トライアングルパートナー

窓野枠

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第25章 幸せに向かって

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 今田係長が話しているとき、会議室のドアをノックする音が聞こえた。「どうぞ」という今田の掛け声と同時、女性が入ってきた。
「あっ、こちら高橋こずえさんね、彼女が庁内をこれから案内してくれるから……」
 慶子はさえないおじさんを後にし、高橋に促されて、昼食を取るため、展望階のレストランに行くことになった。
「お弁当がいい人は会議室で食べるといいわ。休憩室もあるけど、空いているときは使っても大丈夫だから」
 高橋は慶子の隣に並びながら、昼の時間の過ごし方を説明してくれる。慶子はこの会議室で自分の人生を帰る日が来ることになるとは、この日、夢にも思わなかった。
 高橋はレストランが2軒も入っている訳が分かるか、と慶子に聞いてきた。
「えっ?」
 慶子は見当も付かず沈黙した。
「競争させると味が良くなるらしいわ」
 慶子はそんなものか、と思った。今田部長のアイデアと言う。それから慶子は勤務経験が増えていくに従い、今田部長という名を耳にすることが増えていく。敏腕、秀才、おまけに美人女性部長である、ということも分かってきた。辞令交付の舞台に座っていた女性と同一人物のようだ。その女性部長に興味を持った慶子は、女性部長の執務するフロアに用もないのに行くことが日課となっていく。
 今田係長は地域調整係に20年以上もいると聞く。入所して一度も異動しない男。K区役所の七不思議の一つに数えられていた。慶子は今田係長のうわさ話を、職員同士があいさつ代わりに耳にすることが増えていく。彼は住民トラブルを神がかりのような対応で平穏に収めてしまう逸材ということも聞いた。その驚異的な能力が認められて、だれも彼の神がかりのような交渉力に舌を巻いた。だから、彼は異動できない、とだれもが口をそろえて言う。大抵はこうやって彼を持ち上げたあと、「実は、外に取りえがないんだ」と言って、「まあ、冗談だけど」とささやいた。
 慶子は係長にまつわるいろいろなうわさ話を聞くにつけ、なぜ、この風采の上がらない係長の話題が、こうも職員の間であいさつ代わりのように交わされているのか、このほうがよほど七不思議だった。
 あるとき、慶子が今田係長と一緒に住民説明会の手伝いで行った会場でのことだ。
「きみさ、新人の子だね?」
 慶子は応援部署の職員に聞かれて「ハイ」と答えると、「あの人、ああ見えて、すっごくモテるんだよ。すっごい、美人の奥さんがいるんだ」
 慶子はそんな話を応援に行く部署で聞かされた。一体、その奥さまとはどの部署にいるのだろうと思って、その職員に聞いたことがある。
「今田部長さ、すごいだろ?」
 なんでも優秀すぎる美人女性職員というK区役所の看板を担っている幹部職員で、区長の右腕とも言われ、幾度となく耳にした名前だ。彼女のしごとは特殊で、区長の特命担当部長という肩書らしく、懸案事項が発生すると、特命担当という名称にその懸案名が当たられる、という特殊な案件専門の超エリートらしい。
「なぜ、そんなすごい女性があの風采の上がらなそうな男性をパートナーに選んだのか?」
 慶子はそれを知ってから、今まで、付き合っていたボーイフレンドへの関心が薄れてしまった。自席に戻ると、すぐそばで執務する今田係長をこっそり見ては隠された能力が何かを見極めようとするほど興味が強くなっていった。
 今田係長の仕事は実に単純だった。地域住民調整係の仕事は住民説明会を担当部署が開くので支援する。会場に必ず係長が同席する。会場で住民から苦情、質問などが発言されると、今田係長が奥にいた席から出てきて、発言者になにやら二言、三言を投げ掛けると、大抵、納得したのか、よく分からないうちに大人しく着席してしまう。司会者が「では、何か不明な点がございましたら、地域住民調整係長宛にお願いいたします」と締めくくり、その日の説明会が散会となった。
「あの係長はもぐもぐと、意味不明な言葉で質問者に答えているけど、何?」
 慶子は会場で見る光景でいつもそう思う。しかし、会の終了後、議事録が報告書として印刷される。当然、質問、回答が明確に記載されていた。慶子はその部分を見つめて思う。それは特別に明快、明瞭な回答と言えるものではない。
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