上 下
299 / 709
戦いの始まり

163ー2 王都の危機(4)ー2

しおりを挟む
 翌朝、重い雲に覆われた夜明け前の空を見上げて、雨が降らなければいいがと思いながら、俺は馬車の中でまだ寝ている魔法部の先輩たちを起こしていく。

 ここは戦場であり学院ではない。朝食は自分たちで作らねばならないのだ。

 レイム公爵は、自分が率いてきた応援部隊と一緒に朝食をとるようで、自分のマジックバッグの中からパンを取り出して渡している。
 親父は俺や姉貴に叱られたので、側近と二人で昨日討伐した魔獣の肉を焼いている。

「前方に新たな魔獣の群! 数、20から30! 高さ3メートルを超える変異種は見えません!」

朝日が顔を出し、さあ食べようかと椀にスープを注ごうとした時、簡易やぐらで見張りを続けていた隊員が、警鐘を鳴らして大声で叫んだ。

 直ぐに副指揮官以上が【魔獣討伐専門部隊】本部に集合する。
【覇王軍】からは俺とマサルーノ先輩とヤーロン先輩、【王立高学院特別部隊】からは姉のミレーヌとエリザーテ先輩が出席した。 
 

「数が30であれば、私が出よう。応援部隊の魔法部の学生は力を試したいようだから丁度いいだろう」

 まるでベテラン冒険者のつもりだろうか? レイム公爵は自信満々という顔をして言った。

 ……これは完全に魔獣討伐を舐めてるな。嫌な予感しかしない。

 魔法部の先輩方は、どうやらレイム公爵の指揮下に入ると決めたようなので、俺は何も言わない。
 マサルーノ先輩も何も言わない。親父は渋い顔をしているけど反対はしないようだ。

「誰にだって初めてはある。経験することは大事だ。
 後方支援として【魔獣討伐専門部隊】の軍部を10人出そう。くれぐれも魔獣を甘く見ないでほしい」

ワイコリーム公爵は無表情なまま、レイム公爵と後方に並んでいる魔法部の応援部隊に向かって、低い声で淡々と言った。

 ……あの無表情は、無駄な説得を諦めたってところかな・・・

 ……反対しないってことは、変異種を含む大群が襲撃してきた時に、邪魔されないための布石だろうか。

 戦うことを決めたレイム公爵率いる応援部隊は、武器や魔法陣を持って意気揚々と、400メートルくらい前方へと走って移動して行く。

 残った俺たちは、準備した朝食が被害に遭わないよう、姉がマジックバッグの中に収納し、前衛の攻撃をすり抜けてきた魔獣を討伐するための布陣を敷く。

 折角だから特務部の応援部隊を、後方支援として配置された軍部の兵のすぐ後ろにつけて、経験を積ませようとヤーロン先輩が言うので、同意して前で待機するよう指示を出した。



 そして魔獣討伐は始まった。
 指揮するレイム公爵の第一声は「よし、思いっ切りやれ!」だった。

 等間隔で一列に並んだレイム公爵と側近3人、そして応援部隊の魔法部の先輩13人は、レイム公爵の強力な攻撃魔法を合図にして、やる気に満ちた表情で攻撃魔法を放っていく。

 最初に放たれた派手な攻撃で、半数の魔獣は倒されたが、残りの半数は攻撃を避けて突進してくる。

 レイム公爵は次の指示を出すことなく、余裕の表情で次々と攻撃していく。
 次の攻撃をどうしようかと考えていた学生たちは、突然眼前に迫ってきた魔獣に足が竦み始める。動かない的しか攻撃したことがないのだ。
 
 パニックに陥った学生4人は、「ワーッ!」と叫びながら逃げだす。

 咄嗟に剣を抜いて戦おうとする者3人、ポケットの中から魔法陣を書いた紙を取り出し、懸命に魔力を流す者3人、冷静に魔獣を見て次の攻撃を放った者は3人だった。

 恐らく予想していた通りの展開だったのろう。
【魔獣討伐専門部隊】の10人が、学生を庇うように走り出て、今まさに飛び掛かろうとしている魔獣を討伐していく。

 攻撃をすり抜けた小型の魔獣3頭は、後方で構えていた特務部の応援部隊が、冷静に討伐してくれた。

 大魔法攻撃を放ち、10頭以上の魔獣を倒したレイム公爵は、満足そうに振り返って、後方の悲惨な状況を見て愕然とする。

 ケガをした魔法部の学生は5人。その内3人は縫う程のケガをしており、2人は魔獣に跳ね飛ばされて腕を骨折していた。
 完全に戦意を消失し早々と戦線離脱した4人は、半分涙目で震えている。

「レイム公爵、指揮はどうされたのです?」

凍るような声でワイコリーム公爵が声を掛ける。

「わ、私は……」とだけ言葉を発したレイム公爵は、自分の役割が何だったのかを思い出したようで、血を流して救護所に運ばれていく学生を見ながら押し黙った。


「新たな魔獣の群が来ます! 数は50以上。変異種らしきモノは2です!」

けたたましく警鐘が鳴り響き、簡易やぐらの上から隊員が再び大声で叫んだ。

 直ぐに昨日と同じ陣形をとり、使えない応援部隊の学生は下がらせる。
 レイム公爵は、親父に引っ張られて右端を担当するために移動して行く。

「今度の群は中級以上の大型魔獣が多い。数は半分でも決して気を抜くな!」

副指揮官のネルソンさんが、中央で皆に檄を飛ばす。

「素材はもう必要ない! 火魔法の魔法陣を解禁する! 命大事に!」
「おう! 命大事に!」

俺も皆に向かって火魔法の解禁を伝えて檄を飛ばす。

 応援部隊に魔獣の戦い方を学ばせるためにも、ここは無様に負けるわけにはいかない。
 全力で最後の一頭まで気を抜かずに戦おう。



 そして2時間後、俺たちは魔力切れスレスレまで全力を出し、なんとか57頭の魔獣と変異種2頭を討伐した。

 気付けば午前11時、くたくたな体に鞭打ち、俺は皆を労ってから、食べ損ねた朝食を早目の昼ご飯として食べ始めた。
 どの顔も疲れて隊服はボロボロだけど、皆やり切った表情で美味しそうに肉にかぶりつく。

「今回も大ケガをすることなく持ち堪えたな」と、マサルーノ先輩が笑顔で俺の肩を叩いて労ってくれた。

「本当に良かったですわマサルーノ先輩。やはりミレーヌ様とシルクーネ先輩が妖精と契約できたことが、戦力強化につながりましたね」

今回も大活躍だったBランク冒険者でもあるチェルシー先輩が、安堵の表情でスープを飲みながら嬉しそうに話す。

「私、8月にはB級一般魔術師が受験できそうですわ」と姉も嬉しそうだ。

 ヤーロン先輩は、頑張った応援部隊の特務部の学生も労いながら、有効な魔法陣の使い方を教えている。

 学生も【魔獣討伐専門部隊】も、親父もレイム公爵も、報告されていた約200頭の押し戻された魔獣討伐を完了し、王都を守れたと満足そうに笑っている。


「た、大変です! 魔獣の群が・・・大群が現れました。数は……数は100を越えています!」

驚きのあまり警鐘を鳴らすのを忘れたのか、見張りをしていた隊員は、絶叫するように報告した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

異世界を中国拳法でぶん殴る! ~転生したら褐色ショタで人外で、おまけに凶悪犯罪者だったけど、前世で鍛えた中国拳法で真っ当な人生を目指します~

犬童 貞之助
ファンタジー
八極拳や太極拳といった中国拳法が趣味な大学生、中島太郎。ある日電車事故に巻き込まれた彼は、いつの間にか見ず知らずの褐色少年となっていた。 いきなりショタ化して混乱する頭を整理すれば、単なる生まれ変わりではなく魔法や魔物があるファンタジーな世界の住人となってしまったようだった。そのうえ、少年なのに盗賊で貴族誘拐の実行犯。おまけに人ではないらしいことも判明する。 「どうすんだよこれ……」 問題要素てんこ盛りの褐色少年となってしまった中島は、途方に暮れる。 「まあイケメンショタだし、言うほど悪くないか」 が、一瞬で開き直る。 前向きな彼は真っ当に生きることを目指し、まずは盗賊から足を洗うべく行動を開始した──。 ◇◆◇◆ 明るく前向きな主人公は最初から強く、魔法の探求や武術の修練に興味を持つため、どんどん強くなります。 反面、鉢合わせる相手も単なる悪党から魔物に竜に魔神と段々強大に……。 "中国拳法と化け物との戦いが見たい” そんな欲求から生まれた本作品ですが、魔法で派手に戦ったり、美少女とぶん殴り合ったりすることもあります。 過激な描写にご注意下さい。 ※この作品は「小説家になろう」でも投稿しています。

処理中です...