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商人見習い

11 試練のはじまり

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 本日も2話更新しています。先に10話目をお読みください。


 モンブラン商会の見習いとして再び王都に戻ることになった俺は、2台の大きな荷馬車の後方に乗っていた。
 自分と同じ荷馬車に乗っているのは、商会員が3人と御者として護衛の冒険者が1人。前方の荷馬車に乗っているのは、商会員が2人と御者として商会の護衛が1人。

 先頭を行く馬車の扉は壊れたままだけど、中に乗っているのは会頭夫妻だけで、商会の護衛隊長が御者をしている。
 先頭の馬車を護るように先行するのは、Bランク冒険者のタルトさんと妹のB級魔術師のシフォンさんで、各々が馬に乗っている。護衛をしている残りの冒険者2人は、最後尾を馬に乗って護っている。

 商会員は5人で、年齢は20歳くらいから40歳くらい。
 さすが大商会で働く人たちだけあって、皆さん個性的というかプライドが高そうだった。

 旅も5日を過ぎてくると、モンブラン商会で働く人間には、三つのタイプがいることが分かった。

① たいした実力はなさそうなのに、大商会の商会員になれたことを自慢し、見習いをこき使って当たり前と思っている【何様タイプ】。

② ダメな人間など相手にしない、計算高く優秀な【野心家タイプ】

③ 程々に親切で仕事もできるが、心の中が読めない【曲者タイプ】

 そんな三つのタイプの商会員の先輩方から、いろいろと情報を収集する。

 モンブラン商会が製造現場に向かう時は、基本的に見習いを同行することはない。
 見習いは正式に商会員ではないし、ライバルの商会から送り込まれている間者の可能性もある。

 一人前でもない人間を連れて出て、問題を起こせば商会の信頼を損ねてしまう。
 見習いとして教育はしているが、信用している訳でもなく、商会に対して誓約書を書かせている訳でもない。

 そんな見習いたちの多くは、15歳の成人までに5分の4が辞めていく。
 元々見習いの過半数は、モンブラン商会に関連する商会や商団の子供や身内(10歳以上に限る)を、勉強させて欲しいと頼まれて預かっているので、勉強を終えれば帰るべき商会や商団に戻っていく。

 当然のことだが、勉強させてもらっているのだから給料など出ないし、寮費や食費を払わなければならない。
 教育期間は1年で、無給で勉強している見習いを【教育見習い】という。

 勉強にきている者以外の見習いは、中級学校(10歳~14歳)で2年以上学び、試験を受けて合格し商会員を目指す者たちで、【学卒見習い】と呼ばれている。

 中級学校は、2年で卒業できる基本コースと、3年で卒業できる商業コースと、5年で卒業する高学院進学コースがあり、モンブラン商会の学卒見習いは、基本コース卒業が最低条件となっているが例外もある。

 商会の見習いとして勉強しながら働き、寮費や食費は無料で、僅な給料が支給される。見習い期間は15歳の成人までである。
 学卒にも商団や商会から勉強にきている者もいる。この者たちは商会員として働きながら、将来自分の親元に貢献する為に上を目指す。
 

 どちらのパターンで見習いになったとしても、途中で能力なしと失格の烙印を押され追い出される者や、厳しさに付いていけない者や、盗みやスパイ行為をした者は辞めさせられる。
 その他には、先輩の虐めに心が折れ、自ら辞めると申し出る者も毎年数人いるようだ。

「まあ俺は、優秀だったから商会員になれた訳だ。盗まない、漏らさない、商会のために力を尽くすと誓約し信用された人間だ。お前と違って教育見習いから始めたんじゃなく、中級学校を卒業して入った学卒だからな」

【野心家タイプ】のぺスカさんは、分かりやすいし悪い人ではないと思う。上から目線だけど積極的に話し掛けてくれるし、質問に答えてくれる。年齢は28歳で結婚して8歳の子供がいる。だから10歳の俺を気に掛けてくれる。

「アコルみたいに他所から頼まれて見習いになる者も多いが、うちは完全実力主義だ。商会で働けると浮かれていたら、直ぐに辞めることになる。気を抜かず励め。大事なことは周りの空気を読むことだ」

 23歳で独身のセージさんは、高学院の貴族部を卒業しているエリートで、幹部候補として今回同行している。
 してはいけないこと、言葉遣い、先輩に対する態度など、優しい笑顔で教えてくれる。この人はきっと【曲者タイプ】だろう。

 ……ここ何日かで値踏みされている感が半端ない。

 レイモンド会頭は俺のことを、見習い教育して欲しいと、ポルポル商団の団長に頼まれたと説明した。
 会頭としては命を助けて貰ったので、断れなかったのだろうと部下の人たちは思ったようで、お荷物を背負わされたのだと受け取った。だから、ちょっぴり居心地が悪い。

 商会員の5人は、ボアウルフに襲われた時は土壁の中に居て、俺が戦っていたことや、会頭を助けたことを知らない。
 商会の護衛や冒険者や魔術師の7人には、俺がFランク冒険者であることと、会頭を助けたことを堅く口止めされていた。

「アコル、早く休憩の準備をしろ! ぐずぐずするな。そんなことじゃあ直ぐに脱落するぞ。俺が見習いだった頃は、言われなくてもできたぞ!」

 学卒見習いからの叩き上げであるモヒートさんは、完全に【何様タイプ】だ。

 自分は先輩から厳しくされても優秀だったから残れたと自慢し、お前は運よく前の商団に冒険者が居たから、大商会の見習いになれただけで、優秀だったから見習いになれた訳ではないと見下し、やたらと俺を攻撃する。

 今回の仕事には、一番下の立場で参加していたから、俺が入る前は雑用全般をモヒートさんが担当していたようだけど、今は威張るのが仕事になっている。
 年齢は22歳らしいけど、30歳くらいに老けて見える。苦労したからだろうか?

「はい、もう準備はできています。湯が沸くまで少しお待ちください」

「はあ? 湯が沸いてないだと! 段取りが悪いにも程がある」

 お茶の準備は既に終わっていたけど、火起こしが遅れたので湯が沸いてなかった。ちなみに火起こしは俺の担当ではなかった。とにかく文句を言わなければ気が済まない性分らしい。

「おうアコル、手際がいいな。それにお茶が上手い」

「あら本当に。これまで使っていた茶葉をかえたのかしら?」

 冒険者のタルトさんと、魔術師のシフォンさん兄妹が休憩にやって来て、俺が淹れたお茶を飲んで感想を言う。
 俺が担当していたのは、護衛の人たちと下っ端の商会員さんで、会頭夫妻とエリートの皆さんは別の人が担当している。お茶を飲む時も上下関係というか力関係が一目瞭然だった。



 
 王都のモンブラン商会本店に到着した俺は、新人教育担当をしているマルクさんに連れられ支店に向かった。

 マルクさんは35歳で、中級学校に3年間通った後、13歳になる年に試験を受けて学卒見習いになったそうだ。15歳で正式に商会員となり、優秀さを前会頭に見込まれ、商会推薦で王立高学院の入学試験を受けさせてもらい、見事に合格し商学部を規定の2年で卒業したエリートだった。

 俺と同じ珍しい灰色の瞳を持ち、こげ茶色の髪はぴっしりと短く切り揃えられている。一見穏やかで優し気な顔つきだが、底の見えない【曲者タイプ】に違いない。

 モンブラン商会は、本店が中級地区に在り、王宮、王族、上級貴族、他国の外交官との取引を主にしていて、貴族と言えども男爵家辺りは、上級貴族の紹介がなければ本店で買い物をするのは難しいらしい。

 メインの商品がガラス製品や陶器類であり、割れやすく高級品なので、もしもの時に弁償できる力が必要であり、買える財力がある者に限られている。

 支店は下級地区に在るが、中級地区に近い場所で、高級品店が軒を連ねるお洒落な場所に在った。
 そんな高級品店の中でも、建物の大きさから群を抜いており、他の店が3階建てがメインなのに対し、モンブラン商会の支店は5階建てで、売り場面積もゆとりの広さだった。
 
 モンブラン商会では、見習いが店をウロウロするなんて有り得ない。
 俺が連れてこられたのは支店の裏にある建物で、1階は倉庫と勉強できる広さの教室が3部屋あった。2階は実習室と商会員寮で3階が見習いの寮だった。
 
 見習いと一口に言っても、1年目と2年目では学ぶことが違うし、【学卒見習い】と【教育見習い】では、講義内容が大きく違っていた。


 教育担当のマルクさんは、何故か学卒2年部と書かれた教室のドアを開け、勉強中だった8人に俺を紹介した。

 どうみても13歳以上の者ばかりで、「なんでお前みたいなチビがここに?」って視線を向けてくる。

「この時期に見習いが入るのは珍しいが、今日から一緒に勉強することになったアコルだ。アコルは中級学校を出ていないが、現在他の教室は定員がいっぱいだから、暫くこの教室で学ばせる。アコル、自己紹介しろ」

マルクさんはよく通る声で説明して、俺を皆の前に立たせた。

「アコルといいます。10歳です。ポルポル商団から勉強に来ました。皆さんの足を引っ張らないよう、一生懸命勉強したいと思います。よろしくお願いします」

「ちっせー、本当に10歳か?」

「いや~、ここは学卒クラスだから無理だろう」

「ふん!ついてこれなきゃ辞めさせられるだけだ」

「小さな商団風情が、遊びじゃないんだよこっちは」

 敵意と嘲笑の言葉が飛び交う中、俺は頭をぺこりと下げて空いていた後ろの席に座った。

 ……ここは可愛いキャラ? いや、それは無理そうだ。ならばヘラヘラしながら掴みどころのない人物像でいこう。

 この瞬間から新人見習いアコルは、先輩には極力逆らわず、勉強ができるとも、できないとも判断できないキャラでいこう。
 目指しているのは薬草を扱う商人で、やたらと薬草のことばかり話す、面倒くさいキャラだと嫌がられるだろう。

 ……嫌われるのではなく、関わるのが面倒だと思われる新人。うん!そうしよう。

 授業を中断した自己紹介が終わると、マルクさんは教室を出ていき、何事もなかったかのように先生役の中堅商会員が授業を再開する。

「この場合の利益はいくらになる?」

 黒板には、値引き後の値段が書かれていて、定価で売る場合の利益を小金貨1枚だとすると……というのが先生が出した問いだった。

 凄く難しいことを学んでいるのかと思ったら、そうでもなかった。
 先生は席順に答えさせているようで、俺の席の前二人は正解できなかった。

「何故分からないんだ!3日前にやった問題だろう。次、今日入った新人」

「はい、小銀貨8枚です」

 ……おっと、つい普通に答えてしまった。

 正解が分かっていたと思われる4人が、ばっと振り向いて俺を睨む。

「正解だ。計算方法は? 何故その答えが分かった?」

「ええっと、勘です!」

「勘? そんなもん正解とは言えん!」

 先生は呆れたように俺を見て、フーッとため息を吐いた。
 クスクスと笑う声がして、睨みつけていた視線は緩み、口元も緩んでいた。

 次の授業はとても面白かった。

 目利きという授業で、ロウソクが3本、燭台が3セット、布製のカバンが3つテーブルの上に置かれていて、値段の予想をしたり、良い品とそうでない品を見分けるという内容で、これが当たりそうで当たらず、俺も含めて全員が悪戦苦闘した。

 こういう見分け方は、薬草や小物しか扱っていなかったポルポル商団では、学べなかっただろう。
 これからも、目利きの授業は週2回行われるということで心が弾んだ。

 そして午後4時、授業が終わった俺は、にっこりといい笑顔のカルーア14歳から声を掛けられた。

「2週間だ!お前を追い出すのに必要な時間は。無能は必要ない。きっと先生方も、お前みたいなお荷物を面倒見たくないから、この教室に入れたんだろう」

 いきなり宣戦布告というか追い出し宣言をされてしまった。 
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