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33 恋の音を聴いた朝

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 3月12日、今日は俺の誕生日だ。都合よく土曜日だったので、今夜は悠希先輩のスタジオで誕生会をすることになっている。
 あれから伯たちのバンドの名前は【リゼットル】と正式に決まり、春休みに入るとボイストレーニングや演奏の質を上げるためのトレーニングをすることになった。

 祥也先輩は、3月になった時点でアーチェリー部の副主将を降り、部活は6月のインターハイ予選に出場するかどうかを顧問と相談することになった。入試に向け勉強をするという名目だが、もっとギターの練習をしたいらしい。
 蒼空先輩も、インターハイ予選で引退すると顧問や部員に告げて了解をもらった。
 2人ともAO入試を目指すということを理由にしている。
 パソコン部の一俊先輩はマイペースで、気が向いた時しか部活に出ていないから、とりあえず文化祭まで活動するようだ。

 県立高校に通う4人は、7月のアニメオンエアーの直前に学校に報告することになっている。でも、活動はシークレットなので、学校に迷惑をかけないためにも、校長や教頭や担任くらいにしか報告しない。
 3年生になる3人は、とにかく大学入試に全力投球するしかない。伯は転校先を決めなければならない。
 これからもプロで遣っていくには、次の次を考える必要がある。当然自分たちのオリジナル曲を作らないと、アルバムも出せない。
 事務所からは、1年後にはアルバム作成の準備に入ると告げられている。


「16歳おめでとう!」と全員高級グラスで乾杯する。今日はグレープジュースだ。
「みんなありがとう!」と俺はお礼を言って、悠希先輩が特注で用意してくれたケーキの蝋燭を、お決まりのように吹き消した。

「やっと16歳かぁ……俺は来月には17歳だぞ」(啓太)
「俺も4月28日には18歳だ。選挙にも行かなきゃいけない」(一俊)
「3月生まれで春樹なんだな。ほんわか暖かい春のような春樹に、ピッタリの名前だと思う」

悠希先輩がウンウンと頷きながら、にっこりと嬉しそうに俺に笑顔を向ける。

「今日は約束通り自分の曲を春樹にプレゼントする日だ。きちんと準備してきたよな? 俺は応援ソング、祥也はクリスマスソング、蒼空が失恋ソング、伯、お前はラブソングだったよな? リア充の今なら書けただろう?」

ニヤニヤしながら一俊先輩は、いつものように伯をからかう。

「まだ一度もデートさえしてないから、リア充とは違う気がしますが、ちゃんと作ってきましたよ」

伯はそう言って俺の方を見る。少し恥ずかしそうにしたけど、いつもからかわれているので、最近随分とハートが強くなったようだ。
 ケーキを食べ終わると、4人がじゃんけんをして歌う順番を決める。蒼空先輩以外はギターで演奏しながら歌うようだ。

 始めに歌うのは祥也先輩で、如何にもクリスマスですっていう感じのラブバラードだった。ギターは相変わらず上手くて、声もよく通る大人っぽい声だった。
 次の蒼空先輩は、失恋ソングなのに何故かC調で、失恋なんてくそ食らえ!って言って立ち直る男の歌だった。
 ひとりひとりの歌が終わると、全員で大きな拍手をおくる。
 
 次は伯で、バラードと言うより初々しい初恋の歌で、恋して良かった楽しいよって、恋した男子の気持ちを明るく表現していた。ある意味、優等生らしい曲で、俺はおかしくなって笑った。
 独占欲の強い前世のエイブとは全く違う、ありのままの伯の恋心が、ノリノリの軽いテンポで綴られていた。声はちょっとハスキーだけど、聞き取り易くて優しい。
 考えてみれば、伯と2人きりで会った回数は片手で数えられる。よく知っているようで、知らないことばかりだった。

「恥ずかしい奴だな。あれは中学生レベルだぞ春樹」
「現世の伯は純粋なんだよ、啓太」
「今はな。いつ大人の顔に変わるか分からないぞ春樹。俺たちは、一度大人になった記憶があるんだから」
「成る程。だから悠希先輩は大人の対応ができるんですね。今からでも悠希先輩にしたらどうだ春樹?」
「フフ、現世の俺は、完全に尻に敷く予定だから問題なしだよ」

次の一俊先輩が準備している間、俺と啓太と悠希先輩は、全員の曲の感想を言いながら得点を記入していく。
 4人の中で誰の曲が一番良かったか、俺たち3人は審査員をやっている。

 ドラムの一俊先輩の応援ソングは、予想外というか期待以上にいい曲だった。
 声も凄く良くて、ドラムでなければボーカルをすべきだと思えるくらい、綺麗な高音が特長で、何故バンドで歌わないのか疑問だった。
 歌詞はダントツで一俊先輩。作曲も一俊先輩が一番だったと思う。
 この曲なら、直ぐにでもアルバムに入れられそうだ。流石リーダーをやってるだけある。ただのドラムバカではなかった。

 もちろん、今回のライブ?も悠希先輩によって録画されている。
 プロになるんだから、自分の映像を見て、客観的に自己分析をさせるんだと、プロデューサーの悠希先輩からの指導である。

「一人で歌うって、こんなに恥ずかしいんだな……は~っ。春樹、お前はもうヘタレを返上しろよ。クリスマスライブは、完全にプロレベルだったぞ」

一俊先輩は、初めてギターで歌ったらしく、歌い終わってから羞恥心に見悶えながら俺に文句を言う。

「何を言ってるんですか一俊先輩? 今年は一人でシンガーソングライター部門に出たらどうです? 今の曲、絶対にベスト10に入りますよ。いや、入賞できると思います。今の歌声、俺が女の子なら惚れますから」

俺は真剣な顔をして、一俊先輩にコンテストに出ろと薦める。

「いや、俺たちもうプロだけど?……春樹、一俊先輩の声が好きなんだ・・・」

なんだかショックを受けました……っていう顔をして伯が呟いた。

「伯、お前、何気に鬱陶しいなぁ・・・女の子なら惚れるって春樹は言っただろう?」
「そう言う過保護の啓太だって、そろそろ子離れしろよ! このままじゃ、春樹はデートの報告もしそうだ」

 伯と啓太がどうでもいいことで口論している間に、今度は俺が歌う準備をする。


「それでは、誕生日プレゼントのお返しに、俺からもサプライズで新曲を贈ります。この曲は、女優でありシンガーでもある ミユウ さんに楽曲提供する予定です。5月に発売されるアルバムに入ると聞いています。まだ確定ではないけど、そうなったら本当に嬉しいです。曲名は【恋の音を聴いた朝】です」

**♪ 
 目覚めた朝の輝きで、あなたへの愛を紡いでいく
 朝露を集めて贈りたい 儚い想いと笑われてもいい 
 恋の音を聴いたから もう振り向いたりしない  **♪

 今度の曲は愛を告げるバラードだ。大好きなひとに、悲しまないで、私が側に居るからと、相手を優しく抱きしめるイメージの歌詞で、今回はサビに高音が入っていて、ファルセットで歌うのが特徴だ。
 目覚めた朝、愛する人が隣で眠っている。そんな想いを遂げた幸せな朝、好きなひとは愛を信じてないけど、それでもいいのと微笑んで、相手を愛していこうという決心を歌にした。

「春樹・・・何て言うか、俺はお前の才能が怖い。お前、今日16歳になったばかりだよな? 今まで、誰とも付き合ったことも無かったんだよな?」

蒼空先輩が何だか疲れた顔をして、拍手の後で質問してきた。

「まあ、想像と空想と、それから・・・う~ん、これ以上は突っ込まないで! 俺は作品を作ってるんだからさ。なんでこんなもん作ったのって聴かれても困るよ」

蒼空先輩、半分は伯とのことを冷やかしていると分かっているので、俺は困った顔をして軽く睨んでおく。

「あのさ、春樹は才能があるからプロになったんだから、いい作品を作るのが仕事な訳だよな。【リゼットル】の皆さんも、早くプロ意識を持って頑張って欲しいものだ。さあ、映像をチェックするぞ。来週は東京だろう? ああ、今回の優秀者は一俊な」

悠希先輩が呆れた顔をして、4人に厳しいことを言う。そして、にっこりと笑って俺の頭を撫でた。




 春休みに入って直ぐ、俺と【リゼットル】の4人は新幹線で東京へ行った。
 皆が気をきかせて、俺と伯を2人座りの席にしてくれたので、東京まで色々と話ができた。
 伯の家は父親が証券マンで単身赴任中だとか、3つ違いの妹が居ることや、専業主婦の母親の出身が東京で、祖父母が都内に住んでいるから、東京への転校も認められたのだとか、お互いの家族のことから始まり、自己紹介のような感じで時間を使った。

 品川駅から東京駅までの数分間、俺からねだって手を繋いだ。
 たったそれだけのことでも、心が暖かくなり、嬉しくて顔が緩んでしまう。
 これから移動の間は人目があるので、決してできないことだから、ほんの一時だけ恋人気分を味わった。
 東京駅に到着した時、他のメンバーからの生暖かい視線を感じて、俺はちょっとだけ恥ずかしくなったが、意外にも伯は、「羨ましいだろう」と言わんばかりのドや顔を向けて、得意気に俺の荷物を持ってくれた。

 まるで修学旅行のようなノリで事務所まで移動したが、そこから鬼のような過酷な練習(訓練)とデビュー準備が始まるのだと、【リゼットル】のメンバーは誰も自覚していなかった。

 俺は【恋の音を聴いた朝】の契約をするのだが、女優でシンガーのミユウさんとの会食の予定も入っていて、事務所に到着してからは、皆とは別行動になる。
 誕生日会の時に、映像と楽譜は送信してあるので、あれからミユウさんに届いていると思われる。たぶん・・・

「ラルカンドくん、これから直ぐにレコスタに行って、ミユウさんと顔合わせをするが、昼食は遅くなっても大丈夫か?」

今日もできますオーラを放っている九竜副社長が、出先から戻ってきて、慌ただしそうに直ぐに出掛けるぞと俺に言ってきた。

「はい大丈夫です。新幹線の中でおやつを食べながら来たので」

 今日は珍しくスーツではなくジャケットを軽く着こなしている九竜副社長だが、ただ者ではない金持ち臭は伝わってくる。きっと、10万くらいするジャケットなんだ。
 九竜副社長は移動する時、事務所の車を使う。タレントも乗せるから8人乗りの車だった。中で着替えることもあるのか、スーツが数着ハンガーに掛かっている。

「数日前からレコーディングに入っているから、簡単に挨拶だけして帰ることになるかもしれない。時間が取れれば食事に行くが、先方の予定次第だ。
 3年振りに出すアルバムだが、いい曲に恵まれなくて、彼女が所属するソーエイミュージックジャパンから打診を受けた。
 うちは現在作品を提供できる者が君しかいない現状で、しかも高校生だ。
 出来上がった作品を聴かなければ、話にならないと言われていたが、送られてきた動画を見た彼女が、直ぐにOKを出した。
 そして、ぜひ本人と会ってみたいと言うので、今日会うことになった」

九竜副社長は、これ迄の経緯を説明しながら、うちにとってもチャンスだったと付け加えた。 
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