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秘書見習い

17 本店での生活

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 本店初日は、会頭と白磁の責任者であるセージさんに挨拶をして、マルクさんに連れられ本店の各部署を挨拶して回った。

 俺が秘書見習いとして本店で働くと知らなかった人には驚かれ、知っていた人からは厳しい視線を向けられた。
 あんな子供を本店で働かせるなんてという批判的な声が、ひそひそと各部署で囁かれたけど、俺は何も聞こえなかったフリをして挨拶をしていった。

「アコル、これからお前は奇異な目で見られ、全ての行動を監視されるだろう。お前の失敗は会頭の失敗とみなされ批判材料となる。一挙手一投足に気を配らねばならない」

「はいマルクさん。出来るだけ目立たないよう陰に徹して働きます」

 心配そうな顔で俺を見るマルクさんに、目立たないように気を付けますと返事をする。
 目立たないようにするのは得意だ。これまでだって母さんの言付け通りに力は抑えてきた。命の危険が迫った時以外、大きな力も使っていないし、勉強だって母さんから習ったことは秘密にしている。

 モンブラン商会に入ってからは、仕事なんだから勉強も雑用係も真面目にやった。魔法は使ったけど生活魔法だったから問題ないはずだ。

 挨拶回りの後は、3階の庶務課で働いている女性から、お茶の準備の仕方や出し方を習った。
 秘書見習いという名の雑用係を完璧にこなすため、高級な茶器やカップにビビったけど、落としたり割ったりしないよう神経を集中してお茶を淹れた。

 初日は早目に上がって寮の部屋を整えるように言われたので、午後4時には本店の寮棟の自分の割り当ての部屋に向かった。

 本店の寮で暮らしているのは、商会員になって5年目までの人だけで、6年目には自分でアパートを借りて出なければならないそうだ。
 寮の部屋は二人一部屋で、広さは支店の寮と同じくらいだそうだ。俺の部屋はやっぱり雑用係部屋で、皆さんが暮らす3階ではなく2階に在った。

 驚いたことに広さは支店の雑用係部屋の三倍以上あった。キッチンは広く壁には本物と見間違う程の美しい花の絵が描かれている。食器棚も立派だが、何故か食器類が置かれていないし、茶葉も見当たらない。おかしいな……? 

 キッチンには凝った装飾のテーブルと椅子が二脚置いてあり、まるで母さんから聞いた王立高学院寮の、上級貴族の部屋のようだった。嬉しいことにベッドは簡易ベッドではなく普通のベッドで、自分専用のクローゼットと机まであった。
 
 ……なんて贅沢な部屋なんだろう! 本当にこの部屋でいいんだろうか? しかも個室だ。

「マルクさん、こんな贅沢な部屋で暮らせるなんて夢みたいです。寮の雑用係は、夜はこれまでと同じ20時まででいいんですか? 朝は朝食までしか出来ませんけど、洗濯はいつしたらいいんでしょうか?」

「はあ? 何を言ってるんだアコル。君は秘書見習いだから雑用係の仕事をする必要はない。この部屋は、2階の宿泊施設専用の控室だ。昔は上級貴族が宿泊される時期があり、従者やメイドの控室になっていた。今この部屋は空き部屋になっている。まあ・・・個室で広いが……誰も使いたがらない。……この部屋はちょっと……何と言うかいわく付きで、時々不思議な音がしたりするらしく……だから寮費はタダだ」

「いわく付き? 不思議な音がする? ん? タダ? ええぇーっ!?」

 何だか歯切れの悪いマルクさんの話だけど、俺の耳は寮費タダという部分に反応してしまい、つい叫んでしまった。

「どうしても住むのが無理だったら、3階で5年目の奴と相部屋になる。眠れないようなら遠慮せずに言ってくれ。ここ最近の最長居住記録は六日間だったと思う。セージは二日でギブアップしたらしい」

 とんでもない話を聞いてしまった。きっと幽霊とか幽霊とか……とんでもない音……いや声とかが聴こえるんだ。へ、へぇ~っ・・・
 俺はちょっと頬を引きつらせはしたが、タダなんだから頑張ろうと決心する。そうだよ、幽霊さんだったら友達になればいいじゃん。

 で、ちょっと不安になったけど、寝る寸前まで部屋を隅々まで綺麗に掃除して「アコルといいます。これからよろしくお願いします。仲良くしてくださいね。おやすみなさい」と挨拶をしてからベッドに入った。
 いつの間にかぐっすり眠った俺は、寝起きには「おはようございます」とちゃんと挨拶し、「行ってきます」と言って部屋を出た。

 

 本店勤務二日目から、午前中は幹部専用階である4階で偉い人たちにお茶を出し、午後から香木の飾りを作っている。

 台座以外は全て冒険者ギルドの倉庫に眠っていた物を使う。残っていた香木の切れ端や廃棄寸前のものを全て破格値で買い占め、リボンの替わりとなる革の紐も20本くらい買って、台座となる木だけ木材商で作って貰った。これらの買い物にはモンブラン商会宛の領収証も発行して貰った。

 秘書見習いの仕事は、香木の飾りが5個完成してからにすると会頭から指示が出たので、特別賞授賞式に間に合うよう仕上げなければならない。

 今回の香木の飾りは、王族や上級貴族の方々へ贈られることを意識して、花弁一枚一枚に気を配りながら美しく丁寧に彫刻していった。
 香木を削ると、何とも言えない高貴な香りが、自分の部屋中に広がっていく。


 三日目には、お茶出しの指導をしてくれる女性商会員さん二人と仲良くなった。

 一人は年齢19歳。王都出身で準男爵家の次女。薄化粧で長い髪を後ろでぎゅっと結んでいる。知的な美人さんで名前はベニエさん。

 もう一人は年齢20歳、マギ公爵領の男爵家の長女で、軍部に属する家だから剣術も得意らしい。美しい金髪は肩の長さで揃えられていて、少しウエーブがかかっている。見た目は16歳くらいに見える童顔で可愛いけど、中身は男勝りなシャルロットさん。

 本店で働く商会員の女性は、全員が王立高学院か地方の高学院を卒業している。8割が貴族家の出身のようで、お茶を淹れる所作にも気品があった。
 お姉さま方の話では、隣国であるコッタリカ王国やホバーロフ王国では、貴族家の女性が働くなんて有り得ないそうだけど、コルランドル王国では半数が働いていて、就学率も高いそうだ。

「少しでも良い縁談を得るためにも、高学歴と就職歴は大事なのよ」

「もしも嫌な縁談だったら独身を貫いてもいいし。うちの商会は女性も幹部になれるから、一人でも生きていけるの」

「そうなんですか……女性が活躍できるっていいですね。私の母も薬師として働いています。働く女性は素敵ですよね」

 俺はにっこりと笑って、思ったままのことを口にした。そしたら「あ~癒されるわぁ」とか「なんて可愛いの」って言われながら頭を撫でられた。

 ……よし、ここでは可愛い弟キャラでいこう。

 朝のお茶くみ時間、俺はお姉さま方の愚痴を聞いたり慰めたり、時には上手に甘えたりしながら、本店幹部の情報を沢山手に入れることができた。子供で得をすることもあるのだと、にんまりと口元が緩んだ。


 そして四日目の朝、不思議なことが起った。
 食器棚に置いていた香木の飾り3つの隣に、とても良い香りの小さな白い花が、手のひら一杯に載るくらい置いてあった。

「あのねアコル、母さんは見たことも出会ったこともないけど、この世には妖精さんが居るのよ。妖精さんは好きな人間に、お花をプレゼントしてくれるらしいの。ピンクの花は友情の印、赤い花は愛情の印、青い花は別れを告げていて、白い花は感謝を示しているんですって」

 俺はふと、小さな頃に聞いた母さんの話を思い出した。
 もしかしたら妖精さん? でもどうしてこんな商会のキッチンに?って首を捻ってしまったが、そう言えば図書館で読んだ魔術書の中に、妖精と契約するという項目があったような気がする。

 契約妖精の中には、家を守ってくれる家妖精がいると書いてあった。
 確か、妖精さんと契約出来るのは、光の魔力適性を持っている人だけだった。

 待てよ、契約した妖精さんには定期的に、対価として契約者が何かを与えなければいけないと書いてあった。そうでないと妖精さんの力は弱まり死んでしまうと・・・

 大変だ! きっと気付いて欲しいから音を出していたんだ。契約者は……もう亡くなったのかもしれない。白い花が感謝を伝えているのだとしたら、香木の飾りが何かの役に立ったのかもしれない。

 そう思った俺は今日のノルマを終えた夕方、冒険者ギルドに駆け込んだ。

 今度はちゃんと売っている香木の中から、一番香りのよい白に近い色の、15センチ四方で厚さ5センチの香木を購入した。小さいのに金貨4枚(40万円)と高額だったけど、妖精さんの命が懸かっていると思えばちっとも惜しくない。お金はまた稼げばいい。

 香木を買った俺は、午後8時まで開いている王立図書館に飛び込んだ。 
 急いで妖精に関する書籍を読み漁り、妖精との契約について書かれていた本を見付けた。

◎ 妖精との会話の仕方***光の魔力を使い妖精の姿を確認する(姿を確認できない場合は契約できない)。光の魔力の波動を気に入ってくれたら姿を現す(姿は朧気に見えることが多い)。

◎ 妖精の受け入れ***妖精の欲しがるもの(妖精は自分の欲しいものを告げることはない)を贈り、気に入られたら赤系の花や美しい石をプレゼントされる。

◎ 妖精との契約の仕方***自分の名前を名乗り、妖精に名前を付けて呼ぶ。名前を気に入ればよりハッキリと姿が見えるようになる。お互いの望みが叶えられる場合のみ、約束をして契約完了となる。


◎ 契約上の注意***既に人間と契約している妖精とは契約できない(契約者が亡くなれば再契約可能)。

◎ 契約後の注意***妖精が約束を破ることは稀だが、人間が約束を破った場合、妖精の力は弱まり死に至ることがある。約束が守れなくなった場合は、速やかに契約を解除すること。

 う~ん、分かったような分からないような・・・妖精は自分の欲しいものを告げないか・・・でもまあ俺は契約したい訳じゃない。妖精さんを元気にしたいだけだから問題なし。


 夕食時間(午後6時半から午後8時)ギリギリで食堂に滑り込み、なんとか晩御飯を食べた俺は、部屋に戻ると妖精さんのために香木を削り始めた。

 キッチンの壁に描かれているのは白い百合と白い薔薇。だから香木に彫るのはその二つの花にする。別にペンダントなどの装飾品にする必要はないから、15センチの香木をそのまま使い、版画の下絵を描くように立体的に彫っていく。
 彫り進めると、金貨4枚に相応しい香りが漂っていく。

「これは妖精さんにプレゼントする香木だよ。これまで作っていた薔薇の飾りは商会の物だけど、これは僕からのプレゼント。だから早く元気になってね」

 そう独り言を呟くと、何処からかチリンチリンと呼び鈴のような音が聞こえてきた。

「本当に香木で元気になれるのなら、もう一度音を鳴らしてね」

 今度は妖精さんに問い掛けてみる。もしも香木じゃあダメなら、他の何かを探さなくちゃいけない。

 再びチリンチリンと、先程より少し大きな音が聴こえた。
 嬉しくなった俺は、母さんに教えてもらった【妖精王に捧げる歌】を口ずさみながら手を動かしていく。

***緑深き麗しの王よ、良き眠りをお与えください。お礼に花を捧げましょう。慈悲深き妖精王よ、飢えぬ恵みをお与えください。お礼に愛を捧げましょう***

【妖精王に捧げる歌】は、古くから伝わる子守唄で、俺が育ったヨウキ村やリドミウムの森の周辺で歌い継がれてきた曲だ。
 歌い終わって暫くすると、またチリンチリンと鳴るので、俺は15回くらい子守唄を歌った。

 気付けば午後11時。

 完成した百合と薔薇をあしらった香木の壁掛けを、机の上に置いて背伸びをする。首や肩を回して体をほぐし、白湯を飲んで一息ついた。
 お風呂に入り損ねた俺は、部屋に置いてあった桶に、水魔法と火魔法でお湯を作り体を拭いた。

「おやすみなさい。また明日」と妖精さんに声を掛けると、自然とあくびが出て直ぐに深い眠りについた。


 迎えた五日目の朝、事件は起こってしまう。 
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