12 / 20
2
伝助の夕立
しおりを挟む
1967年の夏、山並助一郎が遭遇した夕立は彼にとって特別な夕立であった。
*
中学2年生だった彼は、父・伝助と二人で自転車に乗って隣の街までサイクリングをした。
彼の自転車は、伝助に買ってもらったばかりの青色のサイクリング車で3段変速ギアが付いていた。伝助はと言うと、がっしりしたフレームで見るからに重そうな自転車に乗っていた。先頭を走る伝助の自転車の後ろに彼はぴったり付いて走った。
橋の長さが東京都内で1番というF橋を走る。2階建てのビルより高いF橋は、何処までも続いているように彼には思えた。日陰のない橋の上、それでも走っていると、暑さは幾分和らいだ。
「こりゃ、一雨来るぞ」
伝助がそう言った矢先、雨がポツリポツリと額に当たった。差していた陽が隠れ、空は暗雲に覆われた。彼らは側道から橋の下に慌てて降りた。橋の下に入ると、たちまち、すごい勢いの雨が降り始めた。
降りしきる雨。橋の下で彼らは雨宿りをした。遠くで稲光がし、暫くしてからゴロゴロと雷の音が鳴った。
「光と音の間が長ければ、雷様は遠いとこにいるからすぐ傍に落ちる心配はないが、低いとこにいたほうが安全だぞ」
伝助が独り言を言うように空を見上げて言った。伝助の物知りを感心しながら、彼は飽きることなく路肩を流れる雨水と時々光る空を見上げていた。30分くらい経っただろうか。
「晴れてきたぞ」
今まで黙っていた伝助がぽつりと言った。なるほど遥か遠くの空が少しずつ明るくなってきた。どんどん黒い雲は流れ、日がかすかに差して来た。
「さあ、行くぞ」
雨はいつの間にか小降りになっていた。伝助の掛け声で自転車にまたがる。ペダルをこぐと、頬に冷えた風が当たった。暑い夏の日に感じた清涼感だった。
*
2010年、秋、助一郎は、あの日から、随分、遠くまで来てしまった、と思う。夜、鈴虫がなく季節、彼は涼しい風を受けながら、あのじりじりと汗のにじんだ身体と暑い空気を思い出す。そして、今はいない父のことを一人になると思い出す。父のどこか嬉しそうな言葉。
「もうすぐ一雨来るぞ」
あれは、何か父の儀式のようなものだったのかもしれない。
*
中学2年生だった彼は、父・伝助と二人で自転車に乗って隣の街までサイクリングをした。
彼の自転車は、伝助に買ってもらったばかりの青色のサイクリング車で3段変速ギアが付いていた。伝助はと言うと、がっしりしたフレームで見るからに重そうな自転車に乗っていた。先頭を走る伝助の自転車の後ろに彼はぴったり付いて走った。
橋の長さが東京都内で1番というF橋を走る。2階建てのビルより高いF橋は、何処までも続いているように彼には思えた。日陰のない橋の上、それでも走っていると、暑さは幾分和らいだ。
「こりゃ、一雨来るぞ」
伝助がそう言った矢先、雨がポツリポツリと額に当たった。差していた陽が隠れ、空は暗雲に覆われた。彼らは側道から橋の下に慌てて降りた。橋の下に入ると、たちまち、すごい勢いの雨が降り始めた。
降りしきる雨。橋の下で彼らは雨宿りをした。遠くで稲光がし、暫くしてからゴロゴロと雷の音が鳴った。
「光と音の間が長ければ、雷様は遠いとこにいるからすぐ傍に落ちる心配はないが、低いとこにいたほうが安全だぞ」
伝助が独り言を言うように空を見上げて言った。伝助の物知りを感心しながら、彼は飽きることなく路肩を流れる雨水と時々光る空を見上げていた。30分くらい経っただろうか。
「晴れてきたぞ」
今まで黙っていた伝助がぽつりと言った。なるほど遥か遠くの空が少しずつ明るくなってきた。どんどん黒い雲は流れ、日がかすかに差して来た。
「さあ、行くぞ」
雨はいつの間にか小降りになっていた。伝助の掛け声で自転車にまたがる。ペダルをこぐと、頬に冷えた風が当たった。暑い夏の日に感じた清涼感だった。
*
2010年、秋、助一郎は、あの日から、随分、遠くまで来てしまった、と思う。夜、鈴虫がなく季節、彼は涼しい風を受けながら、あのじりじりと汗のにじんだ身体と暑い空気を思い出す。そして、今はいない父のことを一人になると思い出す。父のどこか嬉しそうな言葉。
「もうすぐ一雨来るぞ」
あれは、何か父の儀式のようなものだったのかもしれない。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
窓野枠 短編傑作集 5
窓野枠
大衆娯楽
日常、何処にでもありそうな、なさそうな、そんなショートショートを書き綴りました。窓野枠 オリジナル作品となります。「クスッ」と笑える作風に仕上げているつもりです。この本の作品20編をお読みになりましたら、次巻も、閲覧のほど、よろしくお願いいたします。
窓野枠 短編傑作集 1
窓野枠
大衆娯楽
日常、何処にでもありそうな、なさそうな、そんなショートショートを書き綴りました。窓野枠 オリジナル作品となります。「クスッ」と笑える作風に仕上げているつもりです。この本の作品20編をお読みになりましたら、次巻も、閲覧のほど、よろしくお願いいたします。
窓野枠 短編傑作集 7
窓野枠
大衆娯楽
日常、何処にでもありそうな、なさそうな、そんなショートショートを書き綴りました。窓野枠 オリジナル作品となります。「クスッ」と笑える作風に仕上げているつもりです。この本の作品20編をお読みになりましたら、次巻も、閲覧のほど、よろしくお願いいたします。
窓野枠 短編傑作集 10
窓野枠
大衆娯楽
日常、どこにでもありそうな、なさそうな、そんなショートショートを書きつづりました。窓野枠 オリジナル作品となります。「クスッ」と笑える作風に仕上げているつもりです。この本の作品20編をお読みになりましたら、次巻も、閲覧のほど、よろしくお願いいたします。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
機織姫
ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる