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覇王と国王

170ー1 王族として(3)ー1

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◇◇ トーマス王子 ◇◇

 領都ヘイズは街をぐるりと囲むように堀があり、王都やサーシム領のような城壁はなかった。

 北側は隣国コッタリカ王国が近いこともあり、領都から少し離れた場所に防衛を目的とした2キロに渡る防壁があると聞いている。

 ヘイズ領は王妃の実家であり、第一王子マロウと対立関係にあった私は、ヘイズ領を訪れたことは一度もなかった。

 領都に入るには、三か所ある堀に架かる橋を渡らねばならない。その橋の一つは王都から、一つはワイコリーム領から、残りの一つはワートン領から伸びる街道の先にあった。
 橋を渡れば検問所があり、身分証を提示する必要がある。

 しかし、馬車で検問所を通過しても、居るはずの門番の姿がなかった。
 そして、領都とは思えないくらいに人の姿が見当たらない。

 ……もしかして、領都の民は避難したのだろうか?

「おかしいですね」と、レイム公爵の側近ヤラハ(31歳)が窓から外の様子を見て眉を寄せる。

 前を走っていた魔獣討伐専門部隊の馬車から副指揮官が降りてきて、目の前にある物見やぐらに登り町の様子を確認するので、暫く待って欲しいと言う。

 いくら近くまで魔獣の大群が迫っていたとはいえ、目の前に見える家や商店の扉や窓は全て閉まっているし、警備隊の詰め所に誰も居ないなんて完全におかしい。

「報告します。この先で魔獣が住民を襲っています! どうやら魔獣に侵入されたようです」

兵士と副指揮官が走ってきて、信じられないことを言った。
 しかし、その表情を見れば、それが冗談などではないと認めるしかない。

「警鐘はどうしたんだ! 何故住民は避難していない!」とレイム公爵が怒りを滲ませる。

「警備隊は、魔獣の討伐に向かっているのだろうか?」と、側近のヤラハが首を捻りながら言う。

「冒険者はどうしたんだ? まさかヨイデの町の住民が言っていたように、本当に皆亡くなったとでもいうのか? 先に冒険者ギルドに行ってくれ!」

ダイキリさんは急いで馬車を降り、御者と副指揮官に向かって指示を出すと、自分は御者の隣に座って、いつでも魔獣と戦えるよう警戒体制をとる。

 冒険者ギルドは街の中心より少し南に在るようで、用心しながらゆっくりと馬車を進める。
 最悪の場合も考えたが、ヨイデの町とは違い、建物の損壊や家の中に魔獣が侵入したような形跡はなかった。

 だが中心部に近付くと、魔獣に襲われたのか無残な姿で倒れている人や、助けてくれと叫んでいる人や、逃げ惑う多くの人の姿があった。

 急いで建物の中に避難する者、逃げ込みたいけど戸を閉められて入れない者、外階段を見付けて殺到する人々・・・完全にパニックになっていた。

 しかし、魔獣の姿は見えないし、領都軍や警備隊の姿も見えない。
 逃げ惑う人々が邪魔で馬車が前に進めず、私たちは馬車から降りた。

 副指揮官は軍で使う警笛をピーッ!と何度か鳴らし、パニック状態の住民たちを注目させると、目の前に在った商業ギルドのドアを強引に蹴り開けた。

「私は覇王様の命令でやって来た魔獣討伐専門部隊の副指揮官だ! 直ぐに住民を避難させろ! 避難を拒むと魔獣討伐ができなくなるぞ!」

副指揮官は商業ギルド内に居る職員を大声で叱咤し、近くを逃げ惑っていた住民たちを誘導する。

 私や他のメンバーも、三階建ての商店の入り口をドンドンと叩いて、「住民を避難させねば王命で処罰するぞ!」と脅しながらドアを開けさせ、住民を避難させていく。

 ……何故役人も警備隊も住民を守らない? ヘイズ侯爵は何をしているんだ!

「俺はブラックカード持ちのSランク冒険者だ! 我々が魔獣の討伐をするから冷静に建物の中に避難しろ! 慌てるな! 騒げば魔獣が来るぞ!」

ダイキリさんが大声で騒ぐなと脅したので、住民たちは震えながら近くの建物の中に避難していく。

 こんな時、冷静に指示を出す者が居なければ、住民はますますパニックになってしまう。
 逃げる途中でケガをしたり、自分のことだけしか考えない者たちによって、多くの犠牲者が出てしまうだろう。

 魔獣が戻って来ることも考え、馬車と御者、魔獣討伐専門部隊の兵士を2人、この場に残すことにした。


 冒険者ギルドの手前でレッドウルフ1頭に遭遇したので、私は覚えたばかりのエアーカッターを使うことにした。

 ベテランのようにはいかず、3回の攻撃でようやく倒すことができた。
 直ぐに副指揮官がマジックバッグに魔獣を収納する。

 なんとか冒険者ギルドの前に辿り着き、閉じられている扉を見て嫌な予感がした。
 そして、入り口の貼り紙を見た私たちは絶句した。


《 緊急告知 》

 命懸けで魔獣討伐に向かった冒険者の多くは死傷した。
 しかし、領主は何の対策もせず、冒険者を領郡の兵士扱いしたうえ、銅貨1枚の補償金さえ払わなかった。

 そしてあろうことか、魔獣の大群に立ち向かった冒険者を無能扱いした。
 ヘイズ領の魔術師や私兵を使わず、冒険者には武器などの援助は一切なかった。

 これ以上冒険者を死なせるわけにはいかないと抗議したギルドマスターは、領主によって投獄された。これは冒険者に対する横暴であり越権行為だ。

 ヘイズ領の冒険者を全滅させることはできないと判断し、本日冒険者ギルドヘイズ支部は閉鎖する。  サブギルドマスター エイオン

「な、なんだと! ギルマスを投獄した!?」

ダイキリさんは怒りのあまり、ドン!と大きな音を立てて冒険者ギルドの扉を叩いた。
 同じ冒険者として私も怒りが抑えられない。

「ここまで無能だとは・・・」とレイム公爵が呆れたように呟いた。

 領主を引きずり出し責任を問いたいところだが、今は少しでも早く魔獣を討伐しなければならない。
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