直ぐに出発します」

 従者殿の表情は苦し気で、納得していないことは一目瞭然だ。
 それでも覇王様の命令に従う返事をして、両方の拳をギュッと握って頭を下げた。

 従者であれば、危険な場所に主を一人で向かわせるなんて論外だろう。
 たった一人で魔獣の討伐に向かおうとする覇王様も信じられないけど、あり得ないと思う命令に従う従者殿も凄い。

 従者殿にとって覇王様は何よりも大切で絶対的な存在なのに、隣国の民を救うことを選んでくれた。我が国のために申し訳ない。

 今のやり取りを聞いただけでも、日頃から覇王様は民の命を大切にされているのだと分かる。

 護衛も従者殿も、覇王様の命令に逆らえないのではなく、きっと従うことが正しいのだと理解しておられるのだ。

 ……なんという信頼関係だろう。

 命大事に!が覇王軍の合言葉なのだから、覇王様がご自分の命を粗末にされるとは思えない。
 そう思いたいし、そうであるべきだ。

 しかし、100頭を超えるパニックになった魔獣の群と、全てを焼き尽くす流れの速い溶岩という二つの危機を、覇王様はどうやって回避されるのだろう?

 まともに戦っていたら、100人の冒険者でも討伐に半日は必要だ。
 その間に溶岩の流れが止まってくれればいいのだが、全く予測することができない。



 ◇◇ 覇王アコル ◇◇

 これまで読んだ書物の中に、同じ火山で同時に2箇所から噴火したという記録を見た記憶がない。

 もしもこのまま溶岩が流れ続ければ、多くの町や村を焼き、収穫時期の作物がダメになるだけではなく、溶岩が固まった大地では作物を育てることができない。

 魔獣の襲撃より、長期的な食糧不足や道路の寸断等の被害の方が、遥かに大きいだろう。

【上級魔法と覇王の遺言】の魔術書の中にも、さすがに火山噴火の対処法は書いてなかったな。

 この国はそもそも、火山の噴火によってできた大地の上にある。
 最悪の場合は、国土の半分を覆う程の溶岩が流れ出す可能性だってある。
 朝方に噴火したミル山の東側の火口からも、溶岩が流れ出し町まで迫っていると言っていた。

 ……う~ん、完全につんだな。覇王軍が全員集合しても、火山の噴火は打つ手がない。

 ……とりあえず魔獣だけは、先に片付けなきゃ何もできないな。

 人手が足りなければ、最終手段をとるしかないと呟いていると、光のドラゴンの守護妖精であるユテが出てきた。

『お呼びですかアコル様?』

「ありがとうユテ。大至急ランドルとエリスを呼んできてくれる? ラリエスも呼びたいところだけど時間がないんだ」 

『了解です』

光のドラゴンであるランドルとエリスが住んでいるセイロン山まで瞬間移動できるユテは、嬉しそうに返事をして姿を消した。

 どういう仕組みなのか分からないが、間もなくセイロン山に到着し、2頭を引っ張ってきてくれるだろう。

 ドラゴンにしては痩せて小さかったランドルは、最近すっかり元気になって体も大きくなっている。
 人間との接点も増えて、覇王軍メンバーとはとても仲良しだ。


 魔獣の群と並走するように、一定の距離をとりながら馬を駆けさせ、群れの前に出ることができたのは、ボンテンクたちと別れて30分が経過した頃だった。

 ……不味いな、魔獣の群がばらけ始めている。

 群をリードしていたウルフ系の魔獣に、足の遅い魔獣が引き離され、2つの群になってしまった。

 先行する群には変異種の姿は見えないが、後ろの群には見たことがない変異種らしき魔獣の姿が見える。

『アコル、マサルーノの契約妖精のレーズンから連絡がきたわ。
 ミル山の東側から下った魔獣は、マリード領の村を半壊させ、北上して既にサーシム領に向かっているって。
 残っていた魔獣の数は少なかったから、見える範囲の討伐は終わったようよ』

先行している魔獣の群を討伐するぞと気合を入れていたら、エクレアが新しい情報を運んできた。
 頭の痛いことに、サーシム領の危機が加わった。
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