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52 ひとつの答え

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 専用ラウンジでのんびりと朝食を摂りながら、起動し始めた大都会の街を眺めていると、若い男性の言い争うような声が聞こえてきた。

「もう会わないってどういうことだよ!」
「もういい!言ってもどうせ分からないよ!」
「はあ?やっぱり疑っているんだろう?」
「そんなことじゃないし、とにかく、仕事に私情を挟むな!大人になれと言ってるんだ」

 俺は通路からは見え難い席に座り、大きな窓に向かって食事をしていたが、光の加減で窓ガラスに映った男達が、【アルブート】の2人だと気付いてしまった。

 こんな場所で芸能人がケンカ? しかも痴話喧嘩なのか? と呆れながら、絶対に気付かれないようにしようと思って無視していると、突然後ろから声を掛けられた。

「これは大先生、一人でお食事ですか? さすが売れっ子高校生。一泊10万なんて安いもんでしょうね。優雅で羨ましい。ここ、よく利用するんですか?」

 新人俳優でもあるアルブートのカズが、皮肉たっぷりな言い方で俺の顔を覗き込んできた。今日も黒革のジャケットにシルバーのピアスと指輪をしている。
 最悪だ!なんで気付くんだよ?って心の中で舌打ちして、仕方なく振り返る。

「えっと・・・?」と、俺は誰だか分からない振りをして首を捻ってみる。
「チッ!大先生は、俺たちの顔なんて覚えてないってことか」
「止めろカズヨシ!すみません先生。お食事中にお邪魔しました」

態度の悪いカズの肩を掴んで後ろに押しやりながら、もう一人のアオイさんが謝罪してきた。紺色の細身のロングコートを着て、薄いえんじ色のマフラーを巻き、疲れた表情で申し訳なさそうに頭を下げてくる。
 
「ああ、おはようございます。確かアオイさんでしたっけ? すみません。俺、なかなか人の顔が覚えられなくて・・・よく俺だって分かりましたね」

俺はアオイさんに向かって微笑み、どうして分かったのかと質問する。

「ええ、髪の色と、その……雰囲気でもしかしたらと思ったんです。失礼します。また」

 アオイさんは再び丁寧に頭を下げてから、超不機嫌な顔をしているカズを引き摺るように、急いでカウンターへと移動していった。

 ……しまった!カツラとメガネを忘れてた・・・フ~ッ。それにしても、なんだか今日のアオイさん、色っぽいというか中性的だなぁ……しかもやつれてた……なんであんなヤツと付き合ってるんだ?

 もしも此処が彼等の定宿なら、今後はホテルを変更した方がいいのかな?
 まあ、東京に来るのは2か月に1回くらいだから、問題ないとは思うけど気を付けよう。伯と一緒のところを見られなくて良かった。

 俺は何度かコーヒーやジュースのお代わりをして、外の景色を見ながら次の曲を作っていく。
 期限は今月中で、早ければ早い程いいと北城専務が言っていた。
【あの日の夕焼けを忘れない】の2部のストーリーを思い出しながら、頭に浮かぶ言葉や単語をスマホにメモしていく。
 2部のストーリーは、敵同士になってしまった5人が、主人公の努力によって集合し、本当の敵が誰なのかを知る。そして共に戦おうと誓い合い、真の敵に立ち向かうという内容だった。

**** ♪
 行け 天空の彼方へ 行け 煌めくその先へ
 恐れるものなど何もない 偽らない心 信じる想い ****♪

 なんだか完全に戦う歌になってるなあ・・・もうちょっと恋愛テイストを入れた方がいいかなぁ?
 今回は勇ましい感じの曲調で、カラオケで盛り上がれそうだけど、色や華には欠ける。
 まあ、繋いだ手とか、瞳に愛を宿してとか、何となく恋愛っぽいワードもあるからいいかな。

 ふと時計を見ると、もう11時前だった。
 慌てて部屋に戻って、ぐっすりと寝ている伯を起こし、一緒にスタジオに向かうことにした。
 ほぼイメージが出来たので、みんなにも聴いてもらって、時間が取れそうなら、蒼空先輩に編曲をお願いしよう。

 移動する電車の中で、伯が何度か溜息をつき、ちょっと鬱陶しい。
 もしかしたら俺は、自分で思っているより性的に淡白なのかも知れない。
 恋愛って、あれこれ悩んだり考えたりするのが当然なんだろうけど、俺には悠長に立ち止まっている時間がない。そのせいか、前に進まなければと無理矢理思考を切り替えようとする。
 だから立ち止まる時間や考える時間を、伯にも与えてやれない。

「俺もそうだけど、伯も前世とは随分と性格が違うよね? 時代が違うからかな? 家庭環境の違いかな?」

乗り換えた電車は余裕で座れたので、俺は昨夜のことを考えながら伯に小声で話し掛ける。
 
「そうだな。俺はエイブのように強さを重視してないし、身分差もない」
「もしかして俺たちは、前世の生き方にこだわり過ぎていたのかもしれない」

建ち並ぶビルを電車の窓から見上げながら、俺は芽生えてきた考えを話していく。

「うん、思い出したけど、俺、前世の夢を見始めた頃、ラルカンドに同情してた。エイブの自分勝手さとか強引さに対して、あれじゃあラルカンドが可哀想だと思ってたんだ。でも、途中からエイブが自分の前世だと気付いて、同調して感情移入することが増えたと思う」

夜明け前頃、前世の夢を見始めた頃の自分を思い出し、伯は一人でいろいろ考えたのだと言う。
 自分の感情が次第に前世の影響を受け始め、ラルカンドを誰にも渡したくないというエイブの激しい思いと、春樹に嫌われたくない、自分と一緒にいて欲しいと願う自分の思いが混在し、素直な行動がとれなくなった。そして、積もりに積もった想いが溢れた時に泣いてしまうのだと言った。

「これからは、自分らしく生きていけばいい。いろんな記憶が入り混じるけど、もう後悔したくないと思うのなら、今の、この時代で楽しく生きて幸せになれば、それでラルカンドの想いも遂げられる気がする」

「そうだな。前世に引き摺られると自分を見失う。俺は夏木伯であってエイブじゃない。エイブの想いを引き継いだとしても、同じである必要はないな」

 そんな結論に辿り着いた俺と伯は、見つめ合って笑った。昨夜のあれこれを吹き飛ばし、やっと本当の恋人になれた気がした。

 ……此処からまた、俺たちらしい付き合い方をして、伯と春樹の物語を作っていけばいい。



 午後からのレコーディングを見学していると副社長がやって来たので、新しく【リゼットル】のために作った新曲【旋風】の感想を訊くため、アカペラで歌ってみた。
 副社長もリゼットルのみんなも、覚えやすくてカラオケ向きだと言いながらOKを出してくれた。

「蒼空先輩、今回も編曲をお願いします。できればギターの見せ場を作ってください。それから、サビの部分は一俊先輩とのハモリでお願いします。創英テレビがOKを出してくれたら、今回の発売はオンエアと同じ7月です。OKが出なければ、次のアルバムに入れてもいいです」

「心配するな春樹、この曲は【あの日の夕焼けを忘れない】にこそ相応しい。早くPVを送ってこい。お前たち、アルバムをさっさと終わらせろ!7月発売なら、その頃にテレビ出演を捩じ込む」

九竜副社長は上機嫌な顔をして、リゼットルの4人に発破をかけ、創英テレビに行くと言って出ていった。
 蒼空先輩はう~んと難しい顔をして、一俊先輩は「歌うのかよー!」と叫び、「はっはっは、遂に俺の見せ場が来た!」と祥也先輩は嬉しそうにガッツポーズをとった。





 1月28日㈯、ようやくきちんと歌って弾けるようになった【旋風】のPVを、今年から事務所と正式契約を結んだ悠希先輩が送信してくれた。
 覚悟を決めた九竜副社長が、年末に自らスタジオに足を運び、ラルカンド限定の仕事を依頼する契約をしたのだ。もちろん自分の前世のことなどおくびにも出さず、大人の態度で接していたのには感心した。

 悠希先輩は引越しをする必要がないので、3月中旬までこちらの家で過ごし、東京へ行っても月に一度は必ず帰ってくるという。

「なあ春樹、俺たちの他にも、同じ時代の前世の記憶を持つ者が居ると思うか?」

俺専用のマグカップに、いつものように高級豆を挽いた珈琲を淹れて、テーブルの上に置いた先輩が、珍しく前世の話を振ってきた。

「ええ先輩。きっと居ると思います。そして、巡り合う運命ならば、きっと出会えると思います。自分に必要な縁なら……出会えば気付くはずです」
「必要な縁なら……か。そういうものかな……ふう」

なんだか気が重い……という雰囲気で、先輩は溜息をつく。

「出会ったら、きっと夢にその人物が出てくると思いますよ。先輩は、誰かに出会ったんですか?」

きっと九竜副社長のことだろうなと分かってはいるが、俺は何も知らない振りで質問してみる。

「春樹は、俺にとって必要な出会いだと思っているんだな? だから・・・」

そこまで言って、悠希先輩は俺の顔を見ないまま、話題を変えてきた。

「伯は元気そうか? 他のメンバーはいつ帰ってくるんだ?」
「3年組は卒業式までには帰ってきますよ。2月中にはアルバム作成が終わるようです。伯は相変わらず泣き虫ですけど、少しは前に進んでるかな」

「そうか、卒業式前後で一度集まりたいな。伯の涙は嬉し涙だったんだろ?……ちょっと妬けるな」

残りの珈琲を飲み干し、優しく微笑む先輩の顔はとても寂しそうで、俺は返す言葉が直ぐに出てこない。
 今夜の先輩は、ちょっとセンチメンタルな感じだ。
 悠希先輩のことも好きな俺は、先輩を抱きしめる訳にもいかず胸が苦しい。

「嬉し涙……じゃないかな。先輩に話すべきことではないと思いますが、同じ前世の記憶の持ち主ということで、聞いて欲しい話があります」

「嬉し涙じゃない? 一緒に……泊まったんだろう?」

先輩はようやく俺に顔を向けて、瞳を見ながら質問してきた。

「俺、途中で拒否してバスルームに逃げ込んだんです」
「はっ? 拒否して逃げ込んだ? 伯はいったい何をしたんだ?」

先輩は驚いたような、呆れたような、怒ったような顔をして訊いてくる。

「伯は、エイブとして、ラルカンドを抱こうとしたんです。
 俺も始めは、エイブとラルカンドの願いを叶えてやろうって思ったんですけど、俺はラルカンドにはなれなかった。
 それで俺はどんどん混乱し、ラルカンドの名を呼び続けるエイブに、ちょっと待ってと頼んだけど、エイブは待たなかった。
 で、俺を好きな伯は何処だー!みたいな感じになって逃げました」

「・・・エイブとして?」

よく分からない……という顔をして、悠希先輩は首を捻りながら呟いた。
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