上 下
63 / 100

63 ゴールデンウィーク(2)

しおりを挟む
 青い海が一望できるその別荘は、きちんと手入れされ、昭和の時代に建てられた別荘ものとは思えないくらい、モダンで洒落ていた。
 一階に入ると、いきなりザ・お金持ちの別荘という光景が目に入ってきた。
 絶対に輸入家具だと思う革張りのソファーやスツールには、やっぱり日本製じゃないよねと思われる素敵なクッションが多数置かれている。黒に近い焦茶のテーブルやサイドボードも、派手じゃない上品な家具だった。観葉植物は効果的に癒しを与える位置に置かれており、当然天井には空気を循環させるやつがクルクル回っていた。

 20畳以上ある広さのリビングの隣は、右側がメインベッドルームで、左側が客室用のベッドルームだった。
 リビングの奥には、パントリー付きダイニングキッチンがあり、廊下の先に海の見えるバスルームとトイレがある。ダイニングキッチンとトイレ以外は、どの部屋からも海が見えた。
 天井の低い中二階に上がると、6畳ほどの書斎があり、備え付けの書棚には、副社長のお爺様が集められたと思われる、たくさんの洋書が並んでいた。ゆっくり本が読めるように、窓辺にはリクライニングの椅子と長椅子が置いてある。

 残りのひと部屋が、今回仕事で使用するスタジオ代わりの部屋だった。
 スタジオ代わりの部屋は元々シアタールームだったようで、広さは10畳くらいで防音シートが貼られている。嵌め込み式の細長い窓が、大人が立った目線の高さと、座った時の目線の高さに配置されており、開閉できないけど眺めは絶景だった。
 既に機材が持ち込まれていて、マイクスタンドや椅子、最新のキーボードまであった。

「お帰りなさいませあきら坊ちゃん。お客様もようこそ。この別荘の管理人をしている椎木です。直ぐにお茶の準備をいたしますね」

 2階から降りてきた俺たちを、管理人の椎木さんが優しく迎えてくれた。
 椎木さんは60代くらいで、明るくてとても感じのいい人だ。副社長を惺坊ちゃんと呼ぶくらいだから、子供時代の副社長を知っているに違いない。
 俺と伯は椎木さんに挨拶して、早速リビングからの景色を堪能する。開け放たれている窓から、5月の爽やかな風が吹き込んできて、微かに潮の香りがした。

「一休みしたらスタジオの機材の説明をする。少し試し撮りをするから、ギターを移動しておいてくれ。寝室はツーベッドの部屋を使えばいい。飲み物も食べ物も揃っているはずだから、くれぐれも外出しないように。あぁ、それから……洗濯物は午前9時までに出せば洗ってくれる」

「副社長、二日分の洗濯物なんて帰ってからしますから大丈夫ですよ」
「フ~ッ、春樹、バスタオルとかシーツの交換がいるだろうが。汚すようなら大判のバスタオルを使え。もちろん普通の洗濯物も出していい」

みなまで言わせるな!と、副社長が溜息をつきながら疲れたように言う。
 俺と伯は顔を見合わせて赤くなり、俺は恥ずかしくて両手で顔を覆った。

 ……その気遣いは有難いけど、恥ずかし過ぎだよ副社長!そんなことは、こっそりと伯に言えばいいじゃん。来た早々プレッシャーがかかるじゃんか!

「お茶を飲んだら、春樹はギターを移動して、伯は荷物を寝室に移動だ」

 せっかく金持ち気分を味わっていたのに、お茶くらいのんびり飲ませて欲しい。
 結局副社長は、1時間くらいで東京にとんぼ返りしていった。お疲れ様です。



 午後6時半の夕食時間まで、伯と2人で曲作りに取り掛かることにした。
 スタジオの床に並んで座り、壁にもたれ掛かってキラキラ輝く青い海を見る。

「せっかくだから、海に関係する曲を作ろうか伯」
「そうだな。恋人たちが砂浜で戯れるとか、砂浜に文字を書くとか、水着、ビーチパラソル、サーフボード、海の家、それから・・・」
「それから、砂浜で見上げる夜空、煌めく星々、ふと触れる指先、波音を聞きながらキスして、永遠の愛を誓う」
「うーん、やっぱり春樹と俺では、浮かんでくる言葉というか情景が違うんだな」

伯は言った言葉をノートに書きながら、自信がなくなりそうだとぼやく。

「えっ? 俺は伯としたいことを言葉にしたんだけど? まあ、浜辺じゃないけど、この別荘からだって星空は綺麗に見えそうだ」
「なるほど、キスして永遠の愛を誓うのか・・・それ、いいね」

伯が嬉しそうに、本当に嬉しそうにそう言って、俺の頬にキスをする。

「流れ星、祈り、肩の温もり、肌と肌が触れて……抱き合う二人。指先が愛を求めて、体に熱が広がる」
「好きだよって言って、顔を触って、髪を撫でて、首筋にキスをする。……なるほど、こんな感じで春樹は作詞するんだ。おっと、書かなきゃ忘れる」

 せっかくムードが盛り上ってきたのに、伯ときたらこんな場面で優等生気質を発揮する。ふうっ……まあ、そんな真面目な伯も好きだからいいや。
 今言った言葉を懸命に書いている伯の隣で、俺は思い浮かんだメロディーに言葉をのせて、即興で曲を作って歌ってみる。

****♪
 スピカを指差して 君は あれだよって笑うから
 見上げる夜空に 迷子になって 肩が触れる
 波の音が誘うから 何かを誓ってみたくなる
 好きだよ ずっと きっと 永遠に
****♪

「こんなのどう伯? こんな感じのサビって」
「は~っ、凄くいいよ。春樹・・・キスしたい」
「えっ? 今? なんで? ちょ、伯・・・」

 いったい何処で伯のスイッチを入れたんだろうか? 伯がとろんとした瞳で俺を見て、チュッと唇にキスをしてきた。そして優しく抱きしめてくる。

 ……まあいいや。

 それ以上何もせず、ただ緩く抱き合って、互いの温もりを感じ合う。
 なんだか安心して気持ちがいい。こんな時間も愛おしくて「大好き伯」って言ってみる。
「俺も大好きだよ春樹」って返事をする伯の、抱きしめる腕の力が強くなる。

「伯、俺、これから伯を想って曲を作るよ。だから伯も俺を想って曲を作って」
「分かった。でも夜はダメ。今夜は俺に時間をちょうだい」
「・・・うん、分かった。夜は……伯に任せる」

 真っ直ぐ俺を見る伯の瞳に、覚悟を決めた男を感じて、俺はちょっと恥ずかしくなり下を向く。きっと顔が赤くなっている……ような気がする。
 俺は伯の頬にキスを返して、それなら時間を無駄にしないようにと、曲作りを頑張るために気持を切り替える。
「よーし、夕食までにさっきの曲を完成さるぞ!」とやる気を出したら、もう少し抱き合っていたかったと伯に文句を言われた。

 ……う~ん、恋人加減が難しい。

 そんなこんなでじゃれ合いながら、順調に曲を作っていく。
 きちんとした手直しなんかは、今必要じゃない。勢いで作ろうが考え抜いて作ろうが、出来上がらなければ意味がない。
 言葉ノートと五線譜ノートに書き込みながら曲を作る伯と、ボイスレコーダーやスマホに歌いながら吹き込むやり方の俺とでは、曲作りの方法が違うけど、お互いにいい刺激になっていると思う。

 伯は床に直接座りギターを弾きながら、出来たパートをノートに書き込んでいく。伯は楽譜を見てバランスを考えながら作るタイプだ。
 俺は2人掛のソファーに座ったり、窓辺に立ったりしながら、ラララでハミングしたり、頭に浮かんだ言葉を録音していく。ギターを手に取るのは、録音を再生して殆ど曲が出来上がってからになる。

 そうこうしていると、直ぐに夕食の時間になってしまった。
 管理人の椎木さんが作ってくれた料理はどれも美味しくて、魚の煮付けは絶品だった。デザートのムースまで手作りで驚いた。

「それでは、明日の朝9時に参りますね。朝食用のサラダは冷蔵庫の中に入れてあります。ハムやソーセージ、卵などはお好きにお使いください。パンは数種類用意してありますので、お好みで温めてください。それから、戸締りをよろしくお願いいたします」

「「いろいろありがとうございます椎木さん。きちんと戸締りします」」

俺と伯は仲良くハモリながらお礼を言った。
 お風呂はスイッチ一つで自動で溜まるから、入りたい時間の15分前にスイッチを押してくださいねと説明して、椎木さんは帰っていった。


 満腹になった俺たちは、お風呂の前に星を見ることにして、暗くなるまでお互いの学校生活の話をした。
 伯の学校はプロ活動している有名人が結構いて、アマチュアだけど有名な学生も多数在学してるから、大して目立たないけど、時々こっそりサインを求められるそうだ。
 休むことは少なく、早退の方が多いので、6・7時限目の授業の抜けをカバーするため、友達に頼みノートを写メって送信して貰っているらしい。見返りはライブチケットで充分喜んでくれるとのこと。

 俺たちは毎日のようにラインしたり電話してるけど、お互い心配させないようマイナスな話題を出さない。だから、俺が学校で微妙な立ち位置にいることを話したら、田舎だからなぁと言って、伯は悲しそうな顔をした。
 俺が絶対に上京する気がないことを知っているから、東京に来いとも言えない伯は、「辛くなったらちゃんと言って」とか「もっと俺に甘えて欲しい」と言って、辛そうに俺を抱きしめた。


「伯、さっき作った曲の中に出てきたスピカは、春の大三角の一つで乙女座なんだ。その上の明るい星がアークトゥルス。2つの星を弧を描くように結ぶと北斗七星に辿り着くんだ」

「本当だ。明け方まで雨だったから、今夜は星が綺麗だね」

 俺たちはリビングルームの前のウッドデッキに出て、手を繋いで夜空を見上げる。
 夜の海風はまだ少し肌寒くて、2人で一枚の薄い毛布にくるまって、肩の温もりを感じ合う。

 ……ああ、幸せだ。副社長、素敵な時間をありがとうございます。

「午前零時くらいになると、もっとたくさんの星が見えるんだろうな」
「うん……そうだけど、春樹……俺は・・・」
「分かってる。そろそろ一緒にお風呂に入る?」
「そ、そうだな。あっ、そう言えば副社長が、風呂に入る前に見ろって、DVDを置いていったけど・・・えっと・・・一緒に見よう」

 ……あれ? あんなに一緒にお風呂に入りたがっていたのに、この期に及んでDVD? いったい何の?

 俺は首を傾げながらも、今夜は伯を信じて全てを委ねようと思っていたから、戸締りをして伯の言う通りに寝室のテレビの前に行く。
 テレビの前には2人掛けのソファーがあるので、俺は大人しく座って待つ。

「ええっと……春樹は、男同士のセックスについて、ど、どれだけ知ってる?」
「えっ?……あ、改めて訊かれても、俺は……ぼんやりとしか知らない……かな」
「そ、そうなんだ。これ、副社長が春樹のために見とけって」

なんだが凄く緊張した声で、伯が2つのDVDのパッケージを俺の前で見せた。

「こっち( 初めてのセックス・知っておくこと )がお風呂の前で、こっち( 初めてのセックスを楽しむ )はお風呂の後で見るようにって」

伯が顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうにDVDの説明をする。

「ええっと……これは……もしかしてハウツーDVD? ギャ~ッ!恥ずかしすぎる! 副社長のバカー!」

俺は恥ずかし過ぎて、顔から火が出そうなほど真っ赤になりながら、いったいどうしたらいいんだー!って頭を抱えてしまった。

「春樹が嫌なら見ない」
「ううぅぅ~っ、見るよ。見させていただきますとも!」と言って、俺は半分涙目になりながらテーブルをドンドンと叩いた。

 伯はお風呂のスイッチを入れて、寝室に戻ってくると灯りを薄暗くした。 
しおりを挟む

処理中です...