52 / 100
52 ひとつの答え
しおりを挟む
専用ラウンジでのんびりと朝食を摂りながら、起動し始めた大都会の街を眺めていると、若い男性の言い争うような声が聞こえてきた。
「もう会わないってどういうことだよ!」
「もういい!言ってもどうせ分からないよ!」
「はあ?やっぱり疑っているんだろう?」
「そんなことじゃないし、とにかく、仕事に私情を挟むな!大人になれと言ってるんだ」
俺は通路からは見え難い席に座り、大きな窓に向かって食事をしていたが、光の加減で窓ガラスに映った男達が、【アルブート】の2人だと気付いてしまった。
こんな場所で芸能人がケンカ? しかも痴話喧嘩なのか? と呆れながら、絶対に気付かれないようにしようと思って無視していると、突然後ろから声を掛けられた。
「これは大先生、一人でお食事ですか? さすが売れっ子高校生。一泊10万なんて安いもんでしょうね。優雅で羨ましい。ここ、よく利用するんですか?」
新人俳優でもあるアルブートのカズが、皮肉たっぷりな言い方で俺の顔を覗き込んできた。今日も黒革のジャケットにシルバーのピアスと指輪をしている。
最悪だ!なんで気付くんだよ?って心の中で舌打ちして、仕方なく振り返る。
「えっと・・・?」と、俺は誰だか分からない振りをして首を捻ってみる。
「チッ!大先生は、俺たちの顔なんて覚えてないってことか」
「止めろカズヨシ!すみません先生。お食事中にお邪魔しました」
態度の悪いカズの肩を掴んで後ろに押しやりながら、もう一人のアオイさんが謝罪してきた。紺色の細身のロングコートを着て、薄いえんじ色のマフラーを巻き、疲れた表情で申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「ああ、おはようございます。確かアオイさんでしたっけ? すみません。俺、なかなか人の顔が覚えられなくて・・・よく俺だって分かりましたね」
俺はアオイさんに向かって微笑み、どうして分かったのかと質問する。
「ええ、髪の色と、その……雰囲気でもしかしたらと思ったんです。失礼します。また」
アオイさんは再び丁寧に頭を下げてから、超不機嫌な顔をしているカズを引き摺るように、急いでカウンターへと移動していった。
……しまった!カツラとメガネを忘れてた・・・フ~ッ。それにしても、なんだか今日のアオイさん、色っぽいというか中性的だなぁ……しかもやつれてた……なんであんなヤツと付き合ってるんだ?
もしも此処が彼等の定宿なら、今後はホテルを変更した方がいいのかな?
まあ、東京に来るのは2か月に1回くらいだから、問題ないとは思うけど気を付けよう。伯と一緒のところを見られなくて良かった。
俺は何度かコーヒーやジュースのお代わりをして、外の景色を見ながら次の曲を作っていく。
期限は今月中で、早ければ早い程いいと北城専務が言っていた。
【あの日の夕焼けを忘れない】の2部のストーリーを思い出しながら、頭に浮かぶ言葉や単語をスマホにメモしていく。
2部のストーリーは、敵同士になってしまった5人が、主人公の努力によって集合し、本当の敵が誰なのかを知る。そして共に戦おうと誓い合い、真の敵に立ち向かうという内容だった。
**** ♪
行け 天空の彼方へ 行け 煌めくその先へ
恐れるものなど何もない 偽らない心 信じる想い ****♪
なんだか完全に戦う歌になってるなあ・・・もうちょっと恋愛テイストを入れた方がいいかなぁ?
今回は勇ましい感じの曲調で、カラオケで盛り上がれそうだけど、色や華には欠ける。
まあ、繋いだ手とか、瞳に愛を宿してとか、何となく恋愛っぽいワードもあるからいいかな。
ふと時計を見ると、もう11時前だった。
慌てて部屋に戻って、ぐっすりと寝ている伯を起こし、一緒にスタジオに向かうことにした。
ほぼイメージが出来たので、みんなにも聴いてもらって、時間が取れそうなら、蒼空先輩に編曲をお願いしよう。
移動する電車の中で、伯が何度か溜息をつき、ちょっと鬱陶しい。
もしかしたら俺は、自分で思っているより性的に淡白なのかも知れない。
恋愛って、あれこれ悩んだり考えたりするのが当然なんだろうけど、俺には悠長に立ち止まっている時間がない。そのせいか、前に進まなければと無理矢理思考を切り替えようとする。
だから立ち止まる時間や考える時間を、伯にも与えてやれない。
「俺もそうだけど、伯も前世とは随分と性格が違うよね? 時代が違うからかな? 家庭環境の違いかな?」
乗り換えた電車は余裕で座れたので、俺は昨夜のことを考えながら伯に小声で話し掛ける。
「そうだな。俺はエイブのように強さを重視してないし、身分差もない」
「もしかして俺たちは、前世の生き方にこだわり過ぎていたのかもしれない」
建ち並ぶビルを電車の窓から見上げながら、俺は芽生えてきた考えを話していく。
「うん、思い出したけど、俺、前世の夢を見始めた頃、ラルカンドに同情してた。エイブの自分勝手さとか強引さに対して、あれじゃあラルカンドが可哀想だと思ってたんだ。でも、途中からエイブが自分の前世だと気付いて、同調して感情移入することが増えたと思う」
夜明け前頃、前世の夢を見始めた頃の自分を思い出し、伯は一人でいろいろ考えたのだと言う。
自分の感情が次第に前世の影響を受け始め、ラルカンドを誰にも渡したくないというエイブの激しい思いと、春樹に嫌われたくない、自分と一緒にいて欲しいと願う自分の思いが混在し、素直な行動がとれなくなった。そして、積もりに積もった想いが溢れた時に泣いてしまうのだと言った。
「これからは、自分らしく生きていけばいい。いろんな記憶が入り混じるけど、もう後悔したくないと思うのなら、今の、この時代で楽しく生きて幸せになれば、それでラルカンドの想いも遂げられる気がする」
「そうだな。前世に引き摺られると自分を見失う。俺は夏木伯であってエイブじゃない。エイブの想いを引き継いだとしても、同じである必要はないな」
そんな結論に辿り着いた俺と伯は、見つめ合って笑った。昨夜のあれこれを吹き飛ばし、やっと本当の恋人になれた気がした。
……此処からまた、俺たちらしい付き合い方をして、伯と春樹の物語を作っていけばいい。
午後からのレコーディングを見学していると副社長がやって来たので、新しく【リゼットル】のために作った新曲【旋風】の感想を訊くため、アカペラで歌ってみた。
副社長もリゼットルのみんなも、覚えやすくてカラオケ向きだと言いながらOKを出してくれた。
「蒼空先輩、今回も編曲をお願いします。できればギターの見せ場を作ってください。それから、サビの部分は一俊先輩とのハモリでお願いします。創英テレビがOKを出してくれたら、今回の発売はオンエアと同じ7月です。OKが出なければ、次のアルバムに入れてもいいです」
「心配するな春樹、この曲は【あの日の夕焼けを忘れない】にこそ相応しい。早くPVを送ってこい。お前たち、アルバムをさっさと終わらせろ!7月発売なら、その頃にテレビ出演を捩じ込む」
九竜副社長は上機嫌な顔をして、リゼットルの4人に発破をかけ、創英テレビに行くと言って出ていった。
蒼空先輩はう~んと難しい顔をして、一俊先輩は「歌うのかよー!」と叫び、「はっはっは、遂に俺の見せ場が来た!」と祥也先輩は嬉しそうにガッツポーズをとった。
1月28日㈯、ようやくきちんと歌って弾けるようになった【旋風】のPVを、今年から事務所と正式契約を結んだ悠希先輩が送信してくれた。
覚悟を決めた九竜副社長が、年末に自らスタジオに足を運び、ラルカンド限定の仕事を依頼する契約をしたのだ。もちろん自分の前世のことなどおくびにも出さず、大人の態度で接していたのには感心した。
悠希先輩は引越しをする必要がないので、3月中旬までこちらの家で過ごし、東京へ行っても月に一度は必ず帰ってくるという。
「なあ春樹、俺たちの他にも、同じ時代の前世の記憶を持つ者が居ると思うか?」
俺専用のマグカップに、いつものように高級豆を挽いた珈琲を淹れて、テーブルの上に置いた先輩が、珍しく前世の話を振ってきた。
「ええ先輩。きっと居ると思います。そして、巡り合う運命ならば、きっと出会えると思います。自分に必要な縁なら……出会えば気付くはずです」
「必要な縁なら……か。そういうものかな……ふう」
なんだか気が重い……という雰囲気で、先輩は溜息をつく。
「出会ったら、きっと夢にその人物が出てくると思いますよ。先輩は、誰かに出会ったんですか?」
きっと九竜副社長のことだろうなと分かってはいるが、俺は何も知らない振りで質問してみる。
「春樹は、俺にとって必要な出会いだと思っているんだな? だから・・・」
そこまで言って、悠希先輩は俺の顔を見ないまま、話題を変えてきた。
「伯は元気そうか? 他のメンバーはいつ帰ってくるんだ?」
「3年組は卒業式までには帰ってきますよ。2月中にはアルバム作成が終わるようです。伯は相変わらず泣き虫ですけど、少しは前に進んでるかな」
「そうか、卒業式前後で一度集まりたいな。伯の涙は嬉し涙だったんだろ?……ちょっと妬けるな」
残りの珈琲を飲み干し、優しく微笑む先輩の顔はとても寂しそうで、俺は返す言葉が直ぐに出てこない。
今夜の先輩は、ちょっとセンチメンタルな感じだ。
悠希先輩のことも好きな俺は、先輩を抱きしめる訳にもいかず胸が苦しい。
「嬉し涙……じゃないかな。先輩に話すべきことではないと思いますが、同じ前世の記憶の持ち主ということで、聞いて欲しい話があります」
「嬉し涙じゃない? 一緒に……泊まったんだろう?」
先輩はようやく俺に顔を向けて、瞳を見ながら質問してきた。
「俺、途中で拒否してバスルームに逃げ込んだんです」
「はっ? 拒否して逃げ込んだ? 伯はいったい何をしたんだ?」
先輩は驚いたような、呆れたような、怒ったような顔をして訊いてくる。
「伯は、エイブとして、ラルカンドを抱こうとしたんです。
俺も始めは、エイブとラルカンドの願いを叶えてやろうって思ったんですけど、俺はラルカンドにはなれなかった。
それで俺はどんどん混乱し、ラルカンドの名を呼び続けるエイブに、ちょっと待ってと頼んだけど、エイブは待たなかった。
で、俺を好きな伯は何処だー!みたいな感じになって逃げました」
「・・・エイブとして?」
よく分からない……という顔をして、悠希先輩は首を捻りながら呟いた。
「もう会わないってどういうことだよ!」
「もういい!言ってもどうせ分からないよ!」
「はあ?やっぱり疑っているんだろう?」
「そんなことじゃないし、とにかく、仕事に私情を挟むな!大人になれと言ってるんだ」
俺は通路からは見え難い席に座り、大きな窓に向かって食事をしていたが、光の加減で窓ガラスに映った男達が、【アルブート】の2人だと気付いてしまった。
こんな場所で芸能人がケンカ? しかも痴話喧嘩なのか? と呆れながら、絶対に気付かれないようにしようと思って無視していると、突然後ろから声を掛けられた。
「これは大先生、一人でお食事ですか? さすが売れっ子高校生。一泊10万なんて安いもんでしょうね。優雅で羨ましい。ここ、よく利用するんですか?」
新人俳優でもあるアルブートのカズが、皮肉たっぷりな言い方で俺の顔を覗き込んできた。今日も黒革のジャケットにシルバーのピアスと指輪をしている。
最悪だ!なんで気付くんだよ?って心の中で舌打ちして、仕方なく振り返る。
「えっと・・・?」と、俺は誰だか分からない振りをして首を捻ってみる。
「チッ!大先生は、俺たちの顔なんて覚えてないってことか」
「止めろカズヨシ!すみません先生。お食事中にお邪魔しました」
態度の悪いカズの肩を掴んで後ろに押しやりながら、もう一人のアオイさんが謝罪してきた。紺色の細身のロングコートを着て、薄いえんじ色のマフラーを巻き、疲れた表情で申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「ああ、おはようございます。確かアオイさんでしたっけ? すみません。俺、なかなか人の顔が覚えられなくて・・・よく俺だって分かりましたね」
俺はアオイさんに向かって微笑み、どうして分かったのかと質問する。
「ええ、髪の色と、その……雰囲気でもしかしたらと思ったんです。失礼します。また」
アオイさんは再び丁寧に頭を下げてから、超不機嫌な顔をしているカズを引き摺るように、急いでカウンターへと移動していった。
……しまった!カツラとメガネを忘れてた・・・フ~ッ。それにしても、なんだか今日のアオイさん、色っぽいというか中性的だなぁ……しかもやつれてた……なんであんなヤツと付き合ってるんだ?
もしも此処が彼等の定宿なら、今後はホテルを変更した方がいいのかな?
まあ、東京に来るのは2か月に1回くらいだから、問題ないとは思うけど気を付けよう。伯と一緒のところを見られなくて良かった。
俺は何度かコーヒーやジュースのお代わりをして、外の景色を見ながら次の曲を作っていく。
期限は今月中で、早ければ早い程いいと北城専務が言っていた。
【あの日の夕焼けを忘れない】の2部のストーリーを思い出しながら、頭に浮かぶ言葉や単語をスマホにメモしていく。
2部のストーリーは、敵同士になってしまった5人が、主人公の努力によって集合し、本当の敵が誰なのかを知る。そして共に戦おうと誓い合い、真の敵に立ち向かうという内容だった。
**** ♪
行け 天空の彼方へ 行け 煌めくその先へ
恐れるものなど何もない 偽らない心 信じる想い ****♪
なんだか完全に戦う歌になってるなあ・・・もうちょっと恋愛テイストを入れた方がいいかなぁ?
今回は勇ましい感じの曲調で、カラオケで盛り上がれそうだけど、色や華には欠ける。
まあ、繋いだ手とか、瞳に愛を宿してとか、何となく恋愛っぽいワードもあるからいいかな。
ふと時計を見ると、もう11時前だった。
慌てて部屋に戻って、ぐっすりと寝ている伯を起こし、一緒にスタジオに向かうことにした。
ほぼイメージが出来たので、みんなにも聴いてもらって、時間が取れそうなら、蒼空先輩に編曲をお願いしよう。
移動する電車の中で、伯が何度か溜息をつき、ちょっと鬱陶しい。
もしかしたら俺は、自分で思っているより性的に淡白なのかも知れない。
恋愛って、あれこれ悩んだり考えたりするのが当然なんだろうけど、俺には悠長に立ち止まっている時間がない。そのせいか、前に進まなければと無理矢理思考を切り替えようとする。
だから立ち止まる時間や考える時間を、伯にも与えてやれない。
「俺もそうだけど、伯も前世とは随分と性格が違うよね? 時代が違うからかな? 家庭環境の違いかな?」
乗り換えた電車は余裕で座れたので、俺は昨夜のことを考えながら伯に小声で話し掛ける。
「そうだな。俺はエイブのように強さを重視してないし、身分差もない」
「もしかして俺たちは、前世の生き方にこだわり過ぎていたのかもしれない」
建ち並ぶビルを電車の窓から見上げながら、俺は芽生えてきた考えを話していく。
「うん、思い出したけど、俺、前世の夢を見始めた頃、ラルカンドに同情してた。エイブの自分勝手さとか強引さに対して、あれじゃあラルカンドが可哀想だと思ってたんだ。でも、途中からエイブが自分の前世だと気付いて、同調して感情移入することが増えたと思う」
夜明け前頃、前世の夢を見始めた頃の自分を思い出し、伯は一人でいろいろ考えたのだと言う。
自分の感情が次第に前世の影響を受け始め、ラルカンドを誰にも渡したくないというエイブの激しい思いと、春樹に嫌われたくない、自分と一緒にいて欲しいと願う自分の思いが混在し、素直な行動がとれなくなった。そして、積もりに積もった想いが溢れた時に泣いてしまうのだと言った。
「これからは、自分らしく生きていけばいい。いろんな記憶が入り混じるけど、もう後悔したくないと思うのなら、今の、この時代で楽しく生きて幸せになれば、それでラルカンドの想いも遂げられる気がする」
「そうだな。前世に引き摺られると自分を見失う。俺は夏木伯であってエイブじゃない。エイブの想いを引き継いだとしても、同じである必要はないな」
そんな結論に辿り着いた俺と伯は、見つめ合って笑った。昨夜のあれこれを吹き飛ばし、やっと本当の恋人になれた気がした。
……此処からまた、俺たちらしい付き合い方をして、伯と春樹の物語を作っていけばいい。
午後からのレコーディングを見学していると副社長がやって来たので、新しく【リゼットル】のために作った新曲【旋風】の感想を訊くため、アカペラで歌ってみた。
副社長もリゼットルのみんなも、覚えやすくてカラオケ向きだと言いながらOKを出してくれた。
「蒼空先輩、今回も編曲をお願いします。できればギターの見せ場を作ってください。それから、サビの部分は一俊先輩とのハモリでお願いします。創英テレビがOKを出してくれたら、今回の発売はオンエアと同じ7月です。OKが出なければ、次のアルバムに入れてもいいです」
「心配するな春樹、この曲は【あの日の夕焼けを忘れない】にこそ相応しい。早くPVを送ってこい。お前たち、アルバムをさっさと終わらせろ!7月発売なら、その頃にテレビ出演を捩じ込む」
九竜副社長は上機嫌な顔をして、リゼットルの4人に発破をかけ、創英テレビに行くと言って出ていった。
蒼空先輩はう~んと難しい顔をして、一俊先輩は「歌うのかよー!」と叫び、「はっはっは、遂に俺の見せ場が来た!」と祥也先輩は嬉しそうにガッツポーズをとった。
1月28日㈯、ようやくきちんと歌って弾けるようになった【旋風】のPVを、今年から事務所と正式契約を結んだ悠希先輩が送信してくれた。
覚悟を決めた九竜副社長が、年末に自らスタジオに足を運び、ラルカンド限定の仕事を依頼する契約をしたのだ。もちろん自分の前世のことなどおくびにも出さず、大人の態度で接していたのには感心した。
悠希先輩は引越しをする必要がないので、3月中旬までこちらの家で過ごし、東京へ行っても月に一度は必ず帰ってくるという。
「なあ春樹、俺たちの他にも、同じ時代の前世の記憶を持つ者が居ると思うか?」
俺専用のマグカップに、いつものように高級豆を挽いた珈琲を淹れて、テーブルの上に置いた先輩が、珍しく前世の話を振ってきた。
「ええ先輩。きっと居ると思います。そして、巡り合う運命ならば、きっと出会えると思います。自分に必要な縁なら……出会えば気付くはずです」
「必要な縁なら……か。そういうものかな……ふう」
なんだか気が重い……という雰囲気で、先輩は溜息をつく。
「出会ったら、きっと夢にその人物が出てくると思いますよ。先輩は、誰かに出会ったんですか?」
きっと九竜副社長のことだろうなと分かってはいるが、俺は何も知らない振りで質問してみる。
「春樹は、俺にとって必要な出会いだと思っているんだな? だから・・・」
そこまで言って、悠希先輩は俺の顔を見ないまま、話題を変えてきた。
「伯は元気そうか? 他のメンバーはいつ帰ってくるんだ?」
「3年組は卒業式までには帰ってきますよ。2月中にはアルバム作成が終わるようです。伯は相変わらず泣き虫ですけど、少しは前に進んでるかな」
「そうか、卒業式前後で一度集まりたいな。伯の涙は嬉し涙だったんだろ?……ちょっと妬けるな」
残りの珈琲を飲み干し、優しく微笑む先輩の顔はとても寂しそうで、俺は返す言葉が直ぐに出てこない。
今夜の先輩は、ちょっとセンチメンタルな感じだ。
悠希先輩のことも好きな俺は、先輩を抱きしめる訳にもいかず胸が苦しい。
「嬉し涙……じゃないかな。先輩に話すべきことではないと思いますが、同じ前世の記憶の持ち主ということで、聞いて欲しい話があります」
「嬉し涙じゃない? 一緒に……泊まったんだろう?」
先輩はようやく俺に顔を向けて、瞳を見ながら質問してきた。
「俺、途中で拒否してバスルームに逃げ込んだんです」
「はっ? 拒否して逃げ込んだ? 伯はいったい何をしたんだ?」
先輩は驚いたような、呆れたような、怒ったような顔をして訊いてくる。
「伯は、エイブとして、ラルカンドを抱こうとしたんです。
俺も始めは、エイブとラルカンドの願いを叶えてやろうって思ったんですけど、俺はラルカンドにはなれなかった。
それで俺はどんどん混乱し、ラルカンドの名を呼び続けるエイブに、ちょっと待ってと頼んだけど、エイブは待たなかった。
で、俺を好きな伯は何処だー!みたいな感じになって逃げました」
「・・・エイブとして?」
よく分からない……という顔をして、悠希先輩は首を捻りながら呟いた。
3
お気に入りに追加
141
あなたにおすすめの小説
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
手切れ金
のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。
貴族×貧乏貴族
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
【本編完結】義弟を愛でていたらみんなの様子がおかしい
ちゃちゃ
BL
幼い頃に馬車の事故で両親が亡くなったレイフォードは父の従兄弟に当たるフィールディング侯爵家に引き取られることになる。
実の子のように愛され育てられたレイフォードに弟(クロード)が出来る。
クロードが産まれたその瞬間からレイフォードは超絶ブラコンへと変貌してしまう。
「クロードは僕が守るからね!」
「うんお兄様、大好き!(はぁ〜今日もオレのお兄様は可愛い)」
ブラコン過ぎて弟の前でだけは様子がおかしくなるレイフォードと、そんなレイフォードを見守るたまに様子のおかしい周りの人たち。
知らぬは主人公のみ。
本編は21話で完結です。
その後の話や番外編を投稿します。
主人公の兄になったなんて知らない
さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を
レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を
レインは知らない自分が神に愛されている事を
表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる