上 下
306 / 709
覇王と国王

167ー1 次のステップ(3)ー1

しおりを挟む
 洞窟の入り口に到着したランドルは、ケガをしないよう俺を丁寧にゆっくりと降ろしてくれた。

 毛布の中から出ると、そこはドラゴンが住まうためにあるかのような洞窟で、入り口の高さは8メートル、幅は13メートル、奥行きは……見える範囲で50メートルくらいあるだろう。

 ヒンヤリとした空気は、ここだけまだ冬のような気配だ。
 壁の所々から水が染み出しており、いくつか水溜まりを作っているので、飲み水は確保できていたようだ。

 洞窟の入り口は北西側を向いているので、日中は陽が射すこともないだろう。
 薄暗い洞窟内に目が慣れてくると、奥に横たわる巨大なドラゴンの姿がぼんやりと見えてきた。

 ラリエスの契約妖精トワが、母ドラゴンを心配して飛んでいく。
 ランドルも「キューキュー」と悲しそうに泣いて、助けて欲しいと懇願する視線を俺に向ける。

 侵入者の来訪に、母ドラゴンは首を持ち上げ警戒する。
 洞窟内の空気に、一瞬殺気のような重さが加わり、さすが光のドラゴンだと感心してしまう。

 トワが直ぐに敵ではないと説明してくれたようで、母ドラゴンはゆっくりと警戒を解き、安堵したのかもたげた首を下げていく。

「はじめまして。今代の覇王アコルです。ケガの具合を診てもいいだろうか?」

俺は努めて笑顔を作りながら、軽く覇気を放ってみる。

 攻撃するための覇気ではなく、自分と母ドラゴンを包むような感じだ。
 母ドラゴンは「キ、キュッ」と鳴き、俺の前に頭を下げ、診察を受け入れてくれた。

 ……やはり光のドラゴンは知能が高いようだ。


 俺は母ドラゴンの鼻先を擦って、マジックバッグから取り出したポーションを見せ、おかしなものじゃないと安心させてから治療に取り掛かる。

 母ドラゴンの右翼は、10センチ前後の穴が複数あいており、左翼は先から4分の1のところで折れていた。胴体には大きな傷は見当たらない。

 今回はケガをしてから時間が経過しているので、【天の恵み】中級ポーションを始めから使う。
 ポーションを翼に振り掛けて2分が経過した頃、開いていた穴がゆっくりと塞がっていく。

「やった! ありがとうございますアコル様」と、母ドラゴンの守護妖精トワが、涙を零しながらお礼を言う。

 骨折した部分は、真っ直ぐ伸ばしてからポーションを使う。
 一瞬痛そうに「キュッ!」と鳴いたけど、大人しく俺のすることに従ってくれる。
 俺は暫くこのまま翼を動かさないよう指示して、様子を見ることにした。
 
 母ドラゴンの後ろに目を遣ると、まるで鳥の巣のような枯草の寝床に、全く起きる気配のない女の子?の守護妖精が眠っていた。

 姿かたちはトワと同じだけど、トワより尻尾が短くて、赤黒く変色した翼で自分の体を包み込むようにして眠っている。

 トワと同じで頭には黄色い冠を戴いていて、ゆっくりと翼を開いていくと、薄汚れてはっきりしないけど、恐らく七色だと思われる服……というか鱗のような胴体が見えてきた。

「かわいそうに・・・これは痛かっただろう。眠っているのではなく、意識を失っているんだね」

 トワの半分くらいしかない大きさの守護妖精は、左翼に小さな穴が数か所開いていて、右手の肘から下が欠損していた。

 ……これはもう、再生させるのは難しいだろう。
 
 守護妖精の裂傷には、これから作る【慈悲の雫】を使う方がいいだろう。

 ここまで衰弱していると【天の恵み】を使うより、【慈悲の雫】のハイポーションで傷を完全に塞ぎ、失った魔力を取り戻す必要がある。

 トワに出会った時に思ったけど、どうやらドラゴンの守護妖精は、魔力を失ったままでは力が発揮できないようだ。

 俺はここへ来る前、商業ギルド本部に寄って、モカの町から仕入れて貰った薬草を買っていた。
 前回作った【慈悲の雫】は、ランドルの治療に全部使ってしまったから、必要なら作れるよう準備してきたのだ。 

 早速マジックバッグの中から、ポーション作りに必要な道具を取り出し、ゴリゴリと薬草を潰す作業を始める。

 そのゴリゴリという音で、意識を失っていた女の子の妖精がぼんやりと目を覚ましたので、俺は自分の魔力を分け与えることにした。

 よく分からないけど、50くらいの魔力を分けたところで、女の子の妖精ははっきりと目を覚ました。
 俺を見て驚いたけど、トワが自分も助けられたのだと説明してくれたので、女の子の冠が光を取り戻すくらいまで魔力を注いだ。


「ありがとうございました覇王様。どうか私にも名を与えてください」

出来上がったハイポーション【慈悲の雫】で、左翼に開いた穴と、右腕の傷口が完全に塞がったところで、女の子の妖精がキラキラした瞳で俺を見て、起き上がり頭を下げながら言った。

「この子は珍しい全適性持ちで、全適性持ちの人間なんて居ないから、きっと誰もこの子を助けることはできないと思っていた。

 だが我は、幸運にも全適性持ちのアコル様と出会った。
 我だって6適性持ちの人間と会うことなどないと諦めていたのだ。
 でも、奇跡のようにラリエスと出会って契約もした。

 やはり光のドラゴンと覇王には、強い結びつきがあるのだろう。
 アコル様、ランドル様のためにも、どうか名を与えてください」

トワは先輩として、ランドルの守護妖精である女の子と契約して欲しいと頼んできた。
 もともとそのつもりで来たので、俺は直ぐに笑顔で了解する。

「私の名はアコル。特別なプレゼントは用意してないが、ユテと呼んでもいいだろうか?
 ユテは、古代語で星という意味だ」

「はいアコル様。私はユテ。プレゼントは先程のポーションで十分です。
 命を救っていただいたので、これからも自分の務めを果たすことができます。

 本当にありがとうございました。
 アコル様とランドル様のお役に立てるよう、一生懸命頑張ります」

魔力を半分くらい取り戻したユテは、頭上の冠をキラキラ金色に輝かせて、俺の回りをクルクルと飛びながら同意してくれた。

 昨年ランドルが誕生したのと同時に生まれたユテは、生まれた時から人の言葉を理解できたらしい。
 光のドラゴンの守護妖精は、特別な存在だと思って間違いないだろう。

 トワによると、全適性持ちの守護妖精は別格で、初代覇王様が契約していたドラゴンの守護妖精も、全適性持ちだった気がするととのこと。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。 もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。 そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。 誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか? そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。

アラフォー料理人が始める異世界スローライフ

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
ある日突然、異世界転移してしまった料理人のタツマ。 わけもわからないまま、異世界で生活を送り……次第に自分のやりたいこと、したかったことを思い出す。 それは料理を通して皆を笑顔にすること、自分がしてもらったように貧しい子達にお腹いっぱいになって貰うことだった。 男は異世界にて、フェンリルや仲間たちと共に穏やかなに過ごしていく。 いずれ、最強の料理人と呼ばれるその日まで。

「僕は病弱なので面倒な政務は全部やってね」と言う婚約者にビンタくらわした私が聖女です

リオール
恋愛
これは聖女が阿呆な婚約者(王太子)との婚約を解消して、惚れた大魔法使い(見た目若いイケメン…年齢は桁が違う)と結ばれるために奮闘する話。 でも周囲は認めてくれないし、婚約者はどこまでも阿呆だし、好きな人は塩対応だし、婚約者はやっぱり阿呆だし(二度言う) はたして聖女は自身の望みを叶えられるのだろうか? それとも聖女として辛い道を選ぶのか? ※筆者注※ 基本、コメディな雰囲気なので、苦手な方はご注意ください。 (たまにシリアスが入ります) 勢いで書き始めて、駆け足で終わってます(汗

虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~

日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。 十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。 さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。 異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。

【完結】愛されなかった私が幸せになるまで 〜旦那様には大切な幼馴染がいる〜

高瀬船
恋愛
2年前に婚約し、婚姻式を終えた夜。 フィファナはドキドキと逸る鼓動を落ち着かせるため、夫婦の寝室で夫を待っていた。 湯上りで温まった体が夜の冷たい空気に冷えて来た頃やってきた夫、ヨードはベッドにぽつりと所在なさげに座り、待っていたフィファナを嫌悪感の籠った瞳で一瞥し呆れたように「まだ起きていたのか」と吐き捨てた。 夫婦になるつもりはないと冷たく告げて寝室を去っていくヨードの後ろ姿を見ながら、フィファナは悲しげに唇を噛み締めたのだった。

異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽
ファンタジー
※書籍化しました(2巻発売中です) アリア・エランダル辺境伯令嬢(十才)は家族に疎まれ、使用人以下の暮らしに追いやられていた。 高熱を出して粗末な部屋で寝込んでいた時、唐突に思い出す。 自分が異世界に転生した、元日本人OLであったことを。 魂の管理人から授かったスキルを使い、思い入れも全くない、むしろ憎しみしか覚えない実家を出奔することを固く心に誓った。 この最強の『無限収納EX』スキルを使って、元々は私のものだった財産を根こそぎ奪ってやる! 外見だけは可憐な少女は逞しく異世界をサバイバルする。

別れた婚約者が「俺のこと、まだ好きなんだろう?」と復縁せまってきて気持ち悪いんですが

リオール
恋愛
婚約破棄して別れたはずなのに、なぜか元婚約者に復縁迫られてるんですけど!? ※ご都合主義展開 ※全7話  

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

処理中です...