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秘書見習い

26 宰相の苦悩(1)

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 ◇◇ サナへ侯爵 ◇◇

 コルランドル王国の宰相である私は、忙し過ぎて自領であるサナへ侯爵領に帰れない日々が続いている。

 病床の王様に代わり、問題解決のため奔走しているが、王妃ミモザ様の兄であり魔法省副大臣であるヘイズ侯爵派の横槍で、多くの問題が滞ったままだ。
 ヘイズ侯爵派による政務妨害は、5年前にアルファス国王(当時38歳)が倒れられた時から始まった。

 あれは私が宰相に任命されてから2年目のことで、王立高学院に在籍していた第一王子が、魔法学部を卒業するために必要な魔力量が足らない……いや、B級魔術師の資格試験に落ちたと、王様が知らせを受けられた直後だったと記憶している。

 王様は、真面目に勉学や鍛錬をしない第一王子マロウ様に激怒され、直ぐに母親である王妃ミモザ様……様なんて必要ない者を呼び出された。

 王位を継ぐ者は、最低でもA級魔法師の資格を持っていなければならないのに、何をしていたのかと激怒され、A級魔法師の資格が取れるまで学院に残るか、王位継承を辞退するかのどちらかを選べと突き付けられた。

 いろいろと言い訳をする王妃に、王様の怒りは増すばかりで、その場を収めようとしたのか、王妃付きの侍女がお二人にお茶を勧めた。

 そのお茶を飲まれた直後、王様は意識を失い倒れてしまわれた。

 宰相である私や、法務大臣になったばかりのマギ公爵は、飲まれたお茶に疑問を抱き調査させようとしたが、その侍女は王様が倒れられた直後に行方不明となり、半日後に自殺していた侍女を王妃が発見し、丁寧なことに自分は無実だと書かれた遺書まで出てきた。

 王様と王妃の主治医は、倒れられた原因は毒ではないと診断し、怒りのために脳に異常が起こったのだと断定した。
 しかし、主治医は王妃の兄であるヘイズ侯爵が連れて来た者で、私とマギ公爵は納得がいかないと反論したが、証拠となるお茶はいつの間にか処分され、侍女も亡くなり打つ手がなくなった。

 2週間後に意識が戻られた王様は、言葉が上手く話せなくなっていた。
 3カ月後には、話も普通に出来るように回復されていたが、私やマギ公爵が自領に戻っていた3週間の間に再び容態は悪化していた。

 私が医療部に潜入させていた薬師によると、主治医の処方が突然変わった頃から、王様の容態が悪くなり始めたらしい。
 私は直ぐにその薬の処方を調べるよう指示を出したが、薬師は何者かに殺されてしまった。

 表向きには不慮の事故扱いになっていたが、街で何者かに刺されて死んでいるのを発見した軍の兵士が、財布が無くなっていたので物取りの犯行だろうということで勝手に処理したのだ。

 王弟シーブル様は軍務副大臣という肩書を使い、薬師の事件をきちんとした捜査もさせず片付けさせた。

 王弟シーブル様、軍務大臣であるデミル公爵、国防大臣であるワートン公爵はヘイズ侯爵派で、王様の容態が悪化しているというのに、主治医に対し何の疑問も抱かないどころか、王様を見舞うことさえなかった。

 容態が良くならないことを理由に、王様の弟であり財務大臣でもあるレイム公爵(レイム公爵家の婿)が主治医を罷免した。そして新しい主治医として、高学院で医術を教えていた教授を任命した。

 そこからは、王様の容態は安定しているが、寝たり起きたりの生活になってしまっている。
 さすがの王様も命の危険を察知され、今では王妃との面会を完全拒否されているし、我々がガッチリとお守りしている。

 王様が倒れられてから、いつの間にか王立高学院魔術部の卒業資格が変更されており、第一王子マロウ様はC級魔術師資格で卒業してしまった。
 当然その裏で暗躍したのは、魔法省副大臣であるヘイズ侯爵であることは明らかだった。

 魔法省の大臣はマリード侯爵だが、高齢で病気療養中のため、ヘイズ侯爵のやりたい放題になっている。


「内政の混乱も頭が痛いが、魔獣の大氾濫の方が重要案件だろうサナへ侯爵」

「ああ、分かっているマギ公爵。だが、軍と魔法省はヘイズ侯爵派が全て掌握している。私の意見など聞く耳を持たない」

 王宮三階にある宰相の執務室で、溜息を吐きながら話をしているのは、私と同じレイム公爵派であるマギ公爵だった。
 宰相である私は42歳、財務大臣であるレイム公爵は41歳、法務大臣であるマギ公爵は40歳で、三人とも王立高学院で共に学んだ学友である。

 レイム公爵は、王族の中で最も魔力量が多く、国家認定魔法師S級の資格を持っている。
 本来ならナスタチウム(レイム公爵)様が国王になるはずだったが、同じ母親(前王妃)を持つ兄弟で王位を争うことを望まなかったナスタチウム様は、後継ぎとなる男子に恵まれなかったレイム公爵家に婿に入ることで、兄である現国王アルファス様を支える決心をされたのだ。

「今の王族の中で、S級魔法師の資格を持っているのは王様とレイム公爵だけだ。成人している王子は四人いるが、第三王子トーマス様でもA級魔法師止まりだ。ハ~ッ」

 どうして王族の魔力量は激減しているのだろうと、マギ公爵は頭を抱えながら溜息を吐く。

「成人された王女二人は、魔法部ではなく貴族部を卒業されているので論外だが、残っている第五王子も第六王子もまだ成人されていない。第五王子の母親は側室ではないので、成人前だというのに早々に本人が王位を継ぐ気はないと申し出られた」

 どう考えても、魔獣の大氾濫に立ち向かえるだけの魔力量を持っている王子はいない。

 第三王子トーマス様(19歳)は文武両道で人望もあるが、母親である側室ミルフィーユ様がマギ公爵の妹であることから、ヘイズ侯爵派が魔法省や軍関係の仕事をさせないよう画策している。
 何が何でも王妃の子である第一王子を、国王にしたいようだ。どれだけ無能で魔力量が他の貴族よりも劣っていたとしてもだ。

「覇王様の遺言には、魔獣の大氾濫が起こる時、覇王の資格を有する者が必ず生まれると書かれているが、王様の子供として【上級魔法と覇王の遺言】の魔法書を渡され、血の登録をされているお子様で、城に戻られていないのは、王子、王女各一人ずつだ」

「ああ、でも九番目のお子様である王女様は、母親の実家である子爵家が、このまま子爵家の者として育てたいと言っているそうだぞマギ公爵」

「そりゃぁ、城に来て王女として教育を受ければ、他国に嫁にやられたり、もしも優秀だったら……陰険な王妃に殺されかねない。甥であるトーマス王子だって、何度殺されかけたことか……そもそも、覇王の遺言があるにも拘わらず、国王と覇王となる者を別に考えれば良いと決めた三百年前の国王が間違っている」

 マギ公爵は言ってもどうにもならないことだがと、諦めの息を吐いた。

 レイム公爵派は全員、ずっと真摯に国王を補佐してきた。国王も優秀な弟を頼りにし、協力して国を動かしてきたのだが、それは全て国のため民のためだった。しかし、王妃やヘイズ侯爵派は自分たちの利益しか考えていない。

 私としては、誰が政権を握ろうと、魔獣の大氾濫を食い止められるのなら構わないが、今の腐った魔法省や軍では、国民を守ることなどできはしないと、先日の魔獣の変異種討伐の大失敗で明らかになった。

 ……は~っ、頭が痛い。本当に覇王となる者が現れるのだろうか?



 マギ公爵と二人でこの国の将来を憂いていると、同じレイム公爵派のワイコリーム公爵が暗い顔をしてやって来た。
 ワイコリーム公爵は35歳で、昨年父親から爵位を譲られ、若いが国務大臣としての大役を果たしている。

 このコルランドル王国には、公爵家が5家、侯爵家は4家あり、王都ダージリン以外に9つの領が存在する。その9つの領の中でも、最も名門と言われているのがレイム公爵家で、その次がワイコリーム公爵家だ。この2つの公爵家だけが千年続いている。

「遅かったな、何か新しいことが分かったのかワイコリーム公爵?」

「はいマギ公爵、大変なことが分かりました。【上級魔法と覇王の遺言】の魔法書を授けた10人目のお子様の行方が分からなくなっています。もしかしたら、悪辣非道なヘイズ侯爵派が手を回して、お命を奪った可能性があります」

「な、なんだって! 王子のお命を? しかし、魔法書は書庫に戻っていないのだろう?」

 私は思わず立ち上がり、大きな声で叫んでしまった。

「はい、書庫に戻っていませんが、ヘイズ侯爵派が命を狙っているのは確かです。最後にその姿が確認された孤児院は火災で焼失し、孤児たちは全員焼死したそうです。魔法書も燃えたのかもしれません」

 ワイコリーム公爵家は、代々国務大臣を務めており、その最も重要な任務として、国王が王宮の外で作った子供を、10歳になったら無事に王宮にお連れするというものがある。

 特に近年、王族は魔力量が減ってきた。そのため、国王は覇王の遺言に従い市井に出掛けて、子供を作ってきた。だが、全員が無事に成人まで生きられた訳ではない。王位継承を巡り血生臭い争いや暗殺が相次いだ。

 その結果として、魔力量の多い王子や王女は、成人までに消されてきた可能性が強く、魔力の多い優秀な遺伝子が減ってきているのだろうと、ワイコリーム公爵は分析結果を語った。

 ワイコリーム公爵は、行方不明になっている第七王子のことを、昨年からずっと探しているが、全く手掛かりがないと焦っていた。
 もしも第七王子が火災で亡くなり、魔法書も焼失したのであれば、それはある意味仕方ない事情からだったので、誰も彼を責めることはできない。

 ワイコリーム公爵家は、千年に渡り【上級魔法と覇王の遺言】に振り回されてきたのだ。

 私は改めて【覇王の遺言】と書かれた石板の写しを机の中から取り出し、テーブルの上に広げた。
【覇王の遺言】とは、千年前に魔獣の大氾濫が起こった時、絶対的な魔力量と魔法で魔獣を鎮圧した、ラルトラという一人の英雄が書き残した遺言である。

 後に英雄ラルトラは王となり、コルランドル王国を興した、現王族の始祖である。



 **** 覇王の遺言 ****

① 王族として生まれし者には、必ず【上級魔法と覇王の遺言】の魔法書に、血の登録をさせなければならない。登録後は、登録者以外が開くことはできなくなる。

② 10歳になった時、登録者の魔力量が40以上ないと、魔法書は王宮の保管庫に自動的に戻る。この本は、魔力量が50以上ないと開くことができない。

③ 17歳の時、魔力量が70以上ないと、本は自動的に保管庫に戻り、二度と開くことはできない。

④ 20歳で魔力量が100を超えていないと、本は自動的に保管庫に戻り、覇王としての資格を失う。  

⑤ 第一・第二王子の魔力量が、8歳までに50を超えていない場合、王は王妃や側室以外の者との間に子を生すことを義務とする。

⑥ 魔獣の大氾濫が起こる時、必ず覇王となる者が生まれる。【上級魔法と覇王の遺言】の魔法書に書かれている遺言に従い国を救え。 

 ********

「これまでの歴代王の中で、【上級魔法と覇王の遺言】の魔法書を、最後まで読み進めることができたのは、500年前に起こった小規模?いや中規模の魔獣の氾濫を鎮めた王だけだと聞いています。
 我が家に残っている歴史書には、唯一の王として肖像画まであります。

 昔の王族は、魔力量が150を超えているのが当たり前だったのに、王立高学院を作った辺りから、王族の魔力量は少しずつ減少してきました。
 門外不出とされ我が家に残されている先祖が作った魔法書を読み解いたところ、覇王となる者の魔力量は200以上必要だそうです」

「200? 妖精の力を入れてかワイコリーム公爵?」

「いいえ、残念ながら違いますサナへ侯爵」

 決して冗談なんかではないという顔をして、ワイコリーム公爵は肩を落とした。

 ……絶望的だ。今この国に、いやこの大陸に200以上の魔力量のある人間など居ない。
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