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66 ゴールデンウィーク(5)

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◇◇ 夏木 伯 ◇◇

「おはよう春樹、今朝は俺が朝食の準備するから、まだ寝ていていいよ」
「う、う~ん、ごめん伯、それじゃあ先に水をお願い」

下着も着けずバスローブで眠ってしまった春樹が、まだ眠そうに毛布にくるまったまま水の催促をする。
 今日の俺は、春樹のためなら何だってしてやりたいと思う。
 昨夜は調子に乗って無理をさせた。その自覚は大いにある。
 春樹が感じてくれて、気持ち良さそうな声を上げ始めてから、俺は自重できなくなった。
 お互い初めてのことばかりで手探りだったけど、副社長のDVDのお陰か春樹もイクことができた。

 決して自分が上手くなったとは思ってないけど、この日のために腹筋を鍛えたり、忙しい中でも時間を作って体力作りもした。
 俺にとって今回の旅行はリベンジも兼ねていた訳で、何が何でも頑張りたかった。いろいろと協力してくれた副社長のためにも失敗したくなかった。
 何よりも、悠希先輩に情けない男だと思われたままでいたくなかった。

 ただ残念だったのは、終わった後こそ大事だと聞いていたから、春樹と一緒に風呂に入って体を洗ってやったり、体を拭いてやったり、一緒にスポドリ飲んだり、寝転がって話をしたり、優しく抱き合ったりする予定だっやけど、それらは全てできなかった。
 無理させ過ぎたのか、春樹はイッた後で直ぐに水が飲みたいと言い出した。スポドリなら用意していたけど、どうしても水がいいって言うから、俺はバスローブを羽織ってキッチンへと走った。

 セックスの後の余韻を楽しむ間もなく、水を飲んだ春樹はシャワーも浴びずに寝たいと言いだし、俺がシャワーを浴びて寝室に戻った時には眠っていた。
 最低限必要だと思うところだけ、お湯で濡らしたタオルで体を拭いたけど、その時も全く目を覚まさず、まるで睡眠薬でも飲んだかのように深く眠っていた。

 それでも春樹の寝顔をニタニタしながら眺め、頬に軽くキスしたり出来たから夢見もよかった。
 久し振りに夢に出てきたエイブは、ずっと笑っていた。
 ラルカンドと二人で、海を見ながら幸せそうに笑っていた。だから、泣きながら目覚めた訳ではなく、普通に目を覚ますことができた。

 春樹を抱いている途中で、上気した春樹の色っぽい顔や潤んだ青い瞳を見て、俺の目には春樹がラルカンドに見えた瞬間が何度もあった。
 青い髪を撫でている時も、白い肌に印を付けるようにキスをしている時も、ふと見た春樹がラルカンドに見えていた。きっと俺の瞳を通してエイブがラルカンドを見ているのだと感じた。

 ……満足しただろうエイブ?
 ……でも、悪いけど、春樹が俺を伯と呼んでいる時は、俺はお前になってやれない。それでも、お前は夢の中で笑ってたから、きっと幸せを感じたんだろうな。


 水を汲んで寝室に戻ると、ベッドから起きた春樹が鞄の中から薬を出して手に握っていた。
 少し頭が痛いから、軽い頭痛薬を飲めば大丈夫だと言って微笑んだけど、心配になった俺が病院に行こうと言うと「誰かさんのせいで、興奮し過ぎた」と言って、俺を睨んで唇を尖らせた。
 そんな春樹の怒った顔も可愛くて、「ごめんごめん」と言いながら俺は春樹の頬にキスをする。
 時刻は午前8時。薬を飲んだ春樹はシャワーを浴びるためバスルームに向かい、俺は朝食の準備のためキッチンに向かった。



 朝食もあまり食べなかった春樹を心配したけど、スタジオで【セレナーデ】の練習を始めた頃には顔色もよくなっていた。なんでも、中学の時からの頭痛持ちらしく、頭痛薬はいつも常備していて飲めば治まるから心配は要らないと春樹は言った。

 昼前に副社長が迎えに来る予定なので、少しでも【セレナーデ】を完璧に歌おうとしたけど、春樹のように高音域が広くない俺は、ラストのサビは楽譜と違う歌い方にした。
 それでもなんとか、俺は春樹に歌を捧げて、春樹バージョンと俺バージョンで【セレナーデ】を録画した。


「いいんじゃないか。高校生らしいというか、若さを感じる曲に仕上がっている。春樹、アルバムの新曲には入れられないけど、このままDVDで使うかもしれない。伯と一緒に歌ってる【オレンジの雲】も入れてみるか?」

昼食後に録画を確認した副社長が、商売人の顔をして春樹に問う。

「時間制限に問題ないなら入れてもいいですよ。でも、画像は大丈夫ですか?」
「ああ、そこは悠希が何とかするだろう」
「えっ!俺と春樹のデュエット曲を、悠希先輩が編集するんですか副社長?」
「ああ、悠希なら、仕事をきちんとこなすだろう」

 副社長はそう言うけど、きっと悠希先輩は気分が悪いだろう。
 俺と春樹がここに泊まったことも知ることになるし、幸せそうに歌っている春樹と俺の様子を見て、悔しい思いをするはずだ。もしも俺が悠希先輩の立場だったら耐えられない。
 副社長だって悠希先輩の気持ちは知っているだろうに、どういうつもりなんだろう? 悠希先輩に春樹を諦めさせたいのか、ただ単に仕事として考えているのか、俺なんかじゃ副社長の気持ちは推し量れない。

 午後3時には、混雑を考慮して新横浜駅まで春樹を送ることになった。
 俺と春樹と副社長は、新横浜駅に到着するまでずっと、1990年代以降の洋楽やポップスの話題で盛り上がった。
 楽しいドライブのつもりでも、別れの時間が近付けば寂しさが込み上げてくる。
 俺は春樹の手を握って寂しさを紛らわせる。男のくせにと思われても構わない。俺たちは遠距離恋愛だし、春樹が東京に来たからと言って、絶対に会える訳じゃない。もう一度キスしたいと思うけど、春樹は人前でキスすることを嫌う。だから我慢する。

 車を下りる寸前で、春樹は俺の頬にキスをして「またね伯、バイバイ」と言って笑いながらドアを閉めた。
 いつもの明るい笑顔だったけど、なんだか空元気で笑ったような気がして、俺は不安になり人混みに消えていく春樹を視線で追いかける。

「伯、恋人の春樹が笑っているのに、お前がそんな情けない顔をしてどうする。これから春樹は6月末まで、仕事で度々東京に来る。これからは、必ず笑顔で春樹を見送れ!分かったな!」

「分かってます。分かってるけど……また直ぐにでも会いたい・・・は~っ、せめてホームまで見送ればよかった」

「この連休に、お前たちが私の別荘で過ごしたことを悠希は知っている。
 伯、春樹は悠希に隠し事をしない。そしてお前にも正直に話しているはずだ。
 確かに悠希と過ごした時間の全てを、お前に話している訳ではないだろう。お前と過ごした時間だって、楽しかったよと報告するくらいに違いない。
 でも、今お前は、悠希には決して与えられない時間を春樹と過ごしている。
 ふうっ・・・それで、今回は上手くいったのか?」

「はい。お陰様で……あの、いろいろとありがとうございました」

 急に恥ずかしくなって顔が熱くなるが、全てを段取りしてくれた副社長に対して、今更恥ずかしがっても仕方ない。ここは正直にお礼を言っておこう。

「でも、どうして副社長は俺たちにそこまでしてくれるんですか?」

「全ては春樹のためであり音楽のためだ。昔から音楽家の恋は、作品に大きな影響を与えてきた。
 私は春樹の作る作品を気に入っている。
 高校生とは思えない表現力と繊細さ、類いまれな才能・・・その才能の全てを活かしてやりたい。
 小さな体の中に秘めた情熱も激しさも、曲という作品にして昇華させてやりたい。

 まあ、それも間違いなく本心だが、前世のソラタの罪滅ぼしもあるだろうな。
 そして、前世的に言うなら、王子に対する贖罪だ。
 ラルカンドを守りながら役に立ちたいという王子の願いを、今度こそ本当に叶えていただくためだ」

 後部座席から見える副社長の顔は、憂いに満ちた大人の表情をしていた。
 考えてみれば悠希先輩も副社長も、自分の好きな男性ひとには、他に好きな相手がいる。俺だって、恋人として選んでもらったけど、春樹は悠希先輩も好きだ。
 そう考えると、俺の愛し方と、悠希先輩や副社長の愛し方では大きな違いがある。

 ……俺にはきっと無理だ。ただ相手の望むことを叶えようとする愛し方なんて、俺には、今の俺にはできない。春樹が好きだから付き合いたくて、春樹が欲しいから抱きたい。そんな俺は……何かを間違えているのだろうか?

 俺に出来ることは、春樹を束縛しないことと、悠希先輩を好きな春樹を受け入れることくらいだ。
 それだって、本当は嫌だ。俺よりもたくさんの時間を、春樹と一緒に過ごしてきた悠希先輩が気に入らない。やっと、やっと体はひとつになれたけど、春樹の心はひとつじゃない。

「は~っ、人の恋路をとやかく言うのも疲れるな。まあ・・・お前はそのままでいい。それを春樹も望んでいるだろうからな」

「なんだか俺だけ子ども扱いされてる気がしますが、俺は俺なりに春樹を守ります。春樹がいつも笑っていられるように頑張ります」

 それ以上副社長は俺と春樹のことに言及しなかった。
 事務所に戻るまで、副社長は車の中でずっとジャズを流していたので、俺はすっかりジャズが好きになった。軽快なリズムのジャズに、しばし寂しさを忘れさせてもらった。

 ……やっぱり副社長はカッコイイ大人だ。

 祖父の家に帰った俺は、春樹に会いたい想いを言葉で綴った。
 春樹の歌声……優しい声……すねた顔、苦しそうな顔、蕩けるような顔、可愛い寝顔、明るい笑顔。
 見上げた夜空……誓った想い……どこまでも続く星空……無限の宇宙。握った手と手……引き寄せて……抱きしめて、ああ、君が好きだ。
 甘い声……切ない声……絡めて、吸って、奪っていく。体が疼いて……我慢できない。

 ……ああぁダメだ。春樹を抱きたい。この疼きはなんだ? これから何度もこれを経験するのか?

 さっき別れたばかりなのに、もう音を上げたくなる。
 気付くと何度も溜息をついていて、春樹が恋しい。そうだ、電話をしよう!と思ったら、春樹からラインがきた。

《春樹》 こんばんは。こんな寂しい夜は、バラードばかりが頭に浮かぶね。会いたいって言葉を何度も書きたくなるから、これから宿題をすることにする。
《伯》  こんばんは。俺は好きだって言葉を何度も書いたよ。そう言えば、俺も宿題があったような気がする。
《春樹》 明日が日曜でよかった。月曜には中間試験の範囲発表だよ、ふうっ。
《伯》  うちの学校は前期・後期制だから大丈夫。でも、その分試験範囲がめちゃくちゃ広い。そして、レポート課題が多い。
《春樹》 頑張る伯がいるから俺も頑張れる。試験最終日の19日㈯からレコーディングのため、東京に行きます。暫く学校を休むけど、俺の本気を見せてやる。
《伯》  おお頑張れ! アルバム発売後の学校の奴らが驚く顔を見てみたい。
《春樹》 いや、その頃俺は、早めに夏休みをとってハワイでバカンスだ。
《伯》  うちの学校の夏休みは大学と同じで、スタートが8月過ぎてからだ。
《春樹》 そうなんだ。お盆には帰ってくるだろう? こっそりデートしよう!
《伯》  泊まり? 泊まりたい! 絶対に泊まろう。
《春樹》 エッチなことしないなら、俺の家に泊まっていいよ。
《伯》  そんな難しいことできない!
《春樹》 あっ! そう言えば啓太とオープンキャンパスに行かなきゃ。さあ、勉強しよう。じゃあね伯。大好きだよ。
《伯》  俺も大好きだよ春樹。

 なんか、はぐらかされた気がする・・・啓太かぁ・・・そう言えば約束してたな。
 アルバムが発売されたら、啓太は心配で夜が眠れなくなるんじゃないかな?
 きっと目つきが悪くなって、春樹に近付く者を、いや、春樹に視線を向けた者を、威嚇しまくるに違いない。啓太に胃薬でも送ってやろう。
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