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貴族たちの願望

102ー1 交錯する思惑 マギ公爵領(1)ー1

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◇◇ マギ公爵領 マギ公爵家の場合 (エイト) ◇◇

 うちの馬車には、姉であるミレーヌとチェルシー先輩が乗っている。

 チェルシー先輩が乗っているのは、同じ執行部で姉とも仲がいいというだけではなく、妖精と契約したチェルシー先輩は、マギ領ではとても稀有な存在となってしまったからだ。
 だから、マギ公爵である父に報告が必要な案件なのである。

 姉ミレーヌの婚約者でもあるサナへ侯爵子息のトゥーリス先輩も誘ったけど、さすがにまだ後片付けが残っているということで、トーマス王子やリーマス王子、医療班と一緒にモカの町に残っている。

 どうやらトーマス王子とサナへ侯爵は、デミル公爵の動向を探るため、王都に帰る軍の兵士が通るのを待つらしい。

 ……まあ、学生の俺が口を出すことじゃないけど、本当にデミル領の被災者を見捨てていたら、責任追及しなきゃいけないだろうからな。 

 領都サナへからマギ領の領都まで、うちの馬車なら2日で到着する。
 退屈な馬車の中で俺たち三人は、今回の救済活動での反省点や問題点を真面目に議論したり、リーダーアコルについての話で盛り上がった。

 特にモカの町に到着するまでの荷馬車組の話は、俺がアコルから直接聞いた内容よりも詳しく、マサルーノ先輩が妖精のレーズン君と契約したシーンや、ミルクナの町でスノーウルフと死闘したシーンの話は、凄くワクワクした。

 一番盛り上がったのが、アコルのマジックバッグの話だった。

 できたての熱々スープがマジックバッグから出てきた時、我が目を疑ったというチェルシー先輩の話は、荷馬車で泊まった時に、沸きたての湯が入ったポットが当たり前のように出てきた時の驚きと同じで、「あり得ない」とお互い同意し、でも「欲しいよね」と意見が一致した。

「アコルがさ、本気で領民を救済するつもりがある者には、あのモンブラン商会の荷馬車と同じ容量のマジックバッグを、特別価格の金貨30枚で売ってくれるって」

「えっ、あの国宝級のマジックバッグが金貨30枚?」と、チェルシー先輩が驚いて声を上げた。

 マギ領でも一番魔獣の大氾濫で被害を受けそうな場所が、子爵であるチェルシー先輩の父親が治めている、冒険者ギルド龍山支部がある町だ。

 だから、何がなんでも欲しいと思っていたらしく、買えるものなら借金をしてでも買おうと考えていたそうだ。
 金貨30枚と聞いて喜んでいる、領民思いの良い貴族である。

「魔力量が100を超える者が起動させたら、時間の経過がほぼないってことは、食料が保管できるってことよね。
 それにしてもアコル君は、何処でそんな凄い魔法陣を手に入れたのかしら?」

 既に学院では規格外の存在となっているアコルだが、それでも謎な部分も多く、姉貴は古代魔法陣を使ったマジックバッグに違いないと推論する。

「いや、なんかアコルはさ、自分は託されただけだって言うんだよな。
 自分以外にも、古代魔法陣の知識を授けられている人間が何人も居るはずだって……」

「レイム公爵家と何か関係あるのかしら?」と、チェルシー先輩が呟いた。

「いや、レイム公爵領のカイヤさんに訊いたら、アコルは王都を出る時に、エクレアちゃんから自分が前のレイム公爵の孫だって初めて聞いたらしい。
 う~ん、確かに、あの古代魔法の知識の謎は、いつか解き明かしたいね。

 これは極秘事項だけど、アコルは最初の救済活動の時、平民の分際で余計なことをする危険分子として、王様とレイム公爵に殺されかけたらしいよ。
 だから、アコルがもし上位貴族と繋がっていたら、殺されるような行動は止められたと思う」

この極秘事項は、アコルとトーマス王子の会話で知った事実だけどと、ちゃんと付け加えておいた。

 あれから、今の王宮の考え方に疑問を抱くようになった俺は、結構アコルに毒されているというか、すっかり感化されているんだと実感した。

「「ええぇーっ! 王様とレイム公爵に殺されかけた?」」と姉貴とチェルシー先輩の声が見事に揃った。
 かなり驚いてショックを受けましたって顔をしている。

「俺たち、特に執行部や王立高学院特別部隊に所属しているメンバーは、アコルの目的が魔獣の大氾濫に打ち勝ち、住民を救済することだと知ってる。
 それが魔法を使える者として、また貴族としての正義の行いだと思っているけど、王宮内ではそうでもないってことだ。だからこそデミル領の悲劇が生まれた」 

「もしもアコル君が王立高学院に入学して来なかったら、私たちは……何もしてなかったわね。
 今回の被害だって、きっと他人事だったと思う。
 
 そして私は自領の民を守ろうと……いえ守るために頑張ろうとは考えず、学院で震えていることしかできなかったわ。
 大事なパートナーのミント君とだって出会えなかった。そう思うと……恐ろしくなるわ」

俺の話を聞いたチェルシー先輩は、しみじみと、今では被災者を助けないことに怒りを覚えるし、無責任な貴族にはなりたくないと強く思うようになったと言う。

「マギ領は、サナへ領とは違うと思うけど、アコル君は王子や領主に平然と威圧を放つ自称平民だから、真面目に魔獣の大氾濫に備えなきゃ、マギ領が被災した時、王立高学院特別部隊を出してくれないかもしれないわ。
 そうならないよう、帰ったらマジックバッグを絶対に買うよう進言しましょう!」

「そうだね姉さん。【魔王】を怒らせるのは危険だ。
 そして【魔王】ほど頼れる存在もいないから、俺も古代魔法や伝承の魔法陣を教えて貰って、使えるよう精進するよ。

 ああ、俺も早く妖精と契約出来ないかなぁ……そしたら伝承の魔法陣も発動できるのに。
 契約してくれるなら、自分の宝物を全部差し出してもいいよ」

俺は羨ましそうにチェルシー先輩を見て、ハーッと溜息を吐いた。

『ふーん、自分の宝物を全部だって。どうしますか?』

突然チェルシー先輩の契約妖精ミント君が姿を現し、ふわふわ飛びながら誰も居ない窓に向かって問い掛ける。

「あら、呼んでないけどどうしたのミント君? 姿を現しても大丈夫?」って、チェルシー先輩が驚いたように声を掛ける。

『ああ、うん、俺はアコル様の契約妖精エクレア様から特別な魔力を頂いているから、自分の意思で好きな時に出てこられるし、アコル様のお友達には、話し掛けてもいいんだ』

美しい青い石の首飾りをして、チェルシー先輩が差し出した右手の上に降りたミント君は、嬉しそうに頭の上の赤と青の羽根つき帽子を揺らしながら答えた。
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