窓野枠 短編傑作集 1

窓野枠

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 前田周五郎は国勢調査を統括した総務省統計局長だった。彼はあらゆる数値に意味を見出し多くの業績を残した。定年退職した彼は、新たな統計調査を開始した。
 ある日、前田は釣り竿を持って、近所の児童公園のジャブジャブ池にやってきた。持参した折りたたみ椅子を広げると、どっかりと座り、池に糸を垂らした。傍らで幼児が水遊びをしていた。
「ねえ、おじちゃん、何してるの? 」
 5歳くらいの男の子が脇で水面に浮かんだ浮きを珍しそうに見つめていた。
「釣りだよ、坊や」
「何を釣っているの? 」
「それは糸を上げるまで分からないよ。そうだろ? 」
「ふーん」
 日が暮れ、前田は釣り道具を片付ける。胸ポケットのメモ帳を手繰る。
(きょうで1ヶ月、やはり何も釣れなかったな。この池では何も釣れないようだ)
 前田はしばし考え、はっとした。
「あしたからは駅前公園にしよう」
 翌日、駅前公園にやってきた前田は、いつものように釣り糸を垂れた。人は多いはずなのに、「何を釣っているの? 」という声が掛からない。拍子抜けした前田はあたりを見回した。ところが、彼を取り囲むようにして人垣ができていた。なんなのだ、この視線は、と前田は思った。
 その群集を掻き分けるように、警察官が数人近づいてきた。そして、前田の所で立ち止まった。
「この看板が見えないのかね? 署まで同行してもらおうか」
 前田は看板を見た。
「池に投げ込まれたコインを盗むと、罰せられます」
 慌てた前田が糸を引き上げると、針の先に5円硬貨が引っ掛かっていた。
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