209 / 709
魔王と覇王
118ー2 身分と名前(1)ー2
しおりを挟む
領主の中でも一番若く、これまであまり目立つこともなく、前に出ようとはしていなかったから、私はワイコリーム公爵という人間をよく見ていなかった。
……私が間違っているとでもいうのか? ずっと国のことを、王様のことを憂い尽くしてきた私を・・・?
「・・・ワイコリーム公爵、返す言葉が見つからない。
あれだけアコルから王族とは何かと問われてきたのに、あれだけ魔獣の大氾濫に備えなければ死ぬぞと教えらてきたのに、どうやら私には、国民の命を守るという、王族としての責任や危機感が足らなかったようだ。
ワイコリーム公爵、申し訳ない。怒りを収めてくれ。
アコルは今、冒険者ギルドの要請でアイススネークの変異種を討伐するため、学生と教授を連れ出掛けている。
討伐が成功していたら、今日中には戻って来ると思う。
帰ってきたら、ワイコリーム公爵から魔術書を持っているかどうか訊いて欲しい。その役目は貴方以外には考えられない。
兄上、王族は魔獣の討伐の先頭に立つべきです。
被災地さえ視察しない王や王族になど、民は従ってくれないでしょう。王族はもっと、現実を直視すべきです」
モーマットはワイコリーム公爵に向かって頭を下げた。
そして自ら反省した感じで、私や王様を批判する……いや違う。現実を見ろと忠告した。
なんだか気まずい雰囲気になってしまったので、私は一旦自分の屋敷に戻ることにして、アコルが学院に戻ってきたら、呼びに来てもらうよう頼んだ。
◇◇ 学院長 ◇◇
レイム公爵が屋敷に戻った後、私はワイコリーム公爵と一緒にアコルの帰りを待つことになった。
執務室でぼんやり待っているのも苦痛なので、学院内を案内しながら時間を潰すことにした。
「アコル様は、補助部屋で生活していると息子から聞いていますが……」
「ええ、私の親友であり魔法部の部長教授でもあるマキアート教授の、研究室の補助部屋で暮らしています。
アコルは推薦入学試験の日に、補助部屋で生活させて欲しいと直談判したらしいです」
私はアコルについて、入学試験の日から今日までの怒濤の日々を、学院長という立場から正直に説明していくことにした。
アコルに出会う前の自分の価値観が、アコルに出会ってから大きく変わったことも含めて話していく。
ワイコリーム公爵は、学生であるラリエス君からも、多くのことを聞いていたようで、双方から話を聞くことによって、アコルこそが覇王様であるという確信が強くなったと言う。
「ラリエスは物心ついた頃から、大きくなったら覇王様をお支えするのが夢で、魔獣の大氾濫が起こると分かってからは、必ず現れる【覇王】様と、共に戦えるよう強くならねばと頑張ってきました。
親バカかもしれませんが、息子のためにも、なんとしても第七王子様を……さ、探し出さねばと・・・ラリエスは、アコル様が次期覇王であることを望んでいます。
私もそうであるなら嬉しいと思います。現実のこととなれば、息子は命懸けでアコル様をお守りするでしょう」
この5年間の苦しい捜索を思い出したのか、ワイコリーム公爵は話の途中で言葉を詰まらせた。
ワイコリーム公爵は、第七王子を探していたというより、次の覇王となる王子を探していたのだ。
だからこそ、懸命にアコルに辿り着いたのだ。
「兄上には申し訳ないが、私はアコルが覇王であると知って心底安堵しました。
あの特殊な思考や行動は、覇王としてのものとだと考えれば全て納得できますから」
……そうだ。あのリーダーとしてのカリスマ性も人を惹き付ける魅力も、【覇王】であれば当然必要な資質だ。
だが問題はトーマスだ。
アコルが覇王様であれば、次の国王はアコルに決定するだろう。
いや待て、あのアコルが、王族に敬意すら示さないアコルが、すんなり国王になるだろうか?
しかもトーマスは何かやらかしたらしいし。
「ところでワイコリーム公爵は、サナへ領の救済活動で何があったのかご存知でしょうか?」
「ええ、ラリエスから詳しく聞いています。
サナへ侯爵の側近と副役場長が、生意気な平民を殺そうと、自領の民を救ってくれたエイト君とアコル様を襲撃し、アコル様が斬られたことでしょう?
サナへ侯爵とトーマス王子が、学生の身分を知らせなかったので、随分と失礼な態度や暴言を吐かれたと、学生たちは激怒していたようです。
しかも、ルフナ王子まで荷馬車で寝泊まりされたとか・・・」
ワイコリーム公爵は、いろいろと含みのある顔をして、問題のほんの一部だけですがと言って教えてくれた。
「はあ? 年末年始に救済に来てくれた【王立高学院特別部隊】の学生を襲撃? サナへ侯爵の側近がですか?」
「ええ、サナへ侯爵は、救済品も炊き出しさえ自領で準備せず、学生の食事や帰省する旅費まで全て、生意気な平民と貶めたアコル様が用意されたものを利用されたとか。
ケガを負ったアコル様には、金貨1枚の見舞金で充分だと仰ったそうです。
あの時点で、レイム公爵家の次期後継者候補だと知っておられたお二人の態度に、執行部の学生は全員、お二人を信用できないと思ったようです。
ワイコリーム公爵家では、とても真似できないことです。
トーマス王子は、今回学生に指示も出さず、全てをアコル様に丸投げされたようです」
今度は完全に嫌味だと分かる感じで、救済活動の実態を暴露してきた。
現場に嫡男のラリエス君が居たのだから、嫌味というより怒りの感情の方が大きいのかも知れない。
サナへ侯爵もトーマスも、何を考えていたんだろう?
まさか、何も考えていなかったのか?
「アコル様は、今後【王立高学院特別部隊】に救済活動や救援要請を望むなら、領主や側近や担当者に、危機管理指導講座を受講させることを条件にすると仰ったとか。
アコル様は恐らく、【覇王】としての活動を本格的に始められるのでしょう。頼もしいと思われませんか?」
……ただの学生としてアコルを見ていた兄上の視点と、只者ではないと不安になりながらアコルを見ていた私の視点は、覇王様で第七王子だと思ってアコルを見ていたワイコリーム公爵の視点とでは、こうも受け取り方が違うのだ。
覇王として当然のことをしていると考える者からしたら、覇王の行いを妨げ、命を危険に晒す領主や王子は、無礼者であり不敬者以外の何物でもないだろう。
学院内をぐるりと回り、最後にマキアート教授の研究室に向かっていると、アイススネークの変異種討伐から戻ったアコルを含む一行とばったり出会った。
……私が間違っているとでもいうのか? ずっと国のことを、王様のことを憂い尽くしてきた私を・・・?
「・・・ワイコリーム公爵、返す言葉が見つからない。
あれだけアコルから王族とは何かと問われてきたのに、あれだけ魔獣の大氾濫に備えなければ死ぬぞと教えらてきたのに、どうやら私には、国民の命を守るという、王族としての責任や危機感が足らなかったようだ。
ワイコリーム公爵、申し訳ない。怒りを収めてくれ。
アコルは今、冒険者ギルドの要請でアイススネークの変異種を討伐するため、学生と教授を連れ出掛けている。
討伐が成功していたら、今日中には戻って来ると思う。
帰ってきたら、ワイコリーム公爵から魔術書を持っているかどうか訊いて欲しい。その役目は貴方以外には考えられない。
兄上、王族は魔獣の討伐の先頭に立つべきです。
被災地さえ視察しない王や王族になど、民は従ってくれないでしょう。王族はもっと、現実を直視すべきです」
モーマットはワイコリーム公爵に向かって頭を下げた。
そして自ら反省した感じで、私や王様を批判する……いや違う。現実を見ろと忠告した。
なんだか気まずい雰囲気になってしまったので、私は一旦自分の屋敷に戻ることにして、アコルが学院に戻ってきたら、呼びに来てもらうよう頼んだ。
◇◇ 学院長 ◇◇
レイム公爵が屋敷に戻った後、私はワイコリーム公爵と一緒にアコルの帰りを待つことになった。
執務室でぼんやり待っているのも苦痛なので、学院内を案内しながら時間を潰すことにした。
「アコル様は、補助部屋で生活していると息子から聞いていますが……」
「ええ、私の親友であり魔法部の部長教授でもあるマキアート教授の、研究室の補助部屋で暮らしています。
アコルは推薦入学試験の日に、補助部屋で生活させて欲しいと直談判したらしいです」
私はアコルについて、入学試験の日から今日までの怒濤の日々を、学院長という立場から正直に説明していくことにした。
アコルに出会う前の自分の価値観が、アコルに出会ってから大きく変わったことも含めて話していく。
ワイコリーム公爵は、学生であるラリエス君からも、多くのことを聞いていたようで、双方から話を聞くことによって、アコルこそが覇王様であるという確信が強くなったと言う。
「ラリエスは物心ついた頃から、大きくなったら覇王様をお支えするのが夢で、魔獣の大氾濫が起こると分かってからは、必ず現れる【覇王】様と、共に戦えるよう強くならねばと頑張ってきました。
親バカかもしれませんが、息子のためにも、なんとしても第七王子様を……さ、探し出さねばと・・・ラリエスは、アコル様が次期覇王であることを望んでいます。
私もそうであるなら嬉しいと思います。現実のこととなれば、息子は命懸けでアコル様をお守りするでしょう」
この5年間の苦しい捜索を思い出したのか、ワイコリーム公爵は話の途中で言葉を詰まらせた。
ワイコリーム公爵は、第七王子を探していたというより、次の覇王となる王子を探していたのだ。
だからこそ、懸命にアコルに辿り着いたのだ。
「兄上には申し訳ないが、私はアコルが覇王であると知って心底安堵しました。
あの特殊な思考や行動は、覇王としてのものとだと考えれば全て納得できますから」
……そうだ。あのリーダーとしてのカリスマ性も人を惹き付ける魅力も、【覇王】であれば当然必要な資質だ。
だが問題はトーマスだ。
アコルが覇王様であれば、次の国王はアコルに決定するだろう。
いや待て、あのアコルが、王族に敬意すら示さないアコルが、すんなり国王になるだろうか?
しかもトーマスは何かやらかしたらしいし。
「ところでワイコリーム公爵は、サナへ領の救済活動で何があったのかご存知でしょうか?」
「ええ、ラリエスから詳しく聞いています。
サナへ侯爵の側近と副役場長が、生意気な平民を殺そうと、自領の民を救ってくれたエイト君とアコル様を襲撃し、アコル様が斬られたことでしょう?
サナへ侯爵とトーマス王子が、学生の身分を知らせなかったので、随分と失礼な態度や暴言を吐かれたと、学生たちは激怒していたようです。
しかも、ルフナ王子まで荷馬車で寝泊まりされたとか・・・」
ワイコリーム公爵は、いろいろと含みのある顔をして、問題のほんの一部だけですがと言って教えてくれた。
「はあ? 年末年始に救済に来てくれた【王立高学院特別部隊】の学生を襲撃? サナへ侯爵の側近がですか?」
「ええ、サナへ侯爵は、救済品も炊き出しさえ自領で準備せず、学生の食事や帰省する旅費まで全て、生意気な平民と貶めたアコル様が用意されたものを利用されたとか。
ケガを負ったアコル様には、金貨1枚の見舞金で充分だと仰ったそうです。
あの時点で、レイム公爵家の次期後継者候補だと知っておられたお二人の態度に、執行部の学生は全員、お二人を信用できないと思ったようです。
ワイコリーム公爵家では、とても真似できないことです。
トーマス王子は、今回学生に指示も出さず、全てをアコル様に丸投げされたようです」
今度は完全に嫌味だと分かる感じで、救済活動の実態を暴露してきた。
現場に嫡男のラリエス君が居たのだから、嫌味というより怒りの感情の方が大きいのかも知れない。
サナへ侯爵もトーマスも、何を考えていたんだろう?
まさか、何も考えていなかったのか?
「アコル様は、今後【王立高学院特別部隊】に救済活動や救援要請を望むなら、領主や側近や担当者に、危機管理指導講座を受講させることを条件にすると仰ったとか。
アコル様は恐らく、【覇王】としての活動を本格的に始められるのでしょう。頼もしいと思われませんか?」
……ただの学生としてアコルを見ていた兄上の視点と、只者ではないと不安になりながらアコルを見ていた私の視点は、覇王様で第七王子だと思ってアコルを見ていたワイコリーム公爵の視点とでは、こうも受け取り方が違うのだ。
覇王として当然のことをしていると考える者からしたら、覇王の行いを妨げ、命を危険に晒す領主や王子は、無礼者であり不敬者以外の何物でもないだろう。
学院内をぐるりと回り、最後にマキアート教授の研究室に向かっていると、アイススネークの変異種討伐から戻ったアコルを含む一行とばったり出会った。
1
お気に入りに追加
312
あなたにおすすめの小説
優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~
日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。
もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。
そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。
誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか?
そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。
アラフォー料理人が始める異世界スローライフ
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
ある日突然、異世界転移してしまった料理人のタツマ。
わけもわからないまま、異世界で生活を送り……次第に自分のやりたいこと、したかったことを思い出す。
それは料理を通して皆を笑顔にすること、自分がしてもらったように貧しい子達にお腹いっぱいになって貰うことだった。
男は異世界にて、フェンリルや仲間たちと共に穏やかなに過ごしていく。
いずれ、最強の料理人と呼ばれるその日まで。
「僕は病弱なので面倒な政務は全部やってね」と言う婚約者にビンタくらわした私が聖女です
リオール
恋愛
これは聖女が阿呆な婚約者(王太子)との婚約を解消して、惚れた大魔法使い(見た目若いイケメン…年齢は桁が違う)と結ばれるために奮闘する話。
でも周囲は認めてくれないし、婚約者はどこまでも阿呆だし、好きな人は塩対応だし、婚約者はやっぱり阿呆だし(二度言う)
はたして聖女は自身の望みを叶えられるのだろうか?
それとも聖女として辛い道を選ぶのか?
※筆者注※
基本、コメディな雰囲気なので、苦手な方はご注意ください。
(たまにシリアスが入ります)
勢いで書き始めて、駆け足で終わってます(汗
虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~
日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。
十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。
さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。
異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。
【完結】愛されなかった私が幸せになるまで 〜旦那様には大切な幼馴染がいる〜
高瀬船
恋愛
2年前に婚約し、婚姻式を終えた夜。
フィファナはドキドキと逸る鼓動を落ち着かせるため、夫婦の寝室で夫を待っていた。
湯上りで温まった体が夜の冷たい空気に冷えて来た頃やってきた夫、ヨードはベッドにぽつりと所在なさげに座り、待っていたフィファナを嫌悪感の籠った瞳で一瞥し呆れたように「まだ起きていたのか」と吐き捨てた。
夫婦になるつもりはないと冷たく告げて寝室を去っていくヨードの後ろ姿を見ながら、フィファナは悲しげに唇を噛み締めたのだった。
異世界転生令嬢、出奔する
猫野美羽
ファンタジー
※書籍化しました(2巻発売中です)
アリア・エランダル辺境伯令嬢(十才)は家族に疎まれ、使用人以下の暮らしに追いやられていた。
高熱を出して粗末な部屋で寝込んでいた時、唐突に思い出す。
自分が異世界に転生した、元日本人OLであったことを。
魂の管理人から授かったスキルを使い、思い入れも全くない、むしろ憎しみしか覚えない実家を出奔することを固く心に誓った。
この最強の『無限収納EX』スキルを使って、元々は私のものだった財産を根こそぎ奪ってやる!
外見だけは可憐な少女は逞しく異世界をサバイバルする。
別れた婚約者が「俺のこと、まだ好きなんだろう?」と復縁せまってきて気持ち悪いんですが
リオール
恋愛
婚約破棄して別れたはずなのに、なぜか元婚約者に復縁迫られてるんですけど!?
※ご都合主義展開
※全7話
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる