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覇王と国王

176ー2 王宮の闇(5)ー2

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 この会議室に居るのは、俺から見てテーブルの右側が、上座から順に王弟シーブル、学院長、第二王子ログドル、第三王子トーマス、第六王子ルフナ。

 左側が上座から順に、宰相サナへ侯爵、ワイコリーム公爵、マギ公爵、デミル公爵、マリード侯爵で合計10人だ。

 騎士団長は王族としてではなく、護衛として扉の前に立っている。
 俺に一番近い上座の右席は、これまでレイム公爵が座っており、左席にはヘイズ侯爵が座っていたようで、今日は空席にしてあった。
 
 シーブル、デミル公爵以外は、俺を覇王だと認めている人間ばかりだ。
 それなのに、ワイコリーム公爵、マギ公爵、学院長以外は、誰も俺を擁護しようとしない。

 しっかり全員を観察している者がいたなら、怒りの表情で立ち上がろうとしたマリード侯爵や、反論しようと口を開きかけたトーマス王子、怒りで手を震わせているルフナ王子に気付いただろう。

 だが姿を消したエクレアが、『何も言うなと覇王様のご命令よ』と耳元に囁いて回ったので、怒りの表情だけは隠さず黙ってくれている。

 しかし皆は納得できないようで、何故? と不満そうな顔を俺に向けてくる。

 俺は「う~ん」とわざとらしく困った表情で唸ってから、ワイコリーム公爵を手招きし、ごにょごにょと手で口元を隠して耳元で囁き合う。

「お茶って、誰が淹れてくれるんですか?」
「はっ? メイドを呼べば直ぐに淹れてくれます。呼びますか?」

「いや、自分で淹れたいと思ってさ」
「え、え~っと、それはどうでしょう……メイドの方が良いかと……」
「やっぱりそうだよな。暫く俺は、偽物っぽく演じるのでよろしく」

俺の内緒話の内容を聞いて、ワイコリーム公爵は微妙な顔をして首を捻る。

 他のメンバーも、俺がどうするつもりなのかが分からず、探り合うように学院長やトーマス王子に視線を向けてしまう。

 このぎこちない状況がよく分からず、エクレアが伝言しなかったサナへ侯爵だけが、会議を元の議題に戻すには、どうすればいいのかと頭を抱えている。

「覇王様は少しお疲れのようだ。お茶にしよう」

 ワイコリーム公爵は困った顔をしてそう言うと、まるで時間稼ぎでもしようとしている雰囲気で席を立ち、廊下で待機しているメイドにお茶を淹れるよう指示を出しに、わざとゆっくり歩いていく。

「おや、何か都合の悪いことでもありましたかな? 随分とお困りのようだが?」

デミル公爵がニヤニヤしながら、俺に上機嫌で訊いてきた。

 きっと彼の頭の中で俺は、覇王の偽物、又はワイコリーム公爵の指示がなければ、何も決められない王子に見えているだろう。

「いえ、少し緊張してしまって・・・」と、俺は膝上の両手をキュッと握り、さも自信なさげに小さな声で返した。見えない所の演技こそが大事なんだよ。

 メイドが数人入ってきて、お茶の好みを全員に確認していく。
 俺の所に来たメイドに、ハーブティーがあるか戸惑った感じで訊いてみる。

「申し訳ありません。ハーブティーは置いておりません。少しお時間を頂ければご用意できます」

「そうなんだ。それじゃあ、ポットのお湯だけ持って来て。自分で淹れるよ」

 俺はほんのりと微笑み、優しい声でお湯だけを頼んだ。
 ワイコリーム公爵は、やれやれという顔で首を横に振りながら俺を見る。他のメンバーも微妙な顔で俺を見てから視線を逸らしていく。

「いや驚きだ。公式な場で、メイドではなく自分で茶を淹れる王族など見たことがないな」

「そんなことを言うものではないデミル公爵。平民として育ってきたのだ。王宮の作法など知らぬだろう。
 今度息子のトーブルに、王宮の常識を教えて差し上げるよう伝えておこう」

自分の前に置かれたカップに、特別な高級茶葉のお茶をメイドが注いでくれるのを眺めながら、さり気なく俺が平民であることを強調して貶める。

「いえ私は、毒を入れられてはいけないので、自分でお茶を淹れたいのです」

若干嫌味だと思われる話を織り交ぜながらも、気弱な王子を演じ続ける。

 でも、この場に置かれているどのカップよりも高級な、俺専用のブルーシリーズの白磁のカップをマジックバッグから取り出し、ハーブにゆっくりと湯を注ぐと、ハーブティーの爽やかな香りが広がり始める。

 俺のカップを見たデミル公爵が、フン!と悪態をつき不機嫌な顔をした。

 ……なんて分かり易いんだろう。笑っちゃうよ。
 ……さて、ここからが本番だ。主役が揃わなきゃ話にならないからな。


「これはどういうことだシーブル叔父上? 次の国王を決める大事な会議の場に、何故第一王子である私が呼ばれていないのですか!」

バンと派手に扉を開け、騎士団長の制止を振り切って、第一王子マロウが乱入してきた。

 そして、本来なら国王が座る場所に俺が座っているのを見て、憎しみを込めて睨み付けてきた。

「誰だお前は? 何故そこに座っている? 国王が倒れた今、その場所に座っていいのは、次期国王に指名された第一王子である私だけだ!」

俺の斜め前まで来て大声で叫ぶマロウは、最初から自分が次期国王に指名されたのだと堂々と言う。
 予想を裏切らない言葉に笑ってしまいそうになる。

「こちらは覇王様です。失礼な態度はおやめください」と、ワイコリーム公爵が注意する。

「マロウ王子、次期国王に指名されたとはどういうことでしょう?」と、マロウ王子を犯人だと思ってるサナへ侯爵が険しい表情で問い質す。

「はあ? 覇王? フン、王様はお前を王子だとさえ認めていない。
 どういうことだとサナへ侯爵? 父上は意識を失われる前に、私をお呼びになり次期国王を私に任せると言われたのだ。
 シーブル叔父上もお聴きになりましたよね?」

勝ち誇ったように胸を張り、ニヤリと右口角を上げてシーブルに確認する。

「さあ、私が駆け付けた時には、王様の意識はありませんでした。
 ただマロウ王子が、私ですよね、私が次の国王でいいのですね、分かりました……と、大きな声で話されていたのは覚えています。
 ・・・しかし、王様の声は聞いていませんよ」

王弟シーブルは、マロウ王子の顔を見ることなく聞いていないと否定する。

「な、どういうことだシーブル叔父上?!」

「どういうことも何も、私は王様を毒殺しようとした可能性が高いマロウ王子を、逃がしてはいけないと思い一緒に居ただけです。
 途中で倒れてしまったのは、国王の寝室に置いてあった水を飲んだからかもしれない。まさか私にまで毒を?」

信じられないと驚いた表情で自分を見ているマロウ王子に向かって、シーブルは毒殺しようとした犯人はマロウであり、自分まで毒を盛られた可能性があると言って、ばっさりとマロウ王子を斬り捨ててみせた。

 マロウ王子は現実が受け入れられないのか、空いていたレイム公爵の席に座り、もう一度確認するような視線をシーブルに向け、次第に怒りで顔を赤くしていく。

 ……さあ、面白くなってきたぞ。
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