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秘書見習い

20 戦うアコル(2)

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 俺の部屋の食器棚は造り付けで天井まで高さがあり、上から二段目までは引き戸が付いていて、背の高い大人でも椅子がないと手が届かなかった。
 
 俺が他人から見付け難い場所に隠したかのように、わざわざ裏工作したことが完全に裏目に出ちゃったもんなぁ。

「はあ? バカなのか? 投げれば届くだろう。そんなことも分からないのか!」

「それじゃあニコラシカ、君が投げてみてくれ。その前に、この革袋が入っていた一番上の棚は、俺が発見した時、引き戸が閉まっていたぞ。君が投げ入れて、届かない高さの引き戸を閉めることができると証明したら、君の言い分を信じよう」

 なんだか誇らしそうに証明しろと迫る先輩は、きっと自分の中で犯人をニコラシカさんだと断定している。だって小説の犯人と同じ言動、同じ行動をとっているんだから。

「な、なんだと、しょ、証明しろだと? それは後でいいだろう。俺の意見に難癖をつけるのなら、アコルだって香木をどうやって買ったのか証明しろ」

「どうやって買ったか……ですか? 変なことを訊くんですね。自分のお金で買いましたよ。最高級の香木だったので金貨4枚もしましたけど、この部屋に住むために必要だったんです」

 不思議なことを何故訊くんだろうって首を捻りながら、普通は自分のお金で買わないんですかと、わざと先輩方に質問してみたりする。

 すると俺の質問に答えるよりも「金貨4枚だって!」っと、香木の金額に驚きの声が上がった。その声の中にマジョラムさんの声もあった。 

「金貨4枚とは、随分と大金だな。本当にアコルは自分のお金で買ったのかね?」

「はい、間違いありません警備隊長」

「フン!お前みたいな平民の子供が払える金額じゃない。金貨4枚、マジョラムが盗まれた金額と同じだ。この泥棒が! 会頭は何を考えているんだ」

 ……あーあ、ニコラシカさん言っちゃった。まさかの同金額だなんて。

「ニコラシカ、財布の中に指輪が入っていただろう? あれは返してくれ。あれは祖母の形見で、明日、私の婚約者に贈ることになっている。金貨10枚の結婚支度金の内、金貨6枚は払ってある。残りの金貨4枚を俺はようやく貯めたんだ! 君は明日、私が婚約者の父親に支度金の残りを払うことを知っていた。さあ、返してくれ!」

 スッと冷めた表情に変ったマジョラムさんが、ニコラシカさんの正面に立って、決して大きくはないが、憎しみを込めた声で返せと迫った。

 そう、マジョラムさんは最初から同室者であるニコラシカさんを疑っていたんだ。だから俺が持ち出した【王立高学院事件簿】の話に乗っかってきたんだ。

「は、はあ? マジョラム、今なんて言った? お前はこの俺を犯人扱いしたのか? 被害者のお前のために、俺が懸命に犯人を捜してやったというのに!」

 驚愕のあまり一瞬表情をなくしたニコラシカさんだけど、直ぐに怒りの感情を露わにして叫び始めた。
 そして何故か俺にキッと視線を向け、ツカツカと急ぎ足で近付いてきて、俺の胸倉を掴み締め上げて怒鳴った。

「早く自分が盗んだと白状しろアコル!」と。

「その手を放せニコラシカ! マジョラムは誰にも盗まれた金額を教えていない。なのに何故君は、財布の中の金額が金貨4枚だと知っていた!」

 俺を締め上げているニコラシカさんの右腕を掴み、警備隊長は大声で怒鳴った。

「何をする無礼な! 私は男爵家の子息だぞ。アコルだ!金貨4枚で香木を買ったアコルが犯人なんだー!」


「それじゃあ俺は、アコルが香木を自分の金で買ったと証言しよう」

 にっこりといい笑顔を俺に向けた後、別人かと思うくらいに滅茶苦茶怖い顔をニコラシカさんに向けて、冒険者ギルドの副ギルドマスターであるダルトンさんが部屋に入ってきた。

「これはダルトン様、ようこそおいでくださいました」

 警備隊長が丁寧に頭を下げたのに続き、マルク人事部長も不動産部長も頭を下げて礼をとる。

 ……あれ? 冒険者ギルドの副ギルドマスターって、そんなに偉いんだっけ?

「おま……貴方は誰です? どうやってアコルが自分の金で買ったと証明するつもりです?」

 お偉いさんが丁寧に頭を下げるのを見て、おまえと言い掛けて貴方と言い直したニコラシカさんは、挑むような視線をダルトンさんに向けた。

「私は冒険者ギルド王都支部のサブギルドマスターをしているダルトンだ。
 こちらの警備部から、アコルという少年が昨日買い物した金は、盗まれた金の可能性があるので、買った品目と金額を証言して欲しいと依頼があったので来た。

 アコルは15センチ四方の香木を買った。最高級品だったので代金は金貨4枚。間違いなく本人のギルドカードで支払われた。アコルは冒険者登録をしている」

「冒険者登録?」とか「ギルドカードじゃあ不正はないな」とか「なんでサブギルドマスターが出てくるんだ?」とか
「アコルって何者」って、小さいけど聞こえる声の大きさで先輩方がひそひそ話をする。

「そ、そんな子供が冒険者だと? きっと不正な方法でギルドカードに入金したんだ。みんな騙されるな。冒険者ギルドの人間が言うことなんて信じら……」

「「 黙れニコラシカ!!」」とニコラシカさんの言葉を遮り、二人の部長の叱咤が飛ぶ。

「君は、男爵家の子息なんだって? 俺は冒険者ギルドの人間だが、一応爵位は伯爵だったはずだ。それから俺の名はダルトン・レイヤ・モンブランという。俺の証言では不足なら、ギルドマスターを連れてこよう。アコルはな、薬草採取の天才だ。金貨4枚なんて三日で稼ぎ出すだろう」

「モンブラン?!」ん? 俺を含め先輩方も目をパチパチしながら首を捻る。

「現在モンブラン商会の会頭は指名で選ばれる。だが、本店の建物も支店の建物も含め、モンブラン商会の不動産の7割はダルトン様の名義になっている。ダルトン様はモンブラン商会創業者の一族で、その代表者でもあられる。決して失礼があってはならない」

 モンブラン商会の不動産を扱う責任者であるマンデリン部長が、ニコラシカさんを睨み付け全員に注意を与える。

「ところでアコル、先程君は、最高級の香木は、この部屋に住むために必要だったと言っていたが、あれはどういう意味だ?」

「聞いていたんですか? あれはですねダルトンさん、この部屋に住む私の友達を元気にするために必要だったんです。実はこの部屋、こんなに素敵なのに誰も住みたがらない部屋で、変な音がしたり怪奇現象が起こるんです。でも私は幸運にも、この部屋の住人と友達になれました。友達の名前はエクレアといいます」

「アコル、お前幽霊と友達になったのか?」

「大丈夫かアコル?幽霊と友達になるのは止めとけ」

「なんで幽霊を元気にするんだよ」

「幽霊に金貨4枚? 正気に戻れアコル」

 先輩方が心配して、いろいろ声を掛けてくれるけど、幽霊じゃないから大丈夫。

「実は今、私の肩にとまっています。ん? 何? ああ……もちろんさ、じゃあお願いするね。えっと、エクレアが、マジョラム先輩の大事な指輪が隠されている場所を知っているそうです」

 俺がにっこりと微笑むと、先輩方だけでなく、警備隊長も二人の部長も警備部の人も、ぞっとした顔で俺と俺の肩辺りを見て、いやいやと首を横に振っている。

「まさか……まさか妖精か? アコルは妖精と契約したのか?」

 ダルトンさんは、驚いたと言うより嘘だろって疑うような、でも本当に?って顔をして、確認するよう質問してきた。

「さすがサブギルドマスターのダルトンさんですね。本当は元気になって貰うためだけに香木を買って彫刻したんですが、毎日挨拶するのに名前がないと不便だから、ついエクレアって名前を付けて呼んだら姿を見せてくれて、素敵な赤い石をくれたんです」

「い、いやアコルお前、そ、それは、そんなにサラリと簡単そうに言うことじゃないだろう!
 いいか、妖精と契約できるのは、十万人に一人、いや、稀有な魔力である【光】と【命】の魔力適性を持つ、レイム公爵家の血族か、サナヘ侯爵家の血族か、教会の三聖人くらいなんだぞ!

 えっ? アコル……お前の親って・・・
 あ、ああああぁーっ! い、今の話は忘れろ。いいな、ここに居る全員、今の俺の話は忘れろ。命が惜しければ直ぐに忘れるんだ!」

 良く分からないけど、突然公爵家だとか教会の三聖人だとかの話を始めたダルトンさんは、凄い剣幕で自分の話したことを忘れろと言う。
 そして、その話を聞いた皆さんまで、ウンウンと真剣な瞳で、いや、かなり引きつった顔をして頷いている。ニコラシカさんなんて死人のように真っ青だ。

「でも、マジョラムさんの指輪は見付けてあげなきゃ。エクレア、一瞬でいいから姿を見せて、指輪のある場所を教えて」

 俺にしか見えないエクレアにお願いすると、エクレアは嬉しそうに笑って「いいわよ」って言いながら俺の肩から飛び立ち、一瞬その美しく愛らしい姿を見せてくれる。

「ああっ、なんだあの可愛い妖精は!」

「神様ありがとうございます。生きてて良かった」

「よ、妖精さまをこの目で見れるなんて・・・奇跡だ!」

 大きく目を見開き、なんだか大袈裟なことを口走ったり、ひざまずいている先輩までいる。そこまで妖精を目にするのが珍しいのかなぁ・・・

 まあ確かにうちのエクレアは、大きさは俺の手のひらくらいしかないけど、くりくりの瞳はエメラルドのように輝いているし、口だって鼻だって全てが可愛い。4枚の羽を優雅に羽ばたかせ、色とりどりの葉っぱを重ねたような衣装で飛ぶ姿は天使のようだ。皆さんがキラキラの瞳で見てしまうのは仕方ないな。

 そして姿が消えたと思ったら、次の瞬間、小さな可愛い手でニコラシカさんの胸を指差すエクレアが現れた。

 自分の目の前、違った、自分の胸の前に現れたエクレアを見て「ぎ、ぎゃーぁ」と叫んだニコラシカさんは、そのまま意識を失いバタリと倒れてしまった。

 倒れたニコラシカさんに駆け寄り(決して心配してではない)、マジョラムさんはエクレアが指さした胸の内ポケットに手を入れ、指輪を探し始めた。

「あ、あった。祖母の形見の大切な指輪だ。ありがとうアコル。ありがとう妖精さん。本当にありがとう」

 先輩は何度もお礼を言いながら泣き出してしまった。

「いえ、見つかって良かったです。でも、金貨4枚も取り戻さなきゃ。う~ん、誰かこの中に、昨日か今日、ニコラシカさんが本店で買い物をした、又は給料の前借を返済したりしたのをご存じありませんか?」

 ことの成り行きに、いまいち付いてこれない様子でぼんやりしている先輩方に、俺はクスッと笑いながら質問した。

「あっ! 私に心当たりがある。ニコラシカは今朝、うちの部長に銀食器代だと言ってお金を渡していた」

 ニコラシカさんと同じ銀食器部で働く先輩が手を挙げて教えてくれた。
 警備隊長が部下に目配せをして、確認してくるよう指示を出す。
 
 もうここまでくると、犯人が誰なのかは明白だった。
 そこへ、先程警備隊長にお願いして、別のことを依頼していた部下の方が戻ってきた。手にゴミ箱を持っている。

「隊長、ご指示通りニコラシカの机やその周りを捜したところ、ゴミ箱の中に証拠のメモ書きが捨てられていました」

そう言って、一枚のメモ書きが隊長へと差し出された。
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