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商人見習い

8 運命の出会い(1)

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 ブラックカードを貰った翌日には商団に戻り、珍しいペロンという薬草をお土産にした俺は、ポル団長にとても感謝された。
 その薬草ペロンは、混ぜると臭味や苦味が消える薬草で、効能はないが飲みやすくなるので、売値を倍近く設定できるらしい。特に貴族の子供用として重宝されているようだった。

 当然のことだが、王都に戻った翌日、俺はマジックバッグを作った。

 流石は中級魔獣の中でも最高ランクに分類されるだけあり、龍族の素材は魔力たっぷりで、両手を突っ込んでみたらまだ余裕があったので、試しに部屋にあった机を入れたら収納できた。
 それ以上の大きさの物は試してないので、どのくらい入るのか分からない。

 王都に戻った日、俺はマジックバッグの専門店に行ってみた。
 値段は収納量によって大きく分けられていたけど、素材によって何倍もの値段になるのには驚いた。

 ポル団長が持っていたのは手のひらサイズで、素材はシルバーウルフ。容量は縦35センチ、横25センチ、奥行10センチくらいで金貨2枚(20万円)だ。
 ちなみに同じ手のひらサイズで素材がアースドラゴンだと、容量は縦2メートル、横1.5メートル、奥行2メートルで金貨15枚だった。

 俺が作ったのはポル団長のマジックバッグの4倍くらいの大きさだから、単純に考えても店にあった手のひらサイズの物より、倍以上の容量はあるはずだ。

 きっとあるよね? あったらいいな・・・

 出来上がったら直ぐに、針で指を刺して自分の血を数滴魔法陣に垂らし、自分以外の者が使えないよう登録設定した。
 
 使用した魔法陣によっても、マジックバッグの機能に違いがあるようで、龍山でサブギルドマスターのダルトンさんが使ったマジックバッグには、あの巨大なアースドラゴンの変異種が収納できる魔法陣が施されているということだ。
 なんでも、国のS級魔術師?が作ったもので、値段なんか付けられない代物らしい。

 サブギルドマスターとギルドマスターは、変異種がまるっと入るマジックバッグを、特別に国から支給されている。
 冒険者ギルド本部は、普通のアースドラゴンクラスが収納できるマジックバッグを、幹部クラスに支給しているとのこと。
 
 Aランク冒険者くらいになると、アースドラゴンクラスが入るマジックバッグを必ず持っているとギルマスが言っていたから、きっとうちの両親も持っていたに違いない。
 お値段は、最低でも金貨15枚はするらしい。機能によっては金貨30枚以上する逸品もあるとか。

 ……素晴らしい本を遺してくれた父さん、ありがとう。
 ……あれ、でも我が家のマジックバッグには、シルバーウルフが2頭くらいしか入らなかったような……

 ただ残念なことに、俺は自分の作ったマジックバッグの機能が分からない。
 だって【上級魔法と覇王の遺言】の本には、上級マジックバッグとしか書かれていてない。詳しい機能も素材による容量も明記されていないんだ。

 そもそも、中級魔法がどの程度なのかも分からない。
 王立図書館に2ヶ月間くらい日参しないと、自分では学べない。いや、実際に見たり使ったりしないと本だけの知識では限界がある。

 基礎から上級まできちんと学ぶには、母さんのように王立高学院に行くのが一番の近道だけど、平民の俺では到底入学なんかできやしない。




 商団は予定通り王都ダージリンに戻り、10日で次の行商に向かう準備を終えて、5月中旬には王都を出発した。
 目指すは南東のサナへ領で、領都に到着後、商団は二つのルートに分かれて薬草を仕入れに向かう。

 俺が向かうのは故郷サーシム領のヨウキ村だ。
 半年ぶりの里帰りに心が弾む。

 なんたって、アースドラゴンの皮を分けてもらった時に、マジックバッグ分の素材しか受け取らなかったら、ギルマスのドアーズさんが、金貨2枚(20万円)という大金をくれたので、まるまる家にお金が入れられる。

 金貨2枚は俺の月給の5倍だ。見習いの俺の月給は小金貨4枚(4万円)だけど、食費や通行料や宿泊費など諸々の諸経費を小金貨1枚差し引かれるから、実質手取りは小金貨3枚になる。
 この国の賃金は、軍の見習い兵や商店の売り子の月給が小金貨5枚(5万円)くらい。一般の役人や商会員は金貨1枚(10万円)からで、中級役人は金貨2枚(20万円)、上級役人(主に貴族)は金貨3枚(30万円)以上だと言われている。

 俺の目標は自分で商会を立ち上げ、大商人になることだが、先ずは13歳で商業ギルドに登録し、成人する15歳までに見習いから商団員にならねばならない。
 どこの商団や商会でも、15歳にならないと正式な商団員や商会員にはなれない。


 ちなみに、商売をする組織は大きく分けて四つある。

◎ 一番大きな組織が、商会と言われるもので、登録には国と商業ギルドの許可と大金……噂では金貨100枚(1000万円)が必要だ。全ての領都に店があるのは当然だが、国外にも店を持っている商会は多い。

 大多数の商会がメインとなるオリジナル商品をいくつか持ち、他にも不動産・魔石販売・乗合馬車・燃料となる魔鉱石等の販売も手掛けている。

 コルランドル王国には、大商会と呼ばれている商会が二つあり、織物・衣料品・装飾品を主力商品として製造販売している【フロランタン商会】と、銀製品・陶器類・ガラス類を主力商品として製造販売している【モンブラン商会】がある。

◎ 二番目に大きな組織は、大商団と言われるもので、王都や領都に店をいくつか持っていて、各領主と商業ギルドの許可と、保証料として金貨30枚(300万円)が必要だ。

 大商団と言われている商団は、現在15くらいある。
 商会が素材から製品を作り出しているのに対し、大商団は自分の所で商品を作ることは少ない。各地で作られた製品を仕入れて店で売る。稀にオリジナル商品を開発している大商団もある。

◎ 三番目が普通の商団で、俺が働いているポルポル商団がこれにあたる。王都又は領都に店を構えていて、商業ギルドの許可と金貨5枚(50万円)の登録料が必要だ。

 大商団との違いは、商品を仕入れながら売り歩き、店舗販売している点だ。
 ポルポル商団のように、オリジナル製品を作っているのは珍しい。

◎ 四番目は普通の商店や宿屋や屋台などで、商業ギルドの許可と金貨2枚の登録料が必要だ。
 いわゆる個人商店であり、中には数店舗を経営していることもある。





 俺の向かうコースのメンバーは、ポル団長と、護衛も兼ねているCランク冒険者のヘイドさん、優しくて力持ちのネルソンさん、Eランク冒険者でまだ見習いのダンさんと俺を含めた5人である。
 2台の荷馬車で移動していて、現在先頭の荷馬車の御者はヘイドさん。後続の荷馬車の御者はダンさんだ。

 サナへ領とサーシム領の境には、龍山を源流とする大河が横たわっていて、その周辺には小さな森が点在している。
 時々大きな獣や魔獣が出没するので、冒険者でもある2人が御者台から睨みを利かせている。

 俺は先頭の荷馬車に乗って、夜の見張り当番のために仮眠を取っていた。
 すると突然荷馬車が止まり、Cランク冒険者でもあるヘイドさんが俺を起こした。

「アコル、前方で馬車が魔獣に襲われている! 数が多い。放っておけばこちらにも来るだろう。馬と荷馬車はここで待機させる。出れるか?」

「はいヘイドさん、行きます!」

 俺は急いで短剣を装着し、マジックバッグ入りの小型リュックを背負って荷馬車から下りた。
 ヘイドさんは後続の馬車にも指示を出し、全員を武装させると、後のことを団長に任せて走り出した。俺も身体強化を使って追い掛ける。

「信じられない、あれはボアウルフだ。なんでこんな場所にいるんだ! アコル、お前は後方から使える魔法攻撃を頼む。決して前に出るな!」

 ヘイドさんは大声で叫びながら俺に指示を出す。

「クソッ!中級魔獣の群れとか有り得ない」と言いながら、スピードを上げる。
 襲われているのは大きな荷馬車が2台と、馬車が1台だ。

 護衛と思われる傭兵か冒険者の数は7人。随分と護衛の人数は多いようだけど、ボアウルフの数は10頭くらい。既に仕留められたボアウルフが道に倒れているので、元の数は13頭くらいだろう。

 護衛の中に魔法の上手い人がいて、土魔法を使って商団?の荷馬車の周りに土壁を出現させた。
 その高さは3メートルくらいで、シルバーウルフだと飛び越えられないが、ボアウルフはどうなんだろうと心配になる。
 Cランク冒険者のヘイドさんは、水魔法と火魔法の攻撃が得意で、尖った拳大の氷を作り出してボアウルフを攻撃し始めた。

 俺は後方支援をするため、全体の人数や護衛の配置を確かめなければならない。
 後方支援には、護衛である傭兵や冒険者を助ける場合と、護衛対象者を助ける場合の二つがあり、今回のように護衛する人数が多い場合は、弱者である護衛対象者を守る方が重要だ。

 要するに、護衛が取りこぼしたボアウルフに誰かが襲われたり、危険が迫った場合に助けに入るのだ。

 護衛していたのは、どうやらCランク……いや、Bランクの冒険者も混じっているようで、エアーカッターが飛び交っている。が、しかし、エアーカッターが2・3発当たったくらいではボアウルフを倒せない。

 ファイヤーボール系では、炎のスピードが遅くて躱されてしまう。
 火炎系魔法も、数メートルの広範囲に展開させるか、高温の火弾を10発くらい同時に放てないと意味がない。

 俺は父さんと一緒に、シルバーウルフの群れと戦ったことがある。だから、俊敏で跳躍力のあるウルフ系の奴等と戦う時はスピード勝負になると知っている。

 ちょっとイライラしながら皆の戦い方を見ていると、群れのリーダーらしき一際大きな3メートルくらい体長がありそうな個体が、馬車の周りをうろつき始めた。

 ……まさか馬車の中に人が残っているのか?

 あっ!っと思った時には、リーダーらしきヤツがドーンと大きな音を立てて、馬車に体当たりを始めていた。巨体に体当たりされているのにも拘わらず、馬車は大破することもなく持ちこたえている。

 ……特別仕様車の馬車かな? だから逃げずに馬車に残ったのかも。

「ああぁっー! 一頭飛んだぞ」と誰かが叫んだので振り返ると、小型のボアウルフが壁を越えようとしていた。越えてしまうと中にいる人たちは無抵抗で襲われてしまう。

 俺はジャンプしたボアウルフを視線の端に捉えた瞬間に、エアーカッターを放っていた。
 普通のエアーカッターでは首を落とせないので、いつもの倍以上の大きさをイメージしてみた。

「ギャーッ!!!」と大きな悲鳴が聞こえて、失敗したかと焦ったが、直ぐその後に「頭がー!」と聞こえたので、首から上だけが土壁の中に落ちたようだと安堵した。

 視線を馬車に戻すと、馬車が横倒しにされるところだった。

 ……まずい。嫌な予感がする。

 ウルフ系の魔獣は頭がいい。馬車が横倒しにされた側には、角がたくさんあるゴツゴツした大きな1メートルくらいの高さの岩があった。
 バーン、バリバリと嫌な音が響いて、見ると倒れた側にあったドアに岩が食い込み、窓ガラスが割れていた。

 音がした馬車の方に全員視線を向けるが、護衛全員が其々眼前のボアウルフと1対1で対峙しており、とても動ける状態ではなかった。
 リーダーらしきボアウルフだけ、誰も対戦相手がおらずフリーで動いていた。 
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