触れるな危険

紀村 紀壱

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番外編

番外1 反省はしているが 【中】

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『ただの自白剤じゃつまらないので、オマケとしてちょっとした催眠効果を付けてみました』

 まるで子供向けの甘い風邪薬にしてみました、とでも言うような調子で。
 人によっては大金を支払っても手に入れたいだろう効果付きの薬を、ぽんっと軽く手渡してきたミミズにシャルトーは顔をしかめた。
 得をするのはやぶさかではないが、対価が等しくないモノは時にやっかいごとを生む。
 流石にコレは、と警戒を示せば、ミミズは喉の奥でケケケと鳴くように笑って。

『たかだか一晩程度の完全な催眠じゃあないので、その程度で驚いて貰っては困りますよ』

 もっと自分は優れたモノを作れるのだと匂わせながら。やれやれと眉を下げるミミズに、シャルトーはどうやら自分が考えていた以上に相手を侮っていた事に気がついた。
 ミミズの『二つ名』を耳にしてはいた。
 しかし、こうも堂々と歩いているという事は優秀だが、身を潜めるほどではないだろうと思っていたのだが。
 それが、でたらめの様な技術力故に、常時ミミズの周りには催眠効果のある香が焚かれていて側によればミミズが望まない相手は上手く認識できないとか。またミミズから一度『害をなす者』だと判断されれば、その名を口にすることすら怯えるほどの地獄を見ることになるとか。後日、改めてミミズの事を調べた時に知ったことだった。
 そんな薬狂師ミミズが。

『催眠っていうのは、順番がとっても大事なんですよ』

 せっかくなので催眠薬を使うアドバイスをしてあげましょう、とニタリと歪んだ笑みを浮かべて言った言葉を思い出す。
 催眠薬を処方した相手に、ただの石ころを宝石だと思い込ませるにはどうしたらすんなりとかかりやすいのか。
 それは、石を手渡した後に「それは貴重な宝石だ」というよりも、「今から貴重な宝石を渡すから気をつけて受け取れ」と言って石を渡した場合、後者のほうが圧倒的に暗示にかかりやすい、というのだ。
 言うなれば、刷り込みのような物だ。
『最初に』頭に認識に植え込んでしまえば、人というのはそこから抜け出すのが難しくなる。
 先に石を見せてしまえば石だという認識が生まれてしまい、後から「宝石」だという認識が入り込みにくくなる。
 逆に「宝石を渡す」という言葉を先に刷り込めば、渡されるものを宝石だと信じ込んで何を渡されたのか確認すらしなくなる。
 それこそ「手に持ったそれは本当に宝石なのか?」なんて綻びを向けてやらねば、催眠を受けた頭は疑問を覚える事すらしなくなるのだ。
 そして、もう一つ。

『知ってますかねぇ。催眠薬って言うのは効いている間、外界からの刷り込みを受けやすくするもんなんです。しかし効果が切れたからって深く刷り込みした事はそう簡単に綺麗さっぱり無くなるもんじゃないんですよぉ』

 ニタニタと、口の端を引き上げた顔は幼くとも、決して子供だとはもう思えない様な歪な物だ。

『もちろん、私ならまるっと綺麗に刷り込みを消してしまうような事もできますがねぇ? でもきっと残した方が面白いでしょう?』

 まるで必要だろうと予言するような。弾む調子の言葉の指す先を、その時はミミズの語る効用と、薄気味の悪い笑いに気を取られ、深く考えてはいなかった。
 しかし、どこかその言葉はシャルトーの中で引っかかり続けて。
 だから。
 アロ・ルル狩り終わりの夜、何度も「オレに触れられるのは気持ちいいことだ」とギィドに植え付けるように伝えたのは、言えば反応が良かったのもあるが無意識ながらもミミズの言葉の影響されていたのだろう。
 そして、多少の細工はあれどペニスを擦られれば快楽を覚えてしまう男というのはとても単純な生き物だ。分かりやすい雄としての快楽でグズグズになるまでイカせ続けながら吹き込まれたシャルトーの言葉は、ギィドの中にしっかりと根をおろして。




「ぐ、……っ」

 ギィドの異変にシャルトーが気がついたのは、バジダラの痺れ薬で自由を奪ったその身体に手を伸ばした時の事だ。
 シャルトーとて初めはギィドと最後までするつもりは無かったのだ。それはギィドを気遣うと言うよりも、単純に普通は性器以外で快楽なんぞ感じにくい物だと分かっていたし、その状態で最初から苦痛として行為を認識させるよりも、どんどんとボーダーを下げてゆく方が勝算が高いと踏んだからだ。
 人は苦痛には耐えても快楽の方が耐え難いという。だから初めは手コキの抵抗感を下げ、自分で擦るよりは気持ちが良いからぐらいの、ギィドの面倒くさがりを利用しようとしていた……のだが。
 ついつい緩くカールした顎の下の短い髭が目に入ると、以前触った時の感触を思い出し『少しぐらいは』と欲を出して触れたら、だ。
 シャルトーが触れた途端、ギィドの瞳にじわりと情欲が滲み出すのに気がついた。むずがるように不自由な身体を動かして、シャルトーの指先から逃れようとする様子は、催眠で引きずり出した快感に抗う時のそれと同じだった。
 その瞬間、シャルトーの脳裏にミミズの『刷り込みした事は無くならない』という言葉が思い起こされる。
 まさか、と思いつつ。
 それでも手を這わせれば、期待はすぐに確信に変わってゆく。
 本来なら開発しなければ感じないはずの胸にも、嫌がる素振りを見せながら触れられる度に息をつめ、びくびくと身体をヒクつかせるギィドにシャルトーは目を細める。
 とんだオマケもあったものだ。
 予想外の思わぬ収穫に、シャルトーは知らず知らずのうちに高揚していた。
 自身の家に引きずり込むことも、バジダラの痺れ薬で自由を奪う事も、あまりにも上手くいきすぎたのだ。
 だから思いのほか自身の酒が過ぎていた事に気がつくことも出来ず。
 あのギィドが組み敷かれ、己の手に翻弄され、喘ぐ。
 そう、ちっとも色気もない低く押し殺した声で喘いでいるのに、その声にシャルトーが当初立てていた計画がボロボロと崩れて、脇に押しやられてしまう。
 いい加減やめないとギィドとの関係の修復が難しくなりそうだ、と分かっているのに。
 あと少しだけ。もうちょっとだけ。まだ大丈夫。だってほら、ギィドだってこんなに気持ちよさそうだし。
 そうやって言い訳を重ねているうちに、すっかり茹であがった思考は目の前獲物に我慢が出来ず。己の手に素直に開かれる身体を堪能する事に溺れたのだ。





「あ゛~、どうするカナ……」

 窓の外がうっすらと明るさを帯び始めているのを感じながら、シャルトーはこのまま頭を抱えている場合ではないと唸りながら身を起こす。
 チラリ、と傍らのギィドを見る。
 慣れない行為故か、それともバジダラの痺れ薬の所為か、両方か。
 ぐったりとして起きる気配の無い様子を確認し、少しでも現状をなんとかプラスは無理でも0に近づけるべく、汚れた身体やらシーツやらをできる限り整えた。
 恐らくこのままでは確実にぶち切れコースだ。
 いや、ぶち切れですめばいい。下手をすると完全な存在否定ガン無視になる可能性が非常に高い。
 そうなってしまえばきっと、謝罪する以前の話になってしまう。

(どうすル……?)

 出来ることなら昨日の浮かれた自分の首を絞めて止めたい。いや、ヤレたのは滅茶苦茶良かったけれども。
 まるで縄張りを追われた穴熊のように無駄に部屋をうろうろする自分を情けないと思いながら、何か名案はないかと頭を悩ませて。

「…………」

 不意に浮かんだ『男の顔』にシャルトーは顔を顰める。
 それは恐らく現状考えられうる手のなかで最良の選択だ。しかしその男に頼るのはシャルトーの矜持が酷く邪魔をする、が。

「クッソ……」

 悪態を吐き捨てながらシャルトーは頭を掻きむしり、引き出しの隠し戸からとっておきの回復薬マジックポーションを取り出し、目につくだろう机の上に置く。
 懐が痛い出費だし焼け石に水だろうがやらないよりは少しはましだろう。
 はあっ、とため息を一つ吐き、シャルトーは男に会うために部屋を後にする事にした。

 ジャグ・グライン。

 ギィドの元相棒である男ならきっと、とんでもなくやらかした時の対応も何か知っているかも知れないと、そう期待して。


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