触れるな危険

紀村 紀壱

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2部 本編のその後の話

2部 序話 後悔先に立たず

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 本編のその後、2回目に至る話



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 一体、俺が何故こんな事をしなければいけないのだろうか。
 そもそも、頼んでいない事に責任を感じなければいけないのか……何度目とも知らない自問自答に、ギィドはヒクつくこめかみを指で押さえる。
 もう二度と、この場所に来ることはないだろうと思っていたというのに。
 職人通りの片隅、共同住居の赤茶けたペンキが浮いたドアに、ノックの代わりの蹴りを入れ、ギィドはため息を一つ吐く。
 八つ当たりの入った蹴りに、ドアは大きく軋んだ音を立てたが、反応が返ってこない。
 留守か。部屋の主が、不在ならばそれでも構わない。
 しかし。

「おい、いるんだろ。さっさと開けろ」

 妙な勘でもって扉の向こうへ声を投げれば、今まで物音一つしなかったのに、人の気配と物が倒れるような音がした。
 もう一発、蹴りを入れるかと足を上げたところで扉が勢いよく開く。

「っ!? …………は、ドウいう風の吹き回し?」

 開いた扉から現れたのは、シャルトーだ。
 ギィドの存在に目を見開き、すぐに取り繕うように目を細める。片方の口の端をつり上げ顎を引いて皮肉げに首を傾けるが、しかしその額にじわりと滲んだ汗を見てギィドはため息をつく。
 嗚呼、まったくもって『セレン嬢の予想』が外れていれば良いと思っていたが。

「調子、悪そうだな」
「……何、お見舞いでもしてくれに来たノ?」

 きっといつものシャルトーならば、揶揄するような笑みを浮かべていた生意気な台詞に聞こえたのだろうが。残念ながら視線を落とすその目元は青白く見え、声は掠れ調子で完全に弱っていた。
 もう少しいつも通りであれば『大丈夫そうだな』と、切り捨ててしまえたのに。
 他者に弱みを見せるべきじゃない。そんな生き抜くための基本的な技術すら忘れてしまったかのように繕い切れておらず、何故ギィドがやって来たのかという疑問も上手く隠せない様子のシャルトーに、希望通りにはいかねぇなと、ギィドはガリガリと頭を掻く。
 少しでも腹の立つ態度を取ろうモノなら捨て置こうと思ったが、流石にこんな様子ではそれなりに良心がチクりと胸をさす。
 むすりと口の端を下げ、溜め息を吐くギィドをシャルトーが訝しげに見る。

「ナニ、用事が無いなら帰って」
「用事ならある。中に入れろ」
「帰って欲しいんだけド」
「てめぇの調子が悪い原因を聞いた」

 事の子細を聞いたときには耳を疑ったが。
 シャルトーのこの不調はギィドが原因だ。

「……デ? 感謝してるんならソレこそそっとしてお……っ!?」

 不遜な態度というより、子猫が毛を逆立てるような程度にしか感じないくらい、顔色の悪い様子に、コイツに貸しが増えるのが嫌なだけだ、とギィドは言い訳をしながら。
 だるそうに扉にもたれかかったシャルトーの腕を掴んで部屋の中へ押し入る。驚いた顔で僅かな抵抗があったが、振り払って止められないくらいにシャルトーは弱っていた。

「なに、なんだよッ……!?」
「…………クソが」

 ベットの上に放り投げると、ぐしゃりとシャルトーの身体が崩れる。
 本当は相当キツいのだろう。顔色が先ほどよりも白くなった気がして、こんな状態で本当に大丈夫なのかと思う。
 ギィドは内心悪態を吐きながら、そのままシャルトーの太ももを跨ぎ、どかり、とそこに腰を下ろせば、一体コレはどういうことなのだろうかと、シャルトーは目を白黒させた。

「っ!」
「!?」

 シャルトーをベットに放り込んだ勢いで、服がめくれ上がって露出した腹に、ギィドが手を伸ばす。
 すると肌に触れた瞬間、毛が総毛立つような心地が『二人』を襲った。
 ぞわりと、細かな羽で産毛だけをくすぐられた様な触覚。
 シャルトーも同じなのだろう。目を見開いて今のは何だと驚愕が顔一杯に広がっている。
 ――神経が繋がり、露出しているようなモノだ。
 難解なセレンの言葉をウォルトに要約してもらって聞いた時にはどういうことだと眉をひそめたが。こういうことかよ、と実感を伴って理解したギィドは今更ながら決意を後悔しそうになった。

(嗚呼、クソッタレ! ここまでとは聞いてねぇぞっ……!)

 自分が触れた方なのに、じわりと腹の底が火照る感覚に、ギィドは口の中を噛んで呻きそうになる声を殺した。
 度数の高いアルコールを空きっ腹にかっ込んだ時のように頭の芯まで熱が広がる。
 想像以上の早さと効果に慌てて手を引っ込めようとする、が。

「っ……!」
「ねぇ、コレ、どういうこと……?」

 無事に腹から離した手を、今度はシャルトーが捕らえた。
 先ほどの弱り切った調子からは信じられないほどの力強さで、手首を掴んだシャルトーの手のひらは茹だるほどに熱い。じわりと掴まれた所に汗が滲んだのはどちらのものか。

「はなッ…………せっ……!!」
「無理、……は、はは、なにこれヤバイ、アンタはどんな感じ? なぁ、ギィ」

 だるそうにしていたはずの上体を起こして、シャルトーはギィドの顔を下から覗きこんでくる。
 青白かった顔は随分と血色が良く、渇いた瞳は今やギラギラと輝いている。
 シャルトーに捕まれた部分から『何か』が流れ込んでくる感覚がする。事前の話ではそれは『元々はギィドの魔力』のはずだが、まるで体積を持っているように身体が比例して重くなってゆく。
『素人同士の魔力循環は危険だが、今回は返還だからそれ程不味いことにはならないだろう』なんて、ゆるく後押ししたウォルトの顔をぶん殴ってやりたい。
 身体の神経がむき出しになっている様だ。服が擦れる感覚にすら、痛みに似た疼きがして舌打ちをしたいが、舌を自分で動かすのにもビリビリと刺激を覚える。
 コレのどこが『それ程不味くない』と言うのか。

「アンタ、こうなる事を分かってて来たんだよネ?」
「っ、……ぅ、ち、げ、……っ!」

 瞳孔を開いたシャルトーが顔を近づけてくるのを避ける事もできずに。
 唇を熱い呼気が撫で、戦慄きながらも威嚇して歪めた口にシャルトーが喰らいつく。

「!? …………う゛、ぁっ………!」
「……ん、はぁー……これ、アレか、……アンタの魔力が原因か……うっま……」

 なけなしの抵抗で引き結んだギィドの唇をシャルトーは舌先でこじ開けようとしたものの、あっさりと引いてそのまま舌はギィドの顎から喉元までを舐めしゃぶってゆく。喉の柔らかい肉をまるで肉汁が滴っているかのように舌で吸って、シャルトーは恍惚とした声で思い出したというように言った。

「魔力の返還、だっけ……そのためにワザワザ来たノ……?」

 魔力酔いによる愉悦に口の端を引き上げたシャルトーの問いは正解だが、現状の有様については想定外だとギィドは茹だつ頭で否定する。確かにギィドはシャルトーの中で渦巻く『ギィドの魔力』を引き取りに来た。
 その引き取りに際しての「リスク」を理解してはいたが、ここまでだとは思っていなかったのだ。
 ギィドの腰がゆらりと無意識に揺れ始めている。その事すら知覚が難しくなりながら。
 否定の言葉を吐きたいが口を開ければ直ぐさまシャルトーに喰われるだろう。僅かに残った思考を必死に手放さないよう握りしめつつ。コレを『それ程』と判ずる魔術師ってのは頭のイカレタ奴ばかりで嫌なんだ、と事の原因になった依頼についてギィドは頭の中で中指を立てた。


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