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秘書見習い

24 旅立ちの日(1)

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 俺の頭上を嬉しそうに飛んでいたエクレアは、不思議そうな顔をしてテーブルの上に降り、コテンと首を傾げて暫く考えてから口を開いた。

「戦闘系の妖精なんて居ないわアコル。だって妖精は戦うのが嫌いなの。でも、大好きな主を守るために、自分の力を貸すことはあるわ」

「力を貸す?」

「ええ、例えばアコルが悪い人に襲われて困った時、アコルが望めばやっつける手伝いをしたり、魔力を貸したりできるわ」

 エクレアは、匂い袋の香りを満足そうに鼻で吸い込んで、シュッと何処かに消した。そして妖精の力についていろいろ教えてくれた。

 エクレアによると妖精にも適性能力があり、自分の持っている能力と主の能力が同じなら、力を増幅させることができるそうだ。
 それが攻撃魔法だった場合は攻撃力が上がるから、もしかして人間は、攻撃魔法が使える妖精だと勘違いするのかもしれないとエクレアは言う。

 例えばお互い風魔法が使えたとして、魔力量が40の主に力を貸せば、80に近い魔力量で攻撃が可能になるらしい。
 
 ただし、妖精も無限の魔力を持っている訳ではない。
 妖精の魔力を使う場合の多くは、主が魔力切れになった時に魔力を貸すことが多く、強い魔力が必要で互いに力を合わせて攻撃魔法を放った時は、同時に魔力切れを起こす可能性もあるのだとか。

 それ以外だと、自分の持っている力で風を起こしたりして、主の危機を救ったり、指示を受けて攻撃することもあるそうだ。でも、妖精が単独で魔獣を倒したり、強い攻撃魔法を放つことはないらしい。

 妖精が攻撃するのは、主を助けるためであり、妖精の能力を悪用して盗みを働かせたりすれば、妖精は怒って【青い花】を主に渡し、契約解除するとのこと。
 もちろん、人間と同じように妖精も魔力の多い妖精もいれば少ない妖精もいるそうだ。

「でもね、妖精は主から魔力を分けて貰うこともできるし、契約してから主の魔力が上がれば、自動的に妖精の魔力も上がるのよ。あたしの前のご主人様は王族だったけど、17歳の時に伯爵位に落とされて城から追放されたの」

 そこからエクレアは、自分の前の主の話を聞かせてくれた。


 前の主人ブルマン様は第七王子として生まれたけど、王が旅に出た時に村長の娘に産ませた子供で、10歳の時に王宮に引き取られたものの、側室でもなく貴族でもない村娘が産んだ子として、他の王子や側室たちに酷い虐めを受けていたそうだ。

 王宮の片隅に在る花壇に来ては、こっそり泣いていたブルマン王子は、【光】の魔力適性があり、草花を育てるのに適した【緑】の魔力適性も持っていて、そこでエクレアを見付けて友達になったらしい。

 優しいブルマン王子は、花壇の花をとても大事にしていたけど、12歳になったある日、意地悪な第三王子が花壇を滅茶苦茶にした。
 ひとりぼっちで泣き崩れる王子の力になりたいと、エクレアは王子に赤い花を贈って契約したそうだ。その時のエクレアの魔力量は50だったらしい。

 ブルマン王子の魔力量が12歳で60になり、それを知った王様は喜び皆の前で褒めた。そこから王子は命の危険に晒され始めた。
 ある時は毒を盛られたけどエクレアが気付き、ある時は突然テラスの柵が壊れて三階から転落した。なんとかエクレアが風魔法で衝撃を和らげたけど、王子は大けがをしてしまった。

 頭の良かった王子は、そこから魔力量を上げる訓練を止め、懸命に勉強をして14歳になる年に、1年早く王立高学院に入学し寮で生活を始めた。
 全ては命を守るためで、自分は王位継承など望んでいないし、なれる魔力もないのだと示すため、王子が選ぶことなど有り得ない商学部に入学したそうだ。

 決して目立たないよう、他の王子より秀でることがないよう注意し卒業したら、王族の恥さらしだと言われ、領地も与えられず名ばかりの伯爵となり城から追い出された。
 でも、王立高学院で知り合っていた友人の紹介で、モンブラン商会で働くことができた。

 ようやく自由になれた王子は、商会では率先して地方へ行ったり、冒険者としてお金を稼ぎながら、こっそり魔力量を120まで上げた。

 伯爵にはなったけど王宮からの援助はなく、城から連れて出たメイドさんを養いながら、モンブラン商会の寮の二階に5年間住んでいた。その時のメイドさんが暮らしていたのがこの部屋なんだとか。

「でも、寮を出て地方で暮らすと決まって楽しみにしていたら、出発する10日前、ある王子に呼び出されて出掛けたまま、主は二度と戻ってこなかったの。メイドさんもいつの間にか居なくなって……あたしはずっと……ずっと一人ぼっちになっちゃった。だって、あたしはこの部屋の……壁の花の絵に宿っていたから」 

 クスンクスンと泣き出したエクレアの頭を優しく撫でていると、エクレアが前の主を大事に思う気持ちや寂しさなど、溢れる思いが俺の中に流れ込んできた。
 今の契約者だからだろうか、エクレアの頭を撫でていると、ブルマン王子の優しく微笑む顔が、頭の中に映像として送り込まれてきた。

「俺と同じ灰色の瞳だったんだ。それに、本当はとても強い魔力を持っていたんだね。だって、エクレアの魔力は俺より多いだろう?」

「うん、あのね……アコルの魔力は……ブルマン王子と同じ波動なの。ブルマン王子も、全ての魔力適性を持っていたから。だから、殺されちゃった……」

「大丈夫。俺は殺されたりしないよ。俺はモンブラン商会で働く平民で、冒険者のアコルだから。ずっとずっとエクレアと一緒だよ。あのね、俺は4日後に旅に出ることになったんだ。一緒に来てくれる?」

 エメラルド色の瞳から、ポロポロと零れ落ちる涙を優しく中指で拭って、俺はエクレアに旅立つことを伝え、付いてきて欲しいと笑顔でお願いした。

「でもアコルは王族の・・・ううん、分かった。あたしはアコルとずっと一緒に居る。この香木の壁掛けを持って行けばいいわ。あたしはこの香木に宿るから。カバンに入れていても、用がある時は渡した赤い石を握ってエクレアって呼んでくれたら出てくるわ」

 エクレアは嬉しそうに返事して、ふわりと羽を羽ばたかせて俺の頬にキスをした。
 もう絶対に一人ぼっちにはしないと心に刻み、無念のうちに亡くなったブルマン王子の分まで、エクレアを大事にしますと神様に誓った。




 翌日は予定通り朝一でポルポル商団に行き、買い物リストに書いた物を買っていく。

 途中でマジックバッグ持ちだと店の人にバレたので、自分はAランク冒険者パーティーに所属する新人で、旅に出るので先輩に頼まれた買い物をしているのだと誤魔化した。
 危ない危ない、ギルドマスターが、子供がマジックバッグなんか持っていたら狙われるって言ってたなと思い出し、買った物は人目につかない路地で収納した。
 
 これまで生ものは、パンや干し肉や茶葉、薬草くらいしかマジックバッグに入れたことがない・・・つい忘れて3日後に取り出した時は変わりなかったけど、どのくらい保てるのかなぁ・・・普通に考えたら野菜は3~7日が限界だよな。

 よく考えたら、収納量だけではなく、保存期間や匂いとか汚れるのかなど全然調べてなかった。
 もしかしたら、狩った獣や魔獣を入れたら、バッグの中が血だらけになったりするんだろうか?

 不安になった俺は、冒険者ギルドに行ってダルトンさんに訊くことにした。

「アコル、そりゃあ魔法陣次第だ。魔法陣の中にどんな機能が組み込まれているかで決まる。
 普通の冒険者が持っているマジックバッグは、外と同じように時間が経過するから、魔獣を倒したら三日以内にギルドまで持ち帰る。

 時間に余裕がなければ肉は食べるだけにして、売れる牙や毛皮や皮、魔石が取れる魔獣なら魔石だけ持ち帰ることもある。
 まあ、俺がギルドから支給されたマジックバッグは、国宝級のものだから……ここだけの話、五日は保存が可能だ。中が汚れることもないし、匂いもない。
 最低ランクのマジックバッグは、洗濯が必要らしい。そもそも生ものを入れる仕様になってない」

 ダルトンさんが留守だったので、特別にギルドマスターが執務室で教えてくれた。

 ……魔法陣かぁ……図書館の閲覧できる場所に本や資料は無かったなぁ。

 俺がマジックバッグを作る時は、【上級魔法と覇王の遺言】の本の通りに魔法陣を書き、魔力を込めているだけだから、魔法陣について学んでいない俺では機能が分からない。

「だいたいお前は、魔法陣の意味さえ分からないのにマジックバッグを作ったのか? いったい何を参考にしたんだ? どのくらいの魔力を込めた?」

「我が家に伝わる秘伝の書を参考にしました。でも、自分がどのくらいの魔力を使ったのかなんて分かりません」

「魔術師として基礎の勉強もしていないお前は、そもそも魔法陣を使うべきではない。高い魔力量を持っているからできた力技なんて、普通じゃ有り得ないことなんだぞ」

 困った奴だと言いながら、ギルマスは溜息を吐く。そして、魔法陣を魔術師に見せられないのなら、自分で試していくしかないと結論付けた。

 そして、将来のことを考えたら、絶対に王立高学院に入学するべきだとギルマスは力説する。

 入学方法として、冒険者ギルドの推薦で入学することも可能だと言ってくれた。ただし、その場合は特務部に入学することになり、卒業後は国に関係する部署で働かねばならないそうだ。

 モンブラン商会の推薦で入学したら商学部に入学しなければならないから、魔術について学ぶのは独学になる。高学院なら最低限の魔術は学ぶが、魔法陣について学べるのは魔法学部か特務部しかないそうだ。
 平民が王立高学院に入学する方法は、推薦入学しかないのが現状だ。

「ダルトンから聞いたが、妖精と契約できるなら、魔法省か教会から推薦を貰うこともできるが、俺は絶対に勧めない。時代が時代だからな」

 ギルマスは不機嫌な顔をして、今の魔法省と軍は信用できないし、教会は国から寄付を得るため、喜んでアコルを差し出すだろうと皮肉を込めて笑った。

「俺は魔術師なんて目指してないんで、商学部に入ってこっそり魔法陣について学べるくらいで構いません」

 俺的には、大商人を目指しているのだから、商学部で問題ないと笑って応えておく。

 俺を冒険者にしたいと考えているギルマスとダルトンさんには悪いけど、自分を鍛えるのは、あくまでも魔獣の大氾濫に備えてだ。
 いろいろと言いたそうな顔をしているギルマスだけど、まだ時間はあるからと高学院入学の話を切り上げた。

「3日後、一緒に旅に出るAランク冒険者パーティーは【宵闇の狼】という。リーダーのセイガは昔、アコルの両親と同じ【森の女神】に居たことがある。本来なら先日の変異種討伐に加わる予定だったが、少し前にセイガは左腕を怪我して……結果的に難を逃れることができた」

 はて? 【宵闇の狼】って聞いたことがあるような無いような・・・ああ、冒険者登録した日に、騒いでた人たちだ。

 顔は全く思い出せないけど、なんとなく印象に残ってる。確かケガ人の治療費はギルド持ちかどうかを聴いていた気がする。

「明後日の夕方には王都に戻ってくるから、出発前に顔合わせをしておきたい。明後日の仕事終わりにギルドに来れるか?」

「はいギルマス。大丈夫だと思います。出発は3日後の朝で良かったですよね?」

 俺は旅立ちの日の確認をしながら、両親のことを知っている人と旅に出ると知り、とても嬉しくなって笑顔で答えて質問した。

 俺の知らない両親の若い頃の話が聞けるのだと思うと、憂鬱な旅立ちが違うものへと変化していく。
 俺が一番知りたかった、平民の父さんが、どうやって魔力量を増やしてAランクになったのかという謎が解明されそうだ。テンション爆上がり。

 寮に戻ると、明日行われる【昇格試験】のために、高学院を卒業したエリート商会員の3年目の人が、各支店からたくさん本店にやって来ていた。
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