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覇王と国王

168ー1 王族として(1)ー1

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◇◇ 魔獣討伐専門部隊 副指揮官 ネルソン ◇◇

 覇王様のご命令で、トーマス王子、レイム公爵、公爵の側近2人、そしてブラックカード持ちのダイキリさんの5人を、領都ヘイズまで護衛しながら被害状況の確認に向かうことになった。

 魔獣討伐専門部隊の部下4人も同行するので、合計10人の旅だ。

 ヘイズ領の死者の数は、二千人を超えているだろうと覇王様から聞いている。
 実際に偵察に行った私は、その数に疑問を抱くことはない。

 しかし、レイム公爵もトーマス王子も、あり得ないと否定的だ。
 国の中枢にいる2人の楽観的な思考が、私には理解できない。

 ワイコリーム公爵が魔獣討伐専門部隊を作られ、覇王様の指揮下に入ってから今日まで、厳しい訓練が続き大変だったが、訓練内容はこれまでと全く違い、私も部下も確実に実力をつけた。

 少し前まで軍を辞めようとしていた部下も、今では全員がC級魔術師以上の資格を取り、魔法陣まで使いこなせるようになっている。

 覇王様の考えられた訓練は、とにかく実践的で実用的だった。
 何が必要で何をすればいいのか、的確な指示も頂けたが、どうするべきなのかを自分たちで考えることの重要性を叩きこまれた。

 これまでの軍は、ただ上司の指示に従うことしか許されなかった。
 それがどんなに理不尽な内容でも、無能としか思えない上司の命令であったとしてもだ。

 だから、多くの人材を無駄に失ってしまった。救えなかった部下の命……己の無力さに絶望し掛けていた俺の頭と心を、覇王様は凶暴なまでにガツンと叩かれた。

 圧倒的な攻撃魔法や、指導者としての斬新な考え方は、無気力になっていた我々に、もしかしたら本当に魔獣に打ち勝てるのでは……という希望を与えてくださった。

 なによりも、覇王様は我々が死ぬことを許されない。
 その新しい考え方、新しい戦い方、新しい使命・・・全てに心が躍った。

 我々魔獣討伐専門部隊、特に軍出身者は、全員が覇王様の信奉者だ。 
 だから覇王様が死者数は二千人を超えていると言われれば、そうだろうと思う。

 王族として被災地に行くことが重要だと言われたら、当然のことだと納得する。
 しかし、王族であるトーマス王子とレイム公爵は、どうやらヘイズ領行きを納得していないようだ。

 正直なところ、王族のりは気が重い。
 副指揮官である私は男爵家の当主だが、本来王族を護衛するような地位でも爵位でもない。

 だから意見を問われたら答えられるが、作戦を指揮できるわけでもない。
 もちろん、王族に媚びようとも思わないし、理不尽な指示に従う気もない。

 覇王様は出発前に、できるだけ手を貸すなと仰った。
 魔獣と対戦することがあっても、率先して戦う必要もないと王族彼等の前で仰った。

 むしろ魔獣討伐の経験を積む必要があるから、邪魔をするなと仰った。
 トーマス王子もレイム公爵も、覇王様のお言葉に一瞬表情が強張った。
 レイム公爵の顔には怒りさえ浮かんでいた。

 王族である者は、守られて当然だと思っていることが隠せていない。
 だが、覇王様が薄っすらと微笑まれたら、小さく体を震わせていた。
 あれこそが覇気の力だと、ワイコリーム公爵が小声で教えてくださった。

 まだ成人もされていない覇王様だが、圧倒的な力の差は誰の目にも明らかだ。
 血筋で考えれば覇王様だって王族だが、思考は全く違うし、身分なんて気にもされない。

 世間では平民として育ったからだとか言われているが、平民は貴族を恐れるし、国王を鼻で笑ったりしない。

 ……覇王様は、完全に王族を下に見ている。
 
 

 最初に訪れたライバンの森に近い村は、焼き尽くされて人の姿などなかった。
 もともと最初の氾濫で村人は全員亡くなったと聞いている。

 次の村には生存者が4人居たが、村はほぼ焼け落ちていた。
 生存していた4人は、偶然村の外に出ていて難を逃れたようだ。

 生存していた村人によると、始めに寄った村の人口は三百人くらいで、この村の人口は八百人くらいだったと言う。二つの村だけで、死者の数は千人を超えている。

「これでは、遺体を埋める人材もいないな」

 レイム公爵は無残な姿になっているご遺体から目を逸らし、できる範囲でいいから遺体を埋めてやれと、王族として4人に命令し、金貨1枚を渡していた。
 私は覇王様のご指示通り、これから被災地の救済は、隣領のワートン公爵が行うだろうと伝えておいた。


 次はもっと大きな被害が出ている可能性がある、人口八千人のヨイデの町だ。

 ヨイデの町まであと2キロという地点で、高さ1メートルの下級魔獣ビッグロップ2頭に遭遇した。
 この魔獣は、跳躍力があり蹴られると確実に骨折するし、頭だと死を覚悟しなければならない。

 見た目は強そうではないが、コイツは雑食で凶暴だ。

 Bランク冒険者でもある私なら、高く売れる毛皮のことを考えて攻撃するが、そんなことを考えないレイム公爵は火魔法を使った攻撃で倒し、冒険者として経験を積んだらしいトーマス王子は、氷を使った攻撃で倒していた。


「この先がヨイデの町です。あの丘を越えれば見えてきます」と、ヘイズ領出身の部下が御者台から叫んだので、丘の上から様子を見るため一旦馬車を停めることにした。

 丘の上から見えた夕日に照らされた光景に、私は言葉が出なかった。
 
「これは酷い。収穫前の作物まで焼き払うとは……」と、馬車から降りたレイム公爵の側近が、何も残っていない広大な畑を見て呆れる。

 一面の焼け野原には、魔獣のものと思われる無数の足跡だけが残されていた。
 恐らく昼に覇王様が討伐された変異種と魔獣の群の足跡だろう。

「畑や林は焼き払われているが、町はどうやら無事なようだ。野営はしなくても済みそうだな」

焼失していない建物を見て、どこか安堵したようにレイム公爵は呟いた。

「いや、これだけの魔獣の足跡だ。町は悲惨なことになっているはずだ」

はあ? という呆れた表情でレイム公爵を見ながら、Sランク冒険者のダイキリさんが現実を突きつける。

 ……う~ん、尊敬されているレイム公爵でさえこの程度か。
 ……今日の戦いで何を経験していたんだろうか?

「でも、町を襲われる前に、畑や林を焼いた可能性もあるのでは?」

「いいえトーマス王子、この町が魔獣に襲われたことは確認できています。
 しかも、2度に渡って襲われた可能性があります」

 俺はヘイズ領に入る前に得ている情報を教えたはずだが、私ごとき人間の情報では信用できないということだろうか? 
 それとも王族は、楽観的に考えるのが普通なのだろうか?

 ここで議論してもしょうがないので、私たちはヨイデの町へと急いだ。
 今夜はヨイデの町に泊まる予定だ。
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