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商人魔王

88ー2 モカの町(2)ー2

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「そうです。俺は平民です。だから分かるんですよ。
 お金がないと死ぬしかないと。

 トーマス王子、王子はこの町に来る途中で、金貨10枚分の支援物資を自分のポケットマネーから出したそうですが、そのお金はサナへ侯爵や王様に、後から請求しますか?

 それとも王族として喜捨されますか?
 金貨10枚で……何ができるんでしょう?

 ねえ、サナへ侯爵、野菜や肉や食器は、救済に来ている学生である我々が、自分のお金を使って用意しなきゃいけないんでしょうかと、俺は訊いているんです」

今度は完全に上から目線で、トーマス王子とサナへ侯爵を追い込んでいく。
 執行部のみんなは、俺の言葉と態度に「ヒーッ!」と顔を引きつらせる。

「私は・・・」と言いながら、トーマス王子は口籠もった。

「な、なんだと!」と怒りを口にしたサナへ侯爵も、咄嗟に反論が出来ない。

 前回の炊き出しはモンブラン商会が全額負担し、人の用意も俺がした。

 トーマス王子は、被災地に行けば誰かがやってくれるとでも思ったのだろうか?
 それとも、被災者は30人くらいだと思っていたのだろうか? 

 ……でもそんなことは口にしない。

 人の手配もしたことがない王子や貴族の学生だけど、流石に最低限に必要なことくらい分かるよね? なんてことも、今回は口に出さない。

 モカの町の被災者には申し訳ないけど、今回の救済活動は、王子や領主の能力を問う試金石であり、将来自分の領地を支える学生たちを鍛えるための訓練でもある。


 自分たちで考えて行動できるようにならないと、学生は卒業してから自分の領地で指揮が執れない。
 平民である俺があれこれ叫んだところで、実際に経験して学ばなければ、聞く耳なんて無いも同然。

 仮に【覇王】として命令しても、やる気も助ける気もない王族や領主では、国民は見殺しにされる未来しかないだろう。

 ……それが今の現実。
 ……もどかしくても、リーダーとしての人材を育てなければ、【覇王】としてドラゴンや魔獣の変異種を倒すことに集中できない。

「分かりましたわ。アコル君、前回の救済活動では、モンブラン商会が炊き出しをしてくださいましたが、私たちではスープは作れません。
 料理をしていただける女性には、いくら払えばお手伝いして頂けるでしょうか?」

重苦しい空気を破って前向きな発言をしたのは、執行部部長であるノエル様だった。流石である。

 こういう時にやるべきことを考え、直ぐ実行に移そうと判断できるノエル様には、ぜひトーマス王子と・・・いや、次期国王の王妃になって頂きたいものだ。

「ノエル様、その段取りは本来役人が行うものです。
 我ら王立高学院特別部隊は、サナへ侯爵様が救済活動の準備を整えてくださるまで、飢えと寒さで死にそうになっている被災者の居る、西地区に全員で向かいましょう。

 そして、何が必要で何ができるのかを考えて行動しましょう。
 トーマス王子も西地区をご覧になった方がいいですよ。その上で、我々にご指示ください。

 ああ、それから、薬もないのに救護所を開設すると、民の怒りを買うだけです。
 リーマス王子が暴徒に殴られてはいけないので、薬が用意できるまで、我々と共に行動しましょう」

今度はにっこりと笑って、執行部のメンバー全員に視線を向け、俺は勝手に席を立つ。
 このまま議論していても、何もことは進まないだろうから。

 荷馬車組の執行部メンバーは、俺よりも顔が怖い。そして怒っている。
 ガタンと音をたて席を立つと、俺に続いて部屋を出ていく。


「よし、全員で西地区に行くぞ!」と、3年のマサルーノ先輩が、妖精のレーズン君を肩に乗せて大声で号令を掛ける。

 当然、その声を聞いた学生はマサルーノ先輩を注目し、肩に乗っている可愛いレーズン君を見て、「ええぇーっ!」と驚き、羨ましそうな視線を向け寄ってくる。

 そしてわらわらと学生が集まったところで、ある奇跡的なことが起こる。
 突然別の男の子の妖精が、ふわりふわりと飛びながら姿を現したのだ。

 羽根の色は火と風と水と光適性を現す、赤色・藍色・青色・黄色の四色だ。
 頭に青と赤の鳥の羽根の飾りの帽子を被り、水色を基調とした服を着て、目の覚めるような光を放つ美しい青い石の首飾りをしていた。

「キャー!」とか「かわいい!」とか「誰の妖精さんなの?」とか「とうとう俺にも」という声が上がる中、可愛いけどちょっぴり生意気そうな顔をした男の子の妖精は、にっこりと嬉しそうに微笑むと、とある女子の近くに向かって飛び得意気に言った。

『僕はね、寒い時は暖かい風を作ったり、暑い時は涼しい風を作ったりするのが得意なんだ。ほら、暖かいでしょう?』と。

 話し掛けられた女子は、「ええ、とっても暖かいわ。凍える被災者にもこの風を送ってあげることは出来るかしら・・・でも私……火の適性がないの」と、妖精と話せて笑顔だけど、火の適性がないのと悲しそうに呟いた。

『知ってるよ。だから僕の力を分けてあげる。そしたら火も扱えるよ。きっともっと強くなれるよ』

「えっ! ありがとう。これからもっともっと強くなるわ。そして、たくさんの人を救いたいわ。良かったら、ミント君って呼んでもいい?」

『いいよチェルシー、僕はいつも懸命に魔法の練習をしているチェルシーを見てたんだ。はい、これ、契約の印だよ』

そう言ってミント君は、自分が首に下げている青く透き通る石と同じ輝きを放つ、真紅の小さな宝石をチェルシーさんに手渡した。

 本来ならチェルシーさんが先にプレゼントを渡すところだけど、ミントくんは先に契約の石を渡し、チェルシーさんの髪留めをニコニコしながら見つめた。

 チェルシーさんはその視線に気付くと、小さな赤い石が付いた髪止めを髪から外して、ミントくんに差し出した。

 初めて妖精と契約する瞬間を目にした学生たちは、「凄い!」「素敵だわ」「おめでとう!」「やったわねチェルシー」って、歓喜と祝福の声を上げた。

 そしてチェルシーさんはミント君を肩に乗せて、指先から小さな炎を作り出し「これで領地を救う手助けができるわ」って嬉しそうに涙を零した。

「さあ、みんなも頑張って、妖精さんに認めて貰おう! 次にお友達になったり契約するのは誰だろうな」って、次こそはと希望に燃える学生に俺は発破をかけた。



 西地区までは、数台の馬車と荷馬車3台に乗って、ゆっくりと進んでいく。
 俺たち学生の後ろを、立派な2頭立ての馬車に乗ったサナへ侯爵とトーマス王子が付いてくる。

 そして、西地区の惨状を目の当たりにして皆が言葉を失う。

 俺たち学生は、昨夜と同じ噴水公園に馬車を留めると、馬車から降りて直ぐに、テキパキと班分けしていく。
 移動する荷馬車の中で、執行部のメンバー8人が話し合い、仕事の分担や各班のリーダーを決めていたのだ。

 そして、今回の救済活動のサブリーダー的立ち位置である、サナへ侯爵子息のトゥーリス先輩に指示を出してもらう。
 
「今日と明日は、モンブラン商会が西地区の被災者に、労働の対価として一食だけ無料で炊き出しを行います。
 トーマス王子とサナへ侯爵は、どうぞココア村で生き残っている人たちを助けてあげてください」

 学生たちの様子を立派な馬車の中から見ていたトーマス王子に向かって、俺は見放すように告げ、邪魔者を追い払うがごとく、もっと悲惨であろうココア村に行けとお願い命令した。
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