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2部 本編のその後の話
2部 2話 蚊帳の外
しおりを挟むやらかして、一応、ギィドのと関係をギリギリ繋いだ、とは言えど。
そう簡単に直ぐさま距離を詰めるのは得策ではないだろうと、受付をするギィドに絡むのもタイミングと頻度を測り、シャルトー的には比較的に大人しく。ここのところなんて、とてもお行儀良くしているつもりだったがいつまでも下手に出ていてはつまらない。だから、そろそろ切っ掛けが欲しい、とは思っていたところで。
「へぇ、あのオッサン【魔知眼】持ちなんだ」
「微弱だけどな」
「それでも居ないよりはマシってワケか。俺みたいな『ヒビ割れ』まで必要って、ホントに人手不足なんだ」
「お前さんは意外に詳しいみたいだな?」
ギィドが非番の日をわざわざ指定して呼び出されたギルドマスタールームで。
死亡魔術師の家屋調査補助という特別任務の依頼書を目に通したシャルトーの言葉に、ウォルトは意外そうに片眉を上げた。
「『ヒビ割れ』だからネ、魔術師と関わりたくなければ、知らないより知ってる方が避けやすい」
「なるほど」
片目を眇め、唇を歪に吊り上げたシャルトーから滲む嫌悪感に、ウォルトは苦笑する。
魔術師の悪い性質、魔術師至上主義で排他主義は、実際に相対してみないと分からないモノだ。
基本的に数の少なくなった魔術師は協会で研究に明け暮れ、殆ど外へは出てこない。たまに出てくるのはソレこそ変わり者か、爪弾きされたり、魔術師と名乗れるほどの実力や魔力を失ったりした者くらいだ。
魔術師の数や質が下がった所為か魔術師は非魔術師、強いては非魔力保持者への忌避感が強い。
けっして魔力の性質は血統のみでは決まらず、突発的に魔術師の素質が現れる事もあれば、魔術師同士からでも魔力の無い子が生まれることがある、とはいえ『空っぽ』に近づけば魔力が吸い取られるなんて迷信を信じる者がいる程には非魔力保持者は魔術師に嫌われている。
「だからあまり関わりたくないんだけド?」
「気持ちは分かる。だが俺に貸しを作れると思ってくれないか」
「なんで俺? ギィドの眼はまだ分かるけど」
ギィドと一緒なのは良いチャンスだが、しかし今回の仕事はあまりにも何もやることがなさ過ぎる。
荒事なら、ギィドは自分の立ち回りを気に入っている節がある。カチリと連携のタイミングが合えば機嫌が良くなるだろうが、そういった事は望めそうにない依頼だ。
むしろギィドとてこの手の仕事は好みではないだろう。だとすればいくら一緒とはいえど、無駄に苛立つ側に居るメリットは少ない。
「本来、こういう調査は少なくてもちゃんとした魔術師3人は必要なんだよ。魔術師ってのは定期的に研究内容を上に報告するが、1から10まで報告する人間なんていない。だから死んだ後、隠してた研究がないか、ざっと調べるんだが……それをアイツら、セレン1人でやらせようとしやがって。一応、俺も補助に入るが、少しでも負担が減らせる人選だ」
「なにそれ、ヤバイやつじゃん」
ウォルトの話にシャルトーは鼻の上に皺を寄せる。
公に出来ず、わざわざ隠すような物なんて、大抵はろくでもないと相場が決まっている。
それに大事な物を隠そう、守ろうとする時、やることと言ったら大切に仕舞って鍵をかけるか、盗られないように罠を仕掛けるのが常套手段だ。
「お前が想像するよりは危険は無いさ。協会はセレンに嫌がらせはしたいが、殺したいわけじゃないからな」
どうも話がきな臭くなってきたと、疎むシャルトーにウォルトは言葉を重ねる。
「この仕事だってやろうと思えばセレン一人でも出来なくはない。神経はすり減るだろうがな。それくらいにアイツは優秀だから、協会はそう簡単にセレンを殺すような事は出来ない」
「にもかかわらずアンタとくっついて、協会の外にいるから嫌がらせを受けてるワケ?」
「いい女だろ」
「あんたの趣味はわかんないけどネ」
「分かるのは俺だけで良いさ」
にやりと笑うウォルトに、なんで俺のろけ話されてるノ? とシャルトーは溜め息を吐く。
とりあえず、どうにもこうにもウォルトはシャルトーが依頼を受けるまで引く気は無いらしい。
「……あんまり納得は出来ないンだけど」
『空っぽ』――正しくはシャルトーの場合は僅かに流れる魔力が溜まらない『ヒビ割れ』で、魔力の干渉を受けづらいと言うのは確かだが。それだってやろうと思えば魔術師自身の力や、お高い魔道具を使えば出来ないワケじゃない。だからウォルトがこだわる理由がわからない。それが引っかかる。
「あ~……あとはそうだな半分は『勘』だな」
「勘? それダケ?」
「まあ、それだけだが、お前がいると良さそうだっていう『勘』がする」
「……」
ひたり、とウォルトがシャルトーの視線を受け止めて答える。
鼻白むシャルトーを見返すウォルトの瞳にはただの思いつきだとか、ちょっとした気まぐれじゃない、確証めいた確固たる意志が宿っていた。
理由や根拠は分からない、しかしまるでお告げでも受けたように不思議な『勘』を持った人間と言う者がいる。その事をシャルトーは知っているし、理解は出来ないが受け入れざるを得ないぐらいには生きてきた。
「アンタって『勘』は良い方?」
「少なくともこの歳でギルドマスターになるくらいには」
きっぱりと言い切られてしまっては、もう乗るしかない。下手な理由より、元々頭が切れるにもかかわらず、それでもウォルトがワザワザ推す『勘』の話を信じるくらいがこの世界、よっぽど長生き出来る。
こうなったら、気持ちを切り替えて否応にも逃げようがないギィドにどう絡むかとシャルトーは考える。一応、任務が完了するまでは大人しくして、早速ウォルトに作った貸しとやらで仕事終わりに一杯引っかけにでも付き合わせるのも良いかも知れない。
シャルトーを見つけるとギィドは顔をしかめつつ、3回に2回は諦め悪くあからさまに避けたり無視をしてくるが、試闘の誘いに限っては半分の割合で受けてくる。
そのあたりを踏まえて上手いこと誘い出せたら、なんて算段をしながら。
そうして迎えた依頼当日――
『おはよ』
『……』
シャルトーの姿を捉えた瞬間、ギィドが普段から刻まれた眉間のシワをぐっと深くしながら、しかしそれ以上は反応してなるものか、というように視線をそらす。
それにシャルトーは思わず揶揄いたくなるのを我慢して口の端をむずつかせ、まだ大人しくしておこう、と爪を仕舞ったのは今朝の事だ。
ギルドから乗り合い馬車でほんの3時間程度。
街の城壁を越え農地が広がる片隅に、苔生した石積み塀でぐるりと囲まれて、目的の魔術師の家はあった。
ちょっと見、点在する農家の一つと流してしまいそうになる、が。石造りでも整った形の朱色の焼き煉瓦を取り入れ、錬鉄の飾りがついた格子窓はわずかに他の建造物より羽振りの良さを伺わせていて。なにより家の周りに敷きつめられた砂利で、異質な線がぐっと色濃くなった。
ザクザクと侵入者の足音を知らせる、分厚い砂利の層は、荷車の車輪が滑る。そんなモノをご丁寧に敷きつめるような事を普通の農家はしない。
(とは言え、魔術師の家というイメージでもないけド)
家の第一印象をシャルトーはそう評価しつつ。
セレンを先導に、ギィド、シャルトーと続き、殿をウォルトの順で家の中へ入る。
そしてそれからは事前にあれほど警戒していたのが馬鹿らしくなるほど退屈でつまらない作業だった。
荒事ならギィドとシャルトーが主体だが、ココでの主導権はセレンだ。基本的にセレンが動き、ギィドは『眼』で気づいた事を告げ、シャルトーとウォルトはセレンの指示通りに細々と動く。
どうも魔術関係の知識が豊富らしいウォルトはちょこちょことセレンと意見を交わし、棚や紙束の中身をチェックして書類に記入をしているし、ギィドも微弱とはいえ、何時もよりも色々と『見える』らしく、興味深げに部屋の中を観察して回っている。
その中で魔術の知識なんぞ無いシャルトーは、セレンの短い単語のような言葉で指示をされて物を持ち上げたり家具を移動させたり、子供の手伝い程度の仕分けぐらいしかやることがなく。退屈だからと言って無闇に弄くり回すほど馬鹿ではないが、手持ち無沙汰で逆にキツイ仕事だった。
(俺、必要だった――?)
たまにギィドが何かを『視て』、ほうっと見蕩れて間抜け面をしているのを眺めていたら、シャルトーに見られている事に気づいたギィドが気まずげに顰めっ面になったりしたのは面白かったが。
仕事に取りかかる前にウォルトから「念のため渡しとく。後で返せよ」と魔道具の守護石をギィドとシャルトーに渡してきたのも本当『杞憂』だったと、ウォルトの『勘』も、あまり大したことが無いのかもなと思ったものだ。
「完了、不備無し」
セレンがそう声に出したときに、シャルトーは我慢しきれずに大きく欠伸をした。
それをウォルトが苦笑しながら。
「お疲れさん。悪いな、取り越し苦労だったみたいだ」
「ほんとにネ」
労る様に肩を叩かれ、先に外に出て良いという指示を受ける。
背後でギィドにも同じような声をかけるウォルトの声を聞きながら、家の外へ出て。
陽は傾き始めているが、夕暮れはもう少しさきという空を見上げ、街に帰る頃には晩飯を提供する店も丁度賑わい始める時間帯かな、と考えた、その瞬間――
「っぐ、ぎ……っ!」
「は!? ギィド!! ちょっ…!?」
何かが砕けた音に続いて、ひしゃげた声に振り返れば、ギィドの身が大きく傾き、咄嗟にシャルトーは手を伸ばした。
まるで硬直した様に、受け身もとらずにギィドが地面に叩き付けられる、そのギリギリの所で引き寄せ、身体を滑り込ませて頭を打ち付けるのを回避する、が。
自身の膝の上に乗ったギィドの顔を見てシャルトーはギョッとした。
つい先ほどまで面倒くさそうに、だがしっかりと警戒に視線を走らせていた眼は真っ赤に充血し、瞳は瞼の裏へ半分以上隠れ、顔色は赤を通り越してどす黒い色になってなっている。ガチガチと歯が鳴る口の端からはだらりと、泡だった唾液が垂れる。
一体、ギィドの身に何が起きているのか。
原因は分からない。ただ、かなり不味い状況だと言うことだけは察して。
「否、不覚!」
「クソ、タチが悪い……!」
「……っ、コレなに、なんでオッサンがこんな事になってんの……!?」
コチラへ駆け寄ってくる、恐らくギィドの現状を一番理解しているだろうセレンとウォルトに問うが、二人はギィドに目を走らせて、苦虫をかみつぶしたよう顔を歪める。その表情には見覚えがあった。
シャルトーはソレがどういう意味を持つものか考え、答えを思い出したとき、急にすべての音が遠くなった心地がした。
――アレは、打つ手がないと気づいた人間が浮かべる苛立ちの表情だ。
「嘘でショ……」
「思案! 逆流、脈流調整、解除……否、集約、廃棄、循環器大……?」
「考えろ考えろ考えろ考えろ、時間、連絡飛ばすか? 向こうから向かわせて、こっちからも向かえば…いや、それより打ち消しか? こうなったら破壊覚悟で……」
浮かんだ最悪な予想に思わず言葉が漏れる。
シャルトーの呟きにも反応する事もなく。痙攣を始めたギィドを見つめたまま、ぶつぶつと思案する二人は諦めていない。だが焦燥した様子に絶望的な状況だという事実は覆らない。
なんでだ。なんでこうなった?
一体、何が起きているのか。
知識の無いシャルトーには分からない。
周りに散らばる破片が、ギィドの守護石だと辛うじて分かって。ソレが砕け、身代わりに砕けてなお、ギィドがこの状態だという現状が、どれだけの事なのかすら分からない。
(あ……)
白目を剥いたギィドの顔色が、薄くなってゆく。どす黒い土色から改善したのなら良かったが、実際はみるみると血の気が引いて青白くなってゆくその色に、シャルトーの心臓は殴られたようにドッと大きく跳ねた。
これまで幾度か目にした事がある、それは死人の色だった。
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