蜃気楼の女

窓野枠

文字の大きさ
上 下
88 / 134
第32章 櫻子VS尚子

2話

しおりを挟む
 尚子が、頭に両手を当てて混乱状態の櫻子の体を抱いて興奮を静めようとして抱きついた。このままでは東京は死の町になるかもしれない。  
 しかし、櫻子はその尚子の腕を払いのけた。その瞬間、その勢いに押された尚子の体が一瞬空中に浮いたと思ったら、勢いよく後ろの壁に、一瞬で飛ばされた。尚子の体は壁に掛けてある風景画に背中から勢いよくたたきつけられた。壁に当たった瞬間、グシャ 尚子の全身の骨が砕ける音がしてから、ゆっくり床にストンと落ちた。櫻子の目から止めどもなく涙が流れた。  
「平八さん…… あたしの平八さん……」  
 櫻子は椅子に座ったままの平八郎のそばに立つと、彼の肩を包むように抱いた。  
「何? これ? 平八さんの体じゃないわ、どういうことなの? カチコチじゃないの?」
  そのとき、調理室にある秘密の抜け穴を通って、Androidと櫻子のやり取りを静かに見ていた尚子が、櫻子の前に姿を現した。壁に吹き飛ばされて体の手足が変な方向に折れ曲がって横たわっているnaokoタイプAndroidを見て、尚子は一瞬後ずさって、膝から崩れると、床に尻を付けて座り込んだ。
「ハー、何よ、これって? マジでヤバかったー! naokoタイプドールで良かったー、あたし、こうなってたもの、アー やっぱ、怖ーい、おねえーさまーだったー」  
 失意に打ちひしがれていた櫻子は、抱いていた平八郎の上半身から顔だけを尚子の声のする方向へ向けた。たたきつぶして身動きしない尚子の遺体のそばに、尚子と同じ格好をした少女が、尻を床に付けてへたり込んで肩で息をしている。  
「エェー あんたが二人? ど…… どういうこと??」  
 二人の尚子を見た櫻子は何が何だか、訳が分からなくなった。床に座り込んでいた尚子は、顔を櫻子に向けて慌てるように言った。  
「そ、それって、ドールです。かなり精巧なAndroidです。まだ、指示通りにしか動かないので、基礎の き、ができたって段階です。学園長本体は別室で元気にしていらっしゃいますのでご安心ください。それでは、これから学園長のところへご案内しますぅーー」  
「何? これは平八さんの人形? 今まで、人形を使ってあたしをだましたの?」  
「ウーーーン だました、って言うか、このドールの性能を櫻子さんに見てほしかっただけです。深い意味はありません。学園長もこういうテクノロジーが好きな人なんでこういう展開を仕組んだんです。学園長って、結構、いたずら好きで、お茶目なんですよ。でも、結果、櫻子さんを怒らすようなことになってしまって、申しわけありません、ごめんなさい!」  
 そう言って立ち上がった尚子は、気をつけの姿勢を取り、両手のひらを膝まで伸ばし深く腰を折って頭を下げた。櫻子は今での怒りが何だったの? 自分が愚かに思えてきた。
  櫻子の怒りが静まったと感じた尚子は、何も言わずに櫻子の前に来た。
「改めまして、安田尚子です。櫻子さま、どうぞよろしくお願いします」  
 にっこり笑った尚子は、右手を差し出し、握手を求めた。櫻子は顔を横に向けて、そっぽを向いた。  
「ふん! あんたね、あたしをだましたのよ! 絶対、許さないから!」  
 櫻子は両腕を胸の前で組み、口をへの字に曲げた。その顔を見て尚子はクスッと笑った。  
「フフフ 、そういう櫻子さま、キュートです。あたし、そういう櫻子さま、好きです」  
 そう言った尚子は櫻子をじっと見つめていた。尚子のにこやかな顔の表情を見た櫻子は、嫌な予感を感じた。櫻子は顔をわずかに紅潮させて言った。  
「何、ポーとしてんのよ? あんた、早く平八郎さんのところへ案内しなさい!」  
 櫻子は自分の顔を見つめたまま放心状態の尚子の額を人差し指でツンと押した。  
「えっ、あ、す、すみません」  
 櫻子を見つめてしまっていたことに気が付いた尚子は、顔を赤面させ、慌てて、櫻子の前から即座にきびすを返し歩き始めた。彼女は、食堂から出ると、橋本のいる部屋にまっすぐ向かった。尚子に好きと言われた櫻子は少しだけ嬉しかった。櫻子は前を歩く尚子に声を掛けた。  
「ねえ、あんた、絶対、許さない、って言ってるでしょ。シカトするんじゃないわよ!」  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

喜劇・魔切の渡し

多谷昇太
大衆娯楽
これは演劇の舞台用に書いたシナリオです。時は現代で場所はあの「矢切の渡し」で有名な葛飾・柴又となります。ヒロインは和子。チャキチャキの江戸っ子娘で、某商事会社のOLです。一方で和子はお米という名の年配の女性が起こした某新興宗教にかぶれていてその教団の熱心な信者でもあります。50年配の父・良夫と母・為子がおり和子はその一人娘です。教団の教え通りにまっすぐ生きようと常日頃から努力しているのですが、何しろ江戸っ子なものですから自分を云うのに「あちし」とか云い、どうかすると「べらんめえ」調子までもが出てしまいます。ところで、いきなりの設定で恐縮ですがこの正しいことに生一本な和子を何とか鬱屈させよう、悪の道に誘い込もうとする〝悪魔〟がなぜか登場致します。和子のような純な魂は悪魔にとっては非常に垂涎を誘われるようで、色々な仕掛けをしては何とか悪の道に誘おうと躍起になる分けです。ところが…です。この悪魔を常日頃から監視し、もし和子のような善なる、光指向の人間を悪魔がたぶらかそうとするならば、その事あるごとに〝天使〟が現れてこれを邪魔(邪天?)致します。天使、悪魔とも年齢は4、50ぐらいですがなぜか悪魔が都会風で、天使はかっぺ丸出しの田舎者という設定となります。あ、そうだ。申し遅れましたがこれは「喜劇」です。随所に笑いを誘うような趣向を凝らしており、お楽しみいただけると思いますが、しかし作者の指向としましては単なる喜劇に留まらず、現代社会における諸々の問題点とシビアなる諸相をそこに込めて、これを弾劾し、正してみようと、大それたことを考えてもいるのです。さあ、それでは「喜劇・魔切の渡し」をお楽しみください。

窓野枠 短編傑作集 6

窓野枠
大衆娯楽
日常、何処にでもありそうな、なさそうな、そんなショートショートを書き綴りました。窓野枠 オリジナル作品となります。「クスッ」と笑える作風に仕上げているつもりです。この本の作品20編をお読みになりましたら、次巻も、閲覧のほど、よろしくお願いいたします。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

窓野枠 短編傑作集 5

窓野枠
大衆娯楽
日常、何処にでもありそうな、なさそうな、そんなショートショートを書き綴りました。窓野枠 オリジナル作品となります。「クスッ」と笑える作風に仕上げているつもりです。この本の作品20編をお読みになりましたら、次巻も、閲覧のほど、よろしくお願いいたします。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

男子高校生ヒロサダの日常

mr110
大衆娯楽
おっさんっぽい男子高校生の日常 感想をどしどし、書いて欲しいです。^_^

最近の女子高生は思想が強い ~雇用・利子および女子高生の一般りろん~

輪島ライ
大衆娯楽
 東京都千代田区にある私立ケインズ女子高校は本来の意味でリベラルな学校で、在学生には寛容の精神と資本主義思想が教え込まれている。  社会派ドタバタポリティカルコメディ、ここでも開幕!! ※この作品は「小説家になろう」「アルファポリス」「カクヨム」「エブリスタ」に投稿しています。 ※これは架空の物語です。過去、あるいは現在において、たまたま実在する人物、出来事と類似していても、それは偶然に過ぎません。 ※姉妹作「天然女子高生のためのそーかつ」を並行連載中です。(内容に一部重複があります)

処理中です...