92 / 709
高学院 1年生
60ー1 危険分子と不満分子ー1
しおりを挟む
◇◇ レイム公爵(財務大臣)◇◇
王の執務室に疲れた顔をしてやって来たトーマス王子は、王様に向かって簡単な礼をとり、不機嫌そうにドカリと椅子に座った。
「それでトーマス王子、レブラクトの町の救済は終わったのか?」
「まさか、あれだけの被害ですよレイム公爵。
応急的な建物の修復と瓦礫の撤去は三分の一程度、ケガ人や病人の手当は、救済が遅れたことで全く手が回らず、医師も薬師も残っています。
薬草が全く足りません、最低限の治療をするための薬草を購入する資金をお願いします」
ドラゴンに襲撃された町へ救済活動に出かけたトーマス王子は、高学院に帰って直ぐ報告のため王宮に来たようで、薬草を買うお金を要求した。
「しかしなあ、救済の為の資金は、そもそも軍や警備隊が握っている。年間予算の中に組み込んであるんだ。その予算以外から捻出するとなれば簡単ではない」
「ハーッ、王様も財務大臣も、レブラクトの町にいらっしゃるべきです。
ドラゴンに食い荒らされた人々の血の痕、瓦礫となり住めなくなった数多くの建物、ケガの治療もしてもらえず見捨てられた住民の姿を見ても、お二人が同じこと仰ったら、私はこの国の王子を辞めます。
国防大臣の命令で、町を出ることを禁止され、買い出しにも行けず底をついた食糧。
治療を受ける為に王都へ行くとことも出来ず、身寄りを頼ることを禁止されたせいで、夫を亡くした幼い子を持つ母親は、炊き出しのスープ一杯に、涙を流して学生とモンブラン商会に感謝していました。
被災者は知っています。ありがたいスープを用意してくれたのは国ではないと」
トーマス王子は呆れたように溜め息を吐き、私や王様を睨むように見ながら話す。
憤りを隠そうともしない表情は、これまで穏和だったトーマス王子のものとは明らかに違っている。
次期国王として見れば、民のことを真剣に思う王として頼もしい。しかし、国や王様を批判しているかのような物言いは危険だ。
「国防大臣の命令? 何だそれは?」
「何だそれは、ではありません王様! 被害状況調査が終わるまで住民の移動を禁止したんです。そして放置です。
あの無能は、被災者に死ねと言ったも同然です」
これまで国政や住民の生活に興味を持っているようにも見えなかったトーマス王子は、高学院の講師を始めてから別人のように変わっていった。
見違えるようにやる気を出し、成すべき道を見付けた様子は、王様と私を安心させ、良いことだと喜び応援しようと話していた。
しかし先日、高学院の大改革案と魔術師制度改革案を、学院長であり弟であるモーマットと一緒に持ってきた時は、いったい何が起こったのかと首を捻ってしまった。
同時に、ドラゴンに襲撃された町の救済をする必要性を力説し、どうして急にそんなことを言い出したのか疑問に思った。だが、王族として正しい姿であると私も同意して許可を出していた。
言い訳をするつもりはないが、魔獣の大氾濫までまだ2年あると思っていたので、まさか王都の直ぐ近くの町がドラゴンに襲撃されるとは予想していなかった。
軍も警備隊も混乱し、撃退することも出来ず、多くの死傷者を出し逃げ帰った。未だに軍は再起できていない現状だ。
王宮内も同じように混乱し、各部署がバラバラに動いたことで、全てが後手に回ることになった。
確かに反省点は多い。
今後の対策を優先事項だと考え、軍や警備隊を動かす権限を、軍務系大臣から宰相(サナヘ侯爵)か国務大臣(ワイコリーム公爵)に変更するべきだという声も多く上がったので、早急に決まりを作らねばならないと動き出したところだ。
王宮内の混乱を収束させなければ、組織として大勢を動かすことなどできない。
正直なところ、被災地をどうするのかという話どころではなかった。
要となる国防大臣も役に立たなかった。いや、トーマス王子の話では、住民を見殺しにする命令を出したらしいから、害になったと考えるべきだ。
「魔獣の大氾濫に備え、そして戦いに勝つためには、ヘイズ侯爵派を早急に排除すべきです。
王宮内で派閥争いをしている間に、民が死んでいくことになります。
国民は、ヘイズ侯爵派が無能だからなんて思ってくれません。
ただ、自分たちは国に見捨てられた。国は何もしてくれなかった。王族や領主は頼りにならないと不満に思うだけです」
「口が過ぎるぞトーマス! 少しくらい救済活動をしたくらいで、これまで政治に係わってこなかったお前が、簡単に考えて何とかなることではない!」
王様は大声でトーマス王子を叱咤した。
「そうです。私は今、それを痛烈に感じ反省しています。
自分が次期国王候補から外れることで、政務が滞ることなく進めばいいとか、王子として何かに役立っていればいいと考えていました。
その考えの全てが間違っていると、初代王である覇王様が残された【建国記】を読んで思い知らされました」
「【建国記】? そんな書物があったのかトーマス王子?」
覇王様が残された書物であれば、知っていて当然のはずなのに、私にはそんな記憶など全くなかった。
「私も知らんな。その【建国記】という書物の存在を何処で知ったトーマス?」
「【建国記】のことを教えてくれたのは学生です王様。
彼は王立図書館にあったその本を読んでおり、王族の在り方について、私や学院長やリーマスやルフナに疑問を呈したのです。
平民である学生が【建国記】を読んで学んでいるのに、その存在さえ知らなかった。
そしてその本は、王立高学院の閲覧禁止書庫の中にもありました。城の図書室にも必ず在るはずです」
「平民の学生が、王族の在り方に疑問を呈しただと?」
「叔父上、何故そこなのです? 平民が意見したことを気にするんじゃなくて、王族の在り方を教えている【建国記】を読んでいなかったことに反応すべきです」
私が怒りを込めて問い質したことに、トーマス王子は驚いたように、いや、軽蔑するような口調で叔父である私を責めた。
王の執務室に疲れた顔をしてやって来たトーマス王子は、王様に向かって簡単な礼をとり、不機嫌そうにドカリと椅子に座った。
「それでトーマス王子、レブラクトの町の救済は終わったのか?」
「まさか、あれだけの被害ですよレイム公爵。
応急的な建物の修復と瓦礫の撤去は三分の一程度、ケガ人や病人の手当は、救済が遅れたことで全く手が回らず、医師も薬師も残っています。
薬草が全く足りません、最低限の治療をするための薬草を購入する資金をお願いします」
ドラゴンに襲撃された町へ救済活動に出かけたトーマス王子は、高学院に帰って直ぐ報告のため王宮に来たようで、薬草を買うお金を要求した。
「しかしなあ、救済の為の資金は、そもそも軍や警備隊が握っている。年間予算の中に組み込んであるんだ。その予算以外から捻出するとなれば簡単ではない」
「ハーッ、王様も財務大臣も、レブラクトの町にいらっしゃるべきです。
ドラゴンに食い荒らされた人々の血の痕、瓦礫となり住めなくなった数多くの建物、ケガの治療もしてもらえず見捨てられた住民の姿を見ても、お二人が同じこと仰ったら、私はこの国の王子を辞めます。
国防大臣の命令で、町を出ることを禁止され、買い出しにも行けず底をついた食糧。
治療を受ける為に王都へ行くとことも出来ず、身寄りを頼ることを禁止されたせいで、夫を亡くした幼い子を持つ母親は、炊き出しのスープ一杯に、涙を流して学生とモンブラン商会に感謝していました。
被災者は知っています。ありがたいスープを用意してくれたのは国ではないと」
トーマス王子は呆れたように溜め息を吐き、私や王様を睨むように見ながら話す。
憤りを隠そうともしない表情は、これまで穏和だったトーマス王子のものとは明らかに違っている。
次期国王として見れば、民のことを真剣に思う王として頼もしい。しかし、国や王様を批判しているかのような物言いは危険だ。
「国防大臣の命令? 何だそれは?」
「何だそれは、ではありません王様! 被害状況調査が終わるまで住民の移動を禁止したんです。そして放置です。
あの無能は、被災者に死ねと言ったも同然です」
これまで国政や住民の生活に興味を持っているようにも見えなかったトーマス王子は、高学院の講師を始めてから別人のように変わっていった。
見違えるようにやる気を出し、成すべき道を見付けた様子は、王様と私を安心させ、良いことだと喜び応援しようと話していた。
しかし先日、高学院の大改革案と魔術師制度改革案を、学院長であり弟であるモーマットと一緒に持ってきた時は、いったい何が起こったのかと首を捻ってしまった。
同時に、ドラゴンに襲撃された町の救済をする必要性を力説し、どうして急にそんなことを言い出したのか疑問に思った。だが、王族として正しい姿であると私も同意して許可を出していた。
言い訳をするつもりはないが、魔獣の大氾濫までまだ2年あると思っていたので、まさか王都の直ぐ近くの町がドラゴンに襲撃されるとは予想していなかった。
軍も警備隊も混乱し、撃退することも出来ず、多くの死傷者を出し逃げ帰った。未だに軍は再起できていない現状だ。
王宮内も同じように混乱し、各部署がバラバラに動いたことで、全てが後手に回ることになった。
確かに反省点は多い。
今後の対策を優先事項だと考え、軍や警備隊を動かす権限を、軍務系大臣から宰相(サナヘ侯爵)か国務大臣(ワイコリーム公爵)に変更するべきだという声も多く上がったので、早急に決まりを作らねばならないと動き出したところだ。
王宮内の混乱を収束させなければ、組織として大勢を動かすことなどできない。
正直なところ、被災地をどうするのかという話どころではなかった。
要となる国防大臣も役に立たなかった。いや、トーマス王子の話では、住民を見殺しにする命令を出したらしいから、害になったと考えるべきだ。
「魔獣の大氾濫に備え、そして戦いに勝つためには、ヘイズ侯爵派を早急に排除すべきです。
王宮内で派閥争いをしている間に、民が死んでいくことになります。
国民は、ヘイズ侯爵派が無能だからなんて思ってくれません。
ただ、自分たちは国に見捨てられた。国は何もしてくれなかった。王族や領主は頼りにならないと不満に思うだけです」
「口が過ぎるぞトーマス! 少しくらい救済活動をしたくらいで、これまで政治に係わってこなかったお前が、簡単に考えて何とかなることではない!」
王様は大声でトーマス王子を叱咤した。
「そうです。私は今、それを痛烈に感じ反省しています。
自分が次期国王候補から外れることで、政務が滞ることなく進めばいいとか、王子として何かに役立っていればいいと考えていました。
その考えの全てが間違っていると、初代王である覇王様が残された【建国記】を読んで思い知らされました」
「【建国記】? そんな書物があったのかトーマス王子?」
覇王様が残された書物であれば、知っていて当然のはずなのに、私にはそんな記憶など全くなかった。
「私も知らんな。その【建国記】という書物の存在を何処で知ったトーマス?」
「【建国記】のことを教えてくれたのは学生です王様。
彼は王立図書館にあったその本を読んでおり、王族の在り方について、私や学院長やリーマスやルフナに疑問を呈したのです。
平民である学生が【建国記】を読んで学んでいるのに、その存在さえ知らなかった。
そしてその本は、王立高学院の閲覧禁止書庫の中にもありました。城の図書室にも必ず在るはずです」
「平民の学生が、王族の在り方に疑問を呈しただと?」
「叔父上、何故そこなのです? 平民が意見したことを気にするんじゃなくて、王族の在り方を教えている【建国記】を読んでいなかったことに反応すべきです」
私が怒りを込めて問い質したことに、トーマス王子は驚いたように、いや、軽蔑するような口調で叔父である私を責めた。
1
お気に入りに追加
312
あなたにおすすめの小説
優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~
日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。
もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。
そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。
誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか?
そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。
アラフォー料理人が始める異世界スローライフ
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
ある日突然、異世界転移してしまった料理人のタツマ。
わけもわからないまま、異世界で生活を送り……次第に自分のやりたいこと、したかったことを思い出す。
それは料理を通して皆を笑顔にすること、自分がしてもらったように貧しい子達にお腹いっぱいになって貰うことだった。
男は異世界にて、フェンリルや仲間たちと共に穏やかなに過ごしていく。
いずれ、最強の料理人と呼ばれるその日まで。
「僕は病弱なので面倒な政務は全部やってね」と言う婚約者にビンタくらわした私が聖女です
リオール
恋愛
これは聖女が阿呆な婚約者(王太子)との婚約を解消して、惚れた大魔法使い(見た目若いイケメン…年齢は桁が違う)と結ばれるために奮闘する話。
でも周囲は認めてくれないし、婚約者はどこまでも阿呆だし、好きな人は塩対応だし、婚約者はやっぱり阿呆だし(二度言う)
はたして聖女は自身の望みを叶えられるのだろうか?
それとも聖女として辛い道を選ぶのか?
※筆者注※
基本、コメディな雰囲気なので、苦手な方はご注意ください。
(たまにシリアスが入ります)
勢いで書き始めて、駆け足で終わってます(汗
虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~
日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。
十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。
さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。
異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。
【完結】愛されなかった私が幸せになるまで 〜旦那様には大切な幼馴染がいる〜
高瀬船
恋愛
2年前に婚約し、婚姻式を終えた夜。
フィファナはドキドキと逸る鼓動を落ち着かせるため、夫婦の寝室で夫を待っていた。
湯上りで温まった体が夜の冷たい空気に冷えて来た頃やってきた夫、ヨードはベッドにぽつりと所在なさげに座り、待っていたフィファナを嫌悪感の籠った瞳で一瞥し呆れたように「まだ起きていたのか」と吐き捨てた。
夫婦になるつもりはないと冷たく告げて寝室を去っていくヨードの後ろ姿を見ながら、フィファナは悲しげに唇を噛み締めたのだった。
異世界転生令嬢、出奔する
猫野美羽
ファンタジー
※書籍化しました(2巻発売中です)
アリア・エランダル辺境伯令嬢(十才)は家族に疎まれ、使用人以下の暮らしに追いやられていた。
高熱を出して粗末な部屋で寝込んでいた時、唐突に思い出す。
自分が異世界に転生した、元日本人OLであったことを。
魂の管理人から授かったスキルを使い、思い入れも全くない、むしろ憎しみしか覚えない実家を出奔することを固く心に誓った。
この最強の『無限収納EX』スキルを使って、元々は私のものだった財産を根こそぎ奪ってやる!
外見だけは可憐な少女は逞しく異世界をサバイバルする。
別れた婚約者が「俺のこと、まだ好きなんだろう?」と復縁せまってきて気持ち悪いんですが
リオール
恋愛
婚約破棄して別れたはずなのに、なぜか元婚約者に復縁迫られてるんですけど!?
※ご都合主義展開
※全7話
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる