窓野枠 短編傑作集 5

窓野枠

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まさか、そんな

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 つい、うとうとしてしまった。いけない、と思った鈴木次郎は今、止まるべき、駅を通過してしまった。次郎はJR北海道の運転手であった。
「あ」
 ただ、それだけ、の後悔でしかなかった。まあ、いいじゃん。次郎は止まらなければいけない駅を通過してしまった。しかし、もう、どうすることもできない。次郎の脳裏には、マスコミから非難される記事が目に浮かんだ。
「ふ、やっちまったな? 」
 次郎も腹をくくった。通過した駅の次の駅にきた。別に何の騒ぎもなかった。そして、終点の駅。折り返しで、いつものように、運転を交代した。交代の運転手がなにくわぬ顔で言った。
「お疲れ様でした」
 次郎は間髪入れず聞いた。
「あのう? 結構、騒ぎになってますか? 」
 交代の運転手は首をかしげながら言った。
「何のことでしょうか? 」
「いえ、いいんです」
 次郎はそのまま、家に帰り新聞を見た。駅事務所に寄って、てんまつを聞けば早かったのであろうが、そんな勇気はなかった。上司に会ってミスを詫びれば、気分は幾分安らいであろう。しかし、次郎の場合、駅を完全に通過し、隣の駅まで行ってしまったのである。同乗の車掌の責任もあろう。しかし、どうして止まるべき駅を通過した直後、車掌は知らせてくれなかったのか。憤りを感じた。
 次郎はテレビやラジオのスイッチを入れてみたが、何の報道もされていない。なぜ、騒ぎにならなかったのか。それは、通過した駅に人が誰1人としていなかったからである。乗ろうとする乗客も降りようとする乗客もいなかった。まさか、そんな馬鹿な、と思うかもしれないが、事実いなかったのである。誰一人騒ぎ立てる人間はいなかった。だから、事件にもならなかった。上司も騒ぎを大きくしたくなかったので、黙っていたのである。まさか、そんな、あり得ないことが起こった。まさに、まさか、そんな、の出来事であった。

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