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秘書見習い
22 アコル選択する(1)
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キッチンで次のお茶の準備をしていたら、不動産部のマンデリン部長が、10分後くらいに次のお茶を頼むよと言って仕事に戻っていかれた。
俺はウエストポーチ型マジックバッグの中から、香りのよいちょっと高級な茶葉と、疲れが取れる薬草と、薬草の苦みを消し甘みを加えることができるペロンの葉を丁寧にブレンドしていく。
大き目のポットに沸かした湯を注ぐと、ふんわりと優しい香りが漂う。
窓から見える夏空は、次第に雲を集め始めていて雨を運んできそうだ。
どうりで蒸し暑い。熱いお茶ってどうなんだろう?って考えた結果、俺はひと工夫することにした。
先程と同じようにワゴンにポットを載せ、替えのカップは高級なティーカップではなく、水を飲むための陶器のコップにした。
会頭の執務室のドアをノックして「アコルです。お茶を持ってまいりました」と告げると、中から「入りなさい」という会頭の声が聞こえた。
テーブルの上に置いてあるカップを、先にワゴンの下段に片付けて、俺は4つのコップにお茶を注いでいく。そしてテーブルの上にお出しした。
出し終えて下がろうとしたら、人事部長のマルクさんから「アコル、君に大事な話がある。そこに座りなさい」と声を掛けられた。
俺は「はい」と応え、今日の事件について訊かれるのだろうと思い、神妙な顔をして下座に座った。
「アコル、君には選択する道が二つある。一つはこのまま私の秘書見習いとして本店で働く道。もう一つは、ランクCの冒険者を目指しながら、【提言書】で出した香木の飾りを作るための素材を採取しに、冒険者として旅に出る道だ」
会頭は俺の瞳を真っ直ぐ見て、ゆっくりはっきりとした声でそう言った。
「冒険者として? それは、モンブラン商会を辞めるということでしょうか?」
「そうではない。モンブラン商会が冒険者ギルドに香木採取の依頼を出し、アコルはモンブラン商会の人間として、依頼を受けた冒険者と行動を共にするだけだ。香木は貴重な素材だから、アコルが良いと思う香木を探して採取してくれればいい」
どうして急にそんな話が出てきたのだろうと疑問に思い、俺は視線をサブギルドマスターのダルトンさんに向ける。その原因はきっとこの人にあるはずだ。
俺と目が合ったダルトンさんは、誤魔化すようにお茶を飲み「冷たいお茶だ!」と嬉しそうに言って、ゴクゴクと飲み始めた。
「そんな顔をして俺を見るなアコル。
わざわざ魔法を使って冷たいお茶が出せる……そういうところが秘書としても商人としても合格なんだろう。会頭が惜しがる気持ちも分かる。
だがなあアコル、お前は何も知らないようだが、妖精と契約できるのは選ばれた特別な人間だけなんだ・・・と、貴族や王族、そして教会の奴らは思ってる。
何故特別なのか……それは妖精の持つ力を借りて、水・植物・鉱物・天候などの分野で、恩恵を得ることができるからなんだ。
だから妖精と契約できる者は、侯爵家以上の上位貴族か教会の監督下に置かれる。
知られれば、アコルは目指している商人にはなれなくなる」
「えっ!商人になれない? でもダルトンさんは仰いましたよね、妖精と契約するためには【光】と【命】の魔力適性が必要だと。そんなもの、探せば持っている人は沢山いると思います。俺、私が調べた本には【光】の魔力適性だけで契約できると書いてありましたし、昔は沢山の人が妖精と契約していたと」
俺は納得することが出来ず反論する。
「ああ、確かに昔は冒険者の中にも妖精と契約していた者が居たようだ。だがなぁ、それは300年以上も前の話だ」
そう言ってダルトンさんは深い溜息を吐き、これから話すことは国家機密に抵触する可能性があるから、絶対に口外してはならないと前置きをして、【現在と過去の違い】と【千年前の過去と現在の相似点】について話し始めた。
冒険者ギルドを監督しているのは軍であり、魔術師ギルドを監督しているのは魔法省で、これまで二つのギルドはあまり仲が良くなかった。
魔術師はプライドが高く殆どが貴族で、冒険者を完全にバカにしていて、仕事の内容も分けられていた。
がしかし、軍とか魔法省とか、魔術師ギルドとか冒険者ギルドとか、そんなことを言っていられない事態がおこってしまったらしい。
「すみません、私は魔術師ギルドのことを何も知りません」
「ああ、そこからか……分かった、ちゃんと説明してやろう」
俺は知らないことを、知らないままにしておくことが嫌で、ついダルトンさんに説明を求めてしまった。
魔術師ギルドに登録している大多数は、魔術師レベルがC級までの人間で、物体の移動や簡単な錬金術、そして構築済みの魔法陣を発動できるレベルの者であり、必ず高学院を卒業していた。
そもそも魔術の勉強は、高学院でしか教えられておらず、魔力量を多く持って生れたとしても、高学院で学ぶ機会がなければ、魔術師にはなれなかった。
仕事内容は、いわゆる公共事業的な仕事に関わることが多く、魔法陣を使って岩を砕いたり、大きな岩を移動したりして道路を作る手伝いをしたり、川の水を堰き止めて灌漑工事の手伝いをしたり等が代表的なものだった。
汗を流して力仕事をするわけでもなく、現場で威張り散らすのが仕事だと平民から言われており、魔力量は【50~70】の間の者が多い。
B級以上の魔術師は、魔力量が【70】を超えており、構築済みの魔法陣や、自分で考案した魔方陣も起動できる。
このクラスになると、王宮や魔法省で働けるし、高学院で更に2年間専門に学び薬師か医師になることも可能だ。
上級貴族家に引き抜かれて、お抱え魔術師として働く者も多い。
A級以上は魔術師ではなく魔法師と呼ばれ、魔力量は最低でも【80】以上必要で、近年のA級合格者は皆【90】を超えていた
A級魔法師は、オリジナルで高度な魔法陣を作ることができる。
仕事場は魔法省の研究機関か、高学院の魔術専門教師になったりする。
A級合格後、国家認定試験を受けて合格したら、国家認定上級魔法師という称号を得ることができる。
それに対して冒険者ギルドは、平民だろうと貴族だろうと登録は自由で、魔力量が少なくても登録できた。
当然のことながら、冒険者の中には平民でありながら魔力量の多い者がいた。
アコルの父サイモンなどがそうだ。Aランク冒険者だったサイモンの魔力量は【83】だった。
冒険者と魔術師で大きく違うのは、冒険者が【ランク】という呼び方で階級を分けているのに対し、魔術師は【級】という呼び方で階級を分けていた。
他にも、冒険者はFランクから始まるのに対し、魔術師はD級から始まる。
魔力量の観点から見ると、冒険者のBランクは魔術師のC級と同じで、冒険者のBaランクが魔術師のB級と同じ。Aランクになって初めて魔術師のA級と並ぶ。
……面倒くさいなぁ。冒険者が魔法陣を使えたらどうなるんだよ!
……あっ! 俺はマジックバッグを作る時に魔法陣を使ってた・・・
……そもそも俺が持っている【上級魔法と覇王の遺言】の本で考えたら、上級魔法は冒険者でもできるじゃん。もしかしたらあの本は、元々とても古いものを写本されたのかもしれない。
ダルトンさんによると、500年前くらいの文献(木簡や羊皮紙など)を読むと、昔は10歳の時、魔力量が多いと思われる子供は教会で魔力量を測定し、魔力量が【40】を超えていたら、身分に関係なく魔術師学校に入学できたそうだ。
ところが近年……と言っても300年くらい前から、王族や貴族たちは自分たちの優位性を守るため、平民の魔力量測定を禁止した。
そして魔術師学校を閉鎖し、貴族や金持ちの商人のための高学院を開校した。
その結果、魔術師の数は大幅に減り、平民は魔術の使い方を学ぶことさえできなくなったのだと。
……ダメじゃん。ダメダメじゃん! 国力が下がるじゃん。
その後、冒険者という職業が誕生し、平民や一部の貴族の魔術師から学んだ魔法や技を、パーティーを組む中で先輩が後輩に教えて伝承してきた。
冒険者ギルドができたことで、冒険者の魔力量を測ったり、魔力量や適性に合った技が公表されたりして、平民で魔力を上手く使える者は冒険者を目指すようになった。
「まあ、平和な時代が続き、戦争も小競り合い程度だったし、魔物の氾濫も小規模だったから、二つのギルドがいがみ合っていてもやってこれた。
冒険者と魔術師が協力するのは、Sランクの魔物の討伐依頼があった時くらいだ。
それだって、軍の小隊とAランク冒険者パーティーを三つ以上、C級以上の魔術師を二人揃えて部隊を組み、やっと討伐できるのが現状だ。
しかし、アコルも知っていると思うが、最近高位魔獣の変異種が現れ始めた。
ここ100年は、年に2件の目撃情報があれば多い方だったが、昨年からひと月に1件の目撃情報が上がり始めた。これは異常なことだ。
だが、今年に入って4月までの目撃情報は月に2件以上となり、とうとう先月の目撃情報は10件を超えた。壊滅した村が二つ、半壊した村は四つだ」
ダルトンさんは、信じられないことが起こり始めていると危機感を露わにする。
「私の住んでいたヨウキ村も変異種にヤられました。昨年の11月のことです。Aランク冒険者だった父は変異種と戦って亡くなった。だから私は働きに出たんです」
昨年のことを思い出し、俺は思わずギュッと両手を握りしめた。
「そうだったな。そして、ここからが国家機密事項だ。
5月に変異種を討伐に向かった三つの部隊は、軍の中隊・Aランク冒険者の居るパーティーが三つ、C級以上の魔術師を三人揃えて50人近い人数がいたのに、魔術師が全く使い物にならなくて全滅しかけた。
全て魔術師ギルドと魔法省の責任だ」
ダルトンさんの目が剣呑な光を孕み、魔法省と魔術師ギルドに対する怒りの感情が漏れてきて、暑いはずなのに冷たい汗が俺の背中を伝う。
「コルランドル王国の魔術師は、年々魔力量が減ってきている。
理由は単純。わざわざB級以上の魔術師にならなくても仕事に就けるからだ。
魔法省のバカは、高学院魔法部の学生の卒業資格を、5年前にB級からC級に落としたらしい。そして魔法省の受験資格の目安となる魔力量も、【75】から【65】に落としてしまった。
だから、過酷な訓練や鍛錬をして、魔力量を上げる努力をする学生がいなくなった」
「それは本当ですかダルトン代表? 私が在学していた頃の魔法部は、B級になれない者は落第でしたよ」
ダルトンさんの話を聞いた警備隊長(42歳)が、信じられないと言いながら首を横に振る。
「私が在学してた時も、確かB級にならないと卒業できなかった。そもそも貴族は魔力量が多いのが普通だ。魔力量が少ない者は、貴族部か商学部に入学する。魔力量だけで言えば、伯爵家以上の家の者は、何もしなくても20歳までに【65】近くになるはずだ」
信じられないと文句を言いながら顔をしかめるのは、貴族家の出身ではないマルクさん(35歳)である。
高位貴族は成人(15歳)を迎える頃には、だいたい魔力量が【40】くらいあるらしい。
高学院の魔法部に入るには、魔力量が【50】を超えていなければならず、厳しい鍛錬で最低30以上は魔力量を上げ、【90】以上を目指すエリート学部なのだとか。
……うちの母さんって凄い! 確か魔法部を卒業して薬師の資格も取ってる。
「今では、全体のレベルが下がり、今年の高学院魔法部の卒業生の魔力量平均は、たった【68】しかなかったらしい。
B級になれた者は僅か三人。
過去3年で見ると、在学中にA級になれた者は……ゼロだった。
笑えないのが、そんなレベルの下がった魔術師たちが、今回の変異種討伐部隊に大きな顔をして参加していたことだ」
フフっと笑うダルトンさんは、お伽噺に出てくる魔王のように黒い。
おまけに魔力が漏れているのか、軽い威圧を放っているのか、室内の空気が滅茶苦茶重い。
俺はウエストポーチ型マジックバッグの中から、香りのよいちょっと高級な茶葉と、疲れが取れる薬草と、薬草の苦みを消し甘みを加えることができるペロンの葉を丁寧にブレンドしていく。
大き目のポットに沸かした湯を注ぐと、ふんわりと優しい香りが漂う。
窓から見える夏空は、次第に雲を集め始めていて雨を運んできそうだ。
どうりで蒸し暑い。熱いお茶ってどうなんだろう?って考えた結果、俺はひと工夫することにした。
先程と同じようにワゴンにポットを載せ、替えのカップは高級なティーカップではなく、水を飲むための陶器のコップにした。
会頭の執務室のドアをノックして「アコルです。お茶を持ってまいりました」と告げると、中から「入りなさい」という会頭の声が聞こえた。
テーブルの上に置いてあるカップを、先にワゴンの下段に片付けて、俺は4つのコップにお茶を注いでいく。そしてテーブルの上にお出しした。
出し終えて下がろうとしたら、人事部長のマルクさんから「アコル、君に大事な話がある。そこに座りなさい」と声を掛けられた。
俺は「はい」と応え、今日の事件について訊かれるのだろうと思い、神妙な顔をして下座に座った。
「アコル、君には選択する道が二つある。一つはこのまま私の秘書見習いとして本店で働く道。もう一つは、ランクCの冒険者を目指しながら、【提言書】で出した香木の飾りを作るための素材を採取しに、冒険者として旅に出る道だ」
会頭は俺の瞳を真っ直ぐ見て、ゆっくりはっきりとした声でそう言った。
「冒険者として? それは、モンブラン商会を辞めるということでしょうか?」
「そうではない。モンブラン商会が冒険者ギルドに香木採取の依頼を出し、アコルはモンブラン商会の人間として、依頼を受けた冒険者と行動を共にするだけだ。香木は貴重な素材だから、アコルが良いと思う香木を探して採取してくれればいい」
どうして急にそんな話が出てきたのだろうと疑問に思い、俺は視線をサブギルドマスターのダルトンさんに向ける。その原因はきっとこの人にあるはずだ。
俺と目が合ったダルトンさんは、誤魔化すようにお茶を飲み「冷たいお茶だ!」と嬉しそうに言って、ゴクゴクと飲み始めた。
「そんな顔をして俺を見るなアコル。
わざわざ魔法を使って冷たいお茶が出せる……そういうところが秘書としても商人としても合格なんだろう。会頭が惜しがる気持ちも分かる。
だがなあアコル、お前は何も知らないようだが、妖精と契約できるのは選ばれた特別な人間だけなんだ・・・と、貴族や王族、そして教会の奴らは思ってる。
何故特別なのか……それは妖精の持つ力を借りて、水・植物・鉱物・天候などの分野で、恩恵を得ることができるからなんだ。
だから妖精と契約できる者は、侯爵家以上の上位貴族か教会の監督下に置かれる。
知られれば、アコルは目指している商人にはなれなくなる」
「えっ!商人になれない? でもダルトンさんは仰いましたよね、妖精と契約するためには【光】と【命】の魔力適性が必要だと。そんなもの、探せば持っている人は沢山いると思います。俺、私が調べた本には【光】の魔力適性だけで契約できると書いてありましたし、昔は沢山の人が妖精と契約していたと」
俺は納得することが出来ず反論する。
「ああ、確かに昔は冒険者の中にも妖精と契約していた者が居たようだ。だがなぁ、それは300年以上も前の話だ」
そう言ってダルトンさんは深い溜息を吐き、これから話すことは国家機密に抵触する可能性があるから、絶対に口外してはならないと前置きをして、【現在と過去の違い】と【千年前の過去と現在の相似点】について話し始めた。
冒険者ギルドを監督しているのは軍であり、魔術師ギルドを監督しているのは魔法省で、これまで二つのギルドはあまり仲が良くなかった。
魔術師はプライドが高く殆どが貴族で、冒険者を完全にバカにしていて、仕事の内容も分けられていた。
がしかし、軍とか魔法省とか、魔術師ギルドとか冒険者ギルドとか、そんなことを言っていられない事態がおこってしまったらしい。
「すみません、私は魔術師ギルドのことを何も知りません」
「ああ、そこからか……分かった、ちゃんと説明してやろう」
俺は知らないことを、知らないままにしておくことが嫌で、ついダルトンさんに説明を求めてしまった。
魔術師ギルドに登録している大多数は、魔術師レベルがC級までの人間で、物体の移動や簡単な錬金術、そして構築済みの魔法陣を発動できるレベルの者であり、必ず高学院を卒業していた。
そもそも魔術の勉強は、高学院でしか教えられておらず、魔力量を多く持って生れたとしても、高学院で学ぶ機会がなければ、魔術師にはなれなかった。
仕事内容は、いわゆる公共事業的な仕事に関わることが多く、魔法陣を使って岩を砕いたり、大きな岩を移動したりして道路を作る手伝いをしたり、川の水を堰き止めて灌漑工事の手伝いをしたり等が代表的なものだった。
汗を流して力仕事をするわけでもなく、現場で威張り散らすのが仕事だと平民から言われており、魔力量は【50~70】の間の者が多い。
B級以上の魔術師は、魔力量が【70】を超えており、構築済みの魔法陣や、自分で考案した魔方陣も起動できる。
このクラスになると、王宮や魔法省で働けるし、高学院で更に2年間専門に学び薬師か医師になることも可能だ。
上級貴族家に引き抜かれて、お抱え魔術師として働く者も多い。
A級以上は魔術師ではなく魔法師と呼ばれ、魔力量は最低でも【80】以上必要で、近年のA級合格者は皆【90】を超えていた
A級魔法師は、オリジナルで高度な魔法陣を作ることができる。
仕事場は魔法省の研究機関か、高学院の魔術専門教師になったりする。
A級合格後、国家認定試験を受けて合格したら、国家認定上級魔法師という称号を得ることができる。
それに対して冒険者ギルドは、平民だろうと貴族だろうと登録は自由で、魔力量が少なくても登録できた。
当然のことながら、冒険者の中には平民でありながら魔力量の多い者がいた。
アコルの父サイモンなどがそうだ。Aランク冒険者だったサイモンの魔力量は【83】だった。
冒険者と魔術師で大きく違うのは、冒険者が【ランク】という呼び方で階級を分けているのに対し、魔術師は【級】という呼び方で階級を分けていた。
他にも、冒険者はFランクから始まるのに対し、魔術師はD級から始まる。
魔力量の観点から見ると、冒険者のBランクは魔術師のC級と同じで、冒険者のBaランクが魔術師のB級と同じ。Aランクになって初めて魔術師のA級と並ぶ。
……面倒くさいなぁ。冒険者が魔法陣を使えたらどうなるんだよ!
……あっ! 俺はマジックバッグを作る時に魔法陣を使ってた・・・
……そもそも俺が持っている【上級魔法と覇王の遺言】の本で考えたら、上級魔法は冒険者でもできるじゃん。もしかしたらあの本は、元々とても古いものを写本されたのかもしれない。
ダルトンさんによると、500年前くらいの文献(木簡や羊皮紙など)を読むと、昔は10歳の時、魔力量が多いと思われる子供は教会で魔力量を測定し、魔力量が【40】を超えていたら、身分に関係なく魔術師学校に入学できたそうだ。
ところが近年……と言っても300年くらい前から、王族や貴族たちは自分たちの優位性を守るため、平民の魔力量測定を禁止した。
そして魔術師学校を閉鎖し、貴族や金持ちの商人のための高学院を開校した。
その結果、魔術師の数は大幅に減り、平民は魔術の使い方を学ぶことさえできなくなったのだと。
……ダメじゃん。ダメダメじゃん! 国力が下がるじゃん。
その後、冒険者という職業が誕生し、平民や一部の貴族の魔術師から学んだ魔法や技を、パーティーを組む中で先輩が後輩に教えて伝承してきた。
冒険者ギルドができたことで、冒険者の魔力量を測ったり、魔力量や適性に合った技が公表されたりして、平民で魔力を上手く使える者は冒険者を目指すようになった。
「まあ、平和な時代が続き、戦争も小競り合い程度だったし、魔物の氾濫も小規模だったから、二つのギルドがいがみ合っていてもやってこれた。
冒険者と魔術師が協力するのは、Sランクの魔物の討伐依頼があった時くらいだ。
それだって、軍の小隊とAランク冒険者パーティーを三つ以上、C級以上の魔術師を二人揃えて部隊を組み、やっと討伐できるのが現状だ。
しかし、アコルも知っていると思うが、最近高位魔獣の変異種が現れ始めた。
ここ100年は、年に2件の目撃情報があれば多い方だったが、昨年からひと月に1件の目撃情報が上がり始めた。これは異常なことだ。
だが、今年に入って4月までの目撃情報は月に2件以上となり、とうとう先月の目撃情報は10件を超えた。壊滅した村が二つ、半壊した村は四つだ」
ダルトンさんは、信じられないことが起こり始めていると危機感を露わにする。
「私の住んでいたヨウキ村も変異種にヤられました。昨年の11月のことです。Aランク冒険者だった父は変異種と戦って亡くなった。だから私は働きに出たんです」
昨年のことを思い出し、俺は思わずギュッと両手を握りしめた。
「そうだったな。そして、ここからが国家機密事項だ。
5月に変異種を討伐に向かった三つの部隊は、軍の中隊・Aランク冒険者の居るパーティーが三つ、C級以上の魔術師を三人揃えて50人近い人数がいたのに、魔術師が全く使い物にならなくて全滅しかけた。
全て魔術師ギルドと魔法省の責任だ」
ダルトンさんの目が剣呑な光を孕み、魔法省と魔術師ギルドに対する怒りの感情が漏れてきて、暑いはずなのに冷たい汗が俺の背中を伝う。
「コルランドル王国の魔術師は、年々魔力量が減ってきている。
理由は単純。わざわざB級以上の魔術師にならなくても仕事に就けるからだ。
魔法省のバカは、高学院魔法部の学生の卒業資格を、5年前にB級からC級に落としたらしい。そして魔法省の受験資格の目安となる魔力量も、【75】から【65】に落としてしまった。
だから、過酷な訓練や鍛錬をして、魔力量を上げる努力をする学生がいなくなった」
「それは本当ですかダルトン代表? 私が在学していた頃の魔法部は、B級になれない者は落第でしたよ」
ダルトンさんの話を聞いた警備隊長(42歳)が、信じられないと言いながら首を横に振る。
「私が在学してた時も、確かB級にならないと卒業できなかった。そもそも貴族は魔力量が多いのが普通だ。魔力量が少ない者は、貴族部か商学部に入学する。魔力量だけで言えば、伯爵家以上の家の者は、何もしなくても20歳までに【65】近くになるはずだ」
信じられないと文句を言いながら顔をしかめるのは、貴族家の出身ではないマルクさん(35歳)である。
高位貴族は成人(15歳)を迎える頃には、だいたい魔力量が【40】くらいあるらしい。
高学院の魔法部に入るには、魔力量が【50】を超えていなければならず、厳しい鍛錬で最低30以上は魔力量を上げ、【90】以上を目指すエリート学部なのだとか。
……うちの母さんって凄い! 確か魔法部を卒業して薬師の資格も取ってる。
「今では、全体のレベルが下がり、今年の高学院魔法部の卒業生の魔力量平均は、たった【68】しかなかったらしい。
B級になれた者は僅か三人。
過去3年で見ると、在学中にA級になれた者は……ゼロだった。
笑えないのが、そんなレベルの下がった魔術師たちが、今回の変異種討伐部隊に大きな顔をして参加していたことだ」
フフっと笑うダルトンさんは、お伽噺に出てくる魔王のように黒い。
おまけに魔力が漏れているのか、軽い威圧を放っているのか、室内の空気が滅茶苦茶重い。
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