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商人見習い

5 マジックバッグの素材

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 いつの間にか、王都に来てから2ヶ月が過ぎていた。

 冬の間、ポルポル商団の仕事は二つに分かれる。
 一つは王都で薬の販売と製造をする仕事。もう一つは薬瓶や苦い薬の味を良くする為のドライフルーツの買い付けに行く仕事だ。

 俺としたら西にあるワイコリーム領に買い付けに行きたかったけど、薬の製造を手伝う仕事に振り分けられてしまった。

 でもそれは、薬草を乾燥させたり木の皮を剥いたり、茎と葉を分けたり煮詰めたりする薬の製造過程を、俺に勉強させようと考えてくれたポル団長の配慮からだった。

 薬草の多くは乾燥したものを煎じて飲むのだが、上級の薬はポーションと呼ばれ、液体化した物を瓶に入れて販売する。
 その工程は各店の極秘事項だが、俺は母さんから既に見せてもらっていたから、素材を伏せて特別に見学することを許された。

 薬屋で販売できるのは、B級魔術師以上の資格持ちで、王立高学院の薬師コースを卒業した、薬師の資格を持つ者が精製したポーションに限られている。

 俺の母さんは高学院時代に魔法部に在学し、薬師コースを選択していたから作れるのだった。
 だが薬師もどきの魔術師が、闇で作る粗悪なポーションもあるらしい。

 準男爵家とはいえ貴族令嬢だった母さんは、15歳から入学する王立高学院を卒業した才女だった。

 王立高学院は、伯爵家以上の上級貴族の子供なら無試験で入学できるが、子爵家以下の貴族や平民は、超難しい試験に合格しないと入学できないらしい。

 そして魔法部は、魔力量が多い貴族や秀才しか在学できず、卒業すれば間違いなくエリートコースへの道が開かれていた。

 ただ、うちの母さんは、卒業後に30歳も年上の男爵の側室として結婚させられそうになり、逃げるように家出をしたらしく、魔法省や王宮で働くことが出来なかった。

 18歳で家出をしたお嬢さまの母さんが選んだのが、なんと冒険者だった。
 美人なうえに魔術も使えて、薬師の勉強もしていた母さんを誘う者はたくさんいて、中には邪な考えで母さんを強引に取り込もうとした輩もいたらしい。

 高学院の魔法部卒業者は、Cランクの冒険者からスタートができたようで、そこら辺の邪な弱い奴は、実力で返り討ちにしていたと、知り合った頃の母さんを思い出しながら、ちょっと遠い目をして父さんが教えてくれた。

 そんな逞しい母さんを助けて、俺は薬を扱う大商人になりたい。
 今の仕事は学校に行くよりも得難い勉強をさせて貰えているから、真面目に働いて早く知識を身に付けたい。

「アコル、明日の休みは図書館か?」

「はいバイズ店長。また店の許可証を使ってもいいですか?」

 今日は事務の仕事で、久し振りに下級地区に在る店に来ていた。
 計算仕事も出来ると知った店長から、月に何度か店の方に呼ばれるようになってきた。

 店長のバイズさんに、もっと薬草のことを学びたいと相談したら、王立図書館を勧められた。

 王立図書館は中級地区にあり、入館料の小銀貨1枚(千円)を払い、中級地区の入場許可証さえあれば、誰でも入館できる夢のような図書館だった。
 蔵書量は当然王国一だし、専門書も多くあり薬草や医学書も置いてあった。

 コルランドル王国は印刷技術が他国よりも進んでいて、手書きの本よりも印刷した本はまだ少ないとは言え、大陸一の図書館だと司書の人が自慢していた。

 何よりも素晴らしいのが、持ち出し禁止とはいえ庶民も入館が許されていることと、入館料が他国の10分の1の料金だということだ。
 王立図書館を作った当時の王様に感謝しよう。ありがとうございます。

「ああ構わないぞ。それにしてもアコル、月に三日しかない休みを全て図書館通いに使うとは、お前は本当に変わってるな。たまには遊んだらどうだ?」

「いえいえ、遊びに小銀貨を使うか図書館に使うかって考えたら、俺にとっては図書館の方が楽しい場所だっただけです」

 机の上の帳簿や伝票を片付けながら、俺はバイズさんから許可証を受け取った。
 今夜は店の屋根裏部屋に泊めてもらって、明日は開館と同時に図書館に突入だ。

 そして迎えた休日、今日は初めて魔術関連の本棚に向かう。
 どうやっても完成しない、マジックバッグの作り方を調べるためだ。
 
 ……なんだこれは! 誰でも分かる魔術の基礎? 君も魔術師を目指そう? Sランク冒険者の魔術?・・・わお! お宝本が山のようにあるじゃないか。

 そして上級魔術指南書という本を手に取りめくると、う~ん……表現が曖昧というか分かり辛い。

 風よ渦を巻け天に届くまで・・・って詠唱が書いてあるけど、具体的にどうやって発動させるかが分からない。
 つむじ風のような絵が描いてあるが、これってどうなんだろう?

 何冊か読んでみたけど、俺の持っている【上級魔法と覇王の遺言】の本の方が理解し易かった。

 残念ながら魔法陣に関する本は禁書になっていて、一般人は読むことができなかった。
 まあ、それは仕方ないことだろう。

 魔法陣は、上級魔法師が血と汗と努力の賜物として作り出すものだし、内容によっては悪用されるとヤバイものもあるだろう。

 ……どうしてあんな凄い本が、我が家の武器箱なんかに入れてあったんだろう?

 閉館時間ギリギリで、俺はようやくマジックバッグに関する記述を見つけた。

 なんと、マジックバッグに使う素材の皮は、魔獣のものでなければならないらしい。
 それも、強い魔獣であればあるほど、収納できる大きさが広くなるらしい。

 なんだよ、どうりで何度やっても完成しないはずだ。
 俺が持っていた素材は魔獣の皮ではなく、普通の獣の皮だった。ショック!

 ……で、あれば、店で買うと金貨が必要になるから、自分で倒して用意するしかない。

 ……魔獣・・・王都には居ないなぁ・・・残念。

 


 そして3月。今日から北に向かって商団は旅に出る。

 王都ダージリンの東隣のマギ領を経由し、北の隣国アッサム帝国と隣接している、ワートン領で薬とポーションを売り、ワートン領で上質のお茶を仕入れる。

 その後、東南に移動して、東の隣国ホバーロフ王国と隣接しているレイム領で、農機具や薬草の種を仕入れて、またマギ領を経由して王都に戻ってくる。

 途中で通過するマギ領には、コルランドル王国で一番高い龍山の登山口がある。

 龍山はマギ領と王都ダージリン、サナへ領の領境に聳え立つ標高5千メートルを超える山で、サナへ領側は絶壁部分が多く登りにくいので、魔獣討伐や素材採取に向かう冒険者たちは、マギ領側から山に入っていく。

 龍山といえば、年末に冒険者ギルドで会ったDランク冒険者たちが、アースドラゴンが出たと叫んでいた山である。
 龍山という名前からも推測できるが、山の中腹よりも上に登ると色々なドラゴンが生息しているらしい。なので、頂上まで登った冒険者は居ないとか。

 ……アースドラゴンの皮だったら、きっとマジックバッグも成功するだろう。戦ったことはないけど。

「アコル、残念だが往路は龍山の近くは通らないぞ。復路はマギ領の領都に滞在するから、その時に5日ほど休みをやろう。ギルドの依頼を受けるのは暫くの我慢だ」

「はいポル団長。それまでは薬草採取を頑張ります」

 俺が冒険者登録したと知った団長が、笑いながらレベル上げのための休みをくれる予定だと教えてくれた。

「それにしても、なんでFランクスタートなんだアコル?」

「ああ、登録している最中に、変異種が出たとかアースドラゴンが出たと言って、多くの冒険者がギルドになだれ込んできて、攻撃魔法テストを受けられなかったんです。Fランクスタートなら直ぐに登録できるからと言われて」

 今回も同行しているCランク冒険者でもあるヘイドさんが、テストを受けていたら絶対にEランクだっただろうと、俺の不運に同情してくれた。

「もしも上のランクの魔獣を倒したら、俺とパーティーを組んでいたことにすればいい。Aランクの両親に鍛えられていたんだ。本当はDランクくらいだろうアコル?」

「えっ? どうなんでしょう……父さんと一緒ならシルバーウルフも倒せたんですが、単独で倒せるかどうか……」

 シルバーウルフくらいはサクッと倒せるんだけど、母さんに本当の実力は言わないと約束している。それに自分の実力がどのくらいなのかは、本当のところ自分でも分からない。



 3月中旬には目的地であるワートン領に到着し、商品を全て売り捌いた。
 4月初旬にレイム領で無事に仕入れも済ませ、4月中旬には待ちに待ったマギ領の領都に到着した。

 ここまでの道中、いつものように夕食前の狩りを担当させてもらい、偶然小型の魔獣なんかも倒していた。
 今回は商団の人数と荷馬車も1台増えていて、狩りの時間も長めに貰ったので、こっそりと魔法や技の練習もできた。本当に皆さん好い人ばかりだ。



 さあ、いよいよ5日間の休暇だ!

 少しの時間も無駄にしたくないから、早朝マギ領の冒険者ギルドに行き依頼票を確認した。
 まだ新人だから常時依頼の弱い魔物が何なのかを確認し、C~Bランクの依頼票もチラリと見ておいた。

 ゆっくり歩いて行く時間がもったいないので、途中で薬草採取して団長から貰った褒美のお金で馬車に乗った。

 同じ馬車には龍山へ行く冒険者が3人いて、登山口までの6時間、俺は可愛い新人のフリをして、龍山について色々な質問をした。

「本当なら龍山は、Dランク以上の者が挑戦する山なんだが、まあ、登山口にも冒険者ギルドがあるから、新人でも採取できる素材をしっかり確認するんだな」

「200メートルより上に登ると、小型魔獣も出るから気を付けろ。
 Dランクのパーティーに頼んで、一緒に登った方がいいな。

 間違っても500メートルより上には登るなよ。そこからはCランク以上でないと倒せない魔獣が出てくる。
 まあ、途中で狼が出るから、倒すならそのクラスにしとけ」

「はい、ありがとうございます。とても参考になりました」

俺は新人冒険者らしく、深く頭を下げてお礼を言った。

 一緒の馬車に乗った3人の冒険者は同じパーティーで、全員がCランクの冒険者だった。
 だから、残念だけど一緒に登ることはできないと、申し訳なさそうに言いながらも、色々な注意事項を教えてくれた。流石Cランクの余裕だ。

 ……うん、やっぱり弱そうで素直な子供のフリは得をする。いや違った。俺は元々素直で可愛い子供だった。

 登山口の冒険者ギルドで生息する魔獣の種類を確認し、俺は身体強化を使ってどんどん上へと昇っていく。

 ちょうど300メートルくらいの高さまで登ったところで、普通の狼が居たけど魔獣じゃないからスルーして、600メートル地点で遅めの昼ご飯を食べた。

 さて、もう少し登ろうかと腰を上げると、何処からか大きな声が聞こえた。
 耳を澄ますと「逃げろ!」と叫んでいた。

 数分後には、2人の冒険者がケガをした仲間を抱えて降りてきたので、俺は急いで茂みに身を隠した。
 結構強そうな冒険者だったから、現れた魔獣は中級クラスよりも強い魔獣なのかもしれない。

 俺は気を引き締めて、音のする方へと急いで向かった。

 するとその先には少し開けた場所があり、小さな泉の前には、大蜥蜴とかげを巨大化して鋭い牙と尖ったヒレを背中につけた怪物ばけものが居た。

 ……アースドラゴンだ。

 アースドラゴンと思われる魔獣は、一人の赤髪の大男と対峙していた。

 濃いブルーの瞳でアースドラゴンを睨みながら大剣を構えているが、対するアースドラゴンは2頭。
 しかも一頭は体が銀色で、この世のものとは思えない、禍々しい輝きを放っていた。  
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