触れるな危険

紀村 紀壱

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15話 触れるな危険 【前】

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<ギィド視点>



 
 こんな稼業だ。
 今までの人生で厄介事に巻き込まれることなど、それなりにあった。
 それなりにあったが、一体、何がどうしてこうなってしまったのか。



 今日も今日とて。
 ギルドの受付が空いた時を狙ってふらりとやってきた悪友は、俺の顔を見て笑うのを必死にこらえた結果、口の端をピクピクと痙攣させた。
「えらくお前のことを気に入ってんなーとは思ったけど、こんなクソ面白いことになるとは、予想外だったわ。つかギィ、マジですまん。俺めっちゃお前の事を話ちまったわ。でもまさかアイツがお前に惚れるとか思えなくね?こんなおっさんに惚れるとかありえなくね?」
「死ね」
 謝罪する気が一欠片も感じられない調子でのたまって。
 俺は手に持ったバインダーをそのムカつく顔面へと振りおろす。
「うおっ! あっぶね! お前、角はやめろよ、角はよぉ!」
「ちっ」
 予想はしていたが、ギリギリで躱されて。第二弾の攻撃を考えてもいいが、本気を出さなければどうせ躱されてしまうだろう。
 そもそもこんなことで本気を出すのもバカバカしい。
「で、何しに来た。巫山戯たいだけならさっさと消えろ」
「いや茶化して悪かったって。……なんつーか、その様子だと、あの噂マジなのか」
 急にニヤニヤとした顔から、苦笑した顔に変わって尋ねられる。
 茶化されるのも腹立たしいことこの上ないが、かと言って心配されるのもいけ好かない。
 俺が無言で顔を顰めれば、ジャグはグシャグシャと頭を掻いた。
「マジかー。いや、アレは冗談じゃなかったっぽいけど、マジだったか。お前何してんの、アイツのこと認めろって言ったけど、惚れさせろとは言ってないんだけど」
「何もしてないし、なんだアレって」
 嫌な予感がして、思わず尋ねる。
「聞いちゃう?」
「………やっぱりいい」
「いや、なんかシャルトーにめっちゃ宣戦布告みたいなのされたんだけどな? 俺、お前をアイツと取り合う気無いんだけど? 何なの、俺なんで巻き込まれてんの?」
 いいと言ったのに、べらべらと話される内容に、ザマアミロと言いたいところだが、内容がひどすぎて皮肉すら口にする気力もわかない。
「しっかし、ホントになんでこうなってんだよ、お前」
 ジャグはため息を付きながら頭をかくと、呆れたような視線を投げてくる。
 その視線を眉間にコレでもかとシワを刻み睨み返しながら、最近、自分の中でも何度繰り返したかわからない言葉を吐き出した。


「――なんでこうなったかなんて、そんなもの俺のほうが聞きたい」






 シャルトーとの関係が今までとは全く別の方向で面倒くさい事になったのは、4日前のアロ・ルル狩りの最終日からだ。
 酒場へ半ば強引についてこられたが、その後はそれなりに大人しく、いや、少なくとも飲んでいる間は生意気を言ってくることもなく、むしろふってくる話題は悪くのないものだったのだ。
 こいつ、こういう話もできるのかと、半ば感心しつつ。
 耳障りも良い程度に口を開くシャルトーに、ほんの少し気が緩んだのがいけなかったのか。面倒なお上の依頼任務も、なんの問題もなく終わったこともあり、思った以上に飲みすぎた。
 記憶にある限りはそんなに飲んでいないと思ったのに、久々の遠征の任務のせいなのか、はたまた寄る年波に勝てぬというものなのか。
 気がつけば足もとがおぼつかない有様になっていて。
 妙にふわふわとした心地の頭に流石にまずいと、宿に帰ろうとしたあたりから記憶がひどく曖昧だ。
 それから先、意識がはっきりしたのは、すっかり夜が明けた次の日の昼近くだった。
 乱暴に揺り動かされて、眠りがゆっくりと去って行く代わりに、やってきた二日酔いのムカつきと鈍い頭痛に顔をしかめて目を開ける。
 頬に触れた布の感触が安宿にしてはえらく良いのを疑問に思ったところで、脳みそに血液と一緒に昨晩の記憶が断片的に巡ってきて俺は飛び起きた。
 見渡せば、そこは己がとった宿ではなく。
 シーツの下は服がはだけ、おざなりに拭かれてゴワついた肌に不快感があるものの、けだるいくせにやたらスッキリした下半身に、『アレ』はとち狂った頭が見せた夢だという希望が無残に散ってゆく。
 そしてダメ押しは。
「アンタ、もうすぐチェックアウトだから、いい加減に起きてくれない? まあ、置いていっても良かったけど、起こしてあげたんだから感謝してよネ」
 すっかりと身支度を終え、こちらを見下ろすシャルトーが。
「何、呆けた顔してんの。イキ過ぎてボケた? アンタ、昨日めちゃくちゃ喘いでたもんネ?」
 口の端を上げてそうのたまって。
 その顔面を殴り飛ばすのも忘れ、俺は思わず頭を抱えた。
 何しろその顔が、こちらを見下して完全に舐めきったものだったら『まだ良かった』のだ。
 だが、実際は。
(マジか。こいつ、本気で俺に執着してんのか)
 昨晩の働かない頭によぎった、ジャグへの対抗意識をにじませた態度に疑惑を覚えていたが。
 眼の前のシャルトーの顔を見てしまって、それが確信に変わる。
 口調はどう考えても以前と同じ俺への嘲りめいたものだというのに。
 その表情はまるで、自分の手のなかにお気に入りの玩具がある事を満足気に見つめる子供のようなのだ。
「お前……本当にガキか……いや、ガキなのか……?」
 二日酔いだけではない頭痛がましてきて、思わず呻きながらコイツはいくつだったかと思う。
 ついでに昨晩のコイツのとち狂った言動やら行動やら、アレやコレといった己の失態までが芋づる式に思い起こされ、最終的には俺はそっと記憶に蓋をした。
 そうして、ベッドに再び沈み込みたくなるのを必死にこらえ、帰路についたのに、だ。
 討伐任務の報告書を上げた次の日に、ギルドのマスタールームに呼び出された。
 書類に呼び出されるほどの不備はないはずだと、内心首を傾げつつその扉を叩けば。
「うまくアレを取り込んでくれたからな。臨時ボーナスだ」
「は?」
「アイツ、正所属員になってもいいと言ってきたぞ」
 本来よりだいぶ色をつけられた報酬と、こちらの好みを熟知した酒瓶を前に。
 ウォルトが言い放った『アイツ』が、誰なのか一瞬わからなかった。
 正確には脳みそが理解したくなかったのだろう。
「……と言うことだから、これからしっかりとアレの手綱を頼んだぞ」
「だっ……れがっ? はぁ!? アイツが正所属!? いや、そもそもなんで俺が……」
「アチラさんの要望だ。極力、仕事はお前と組みたいとな」
 ――なんだそりゃ。
 この前の任務で随分と親交が深まったみたいだな、と、俺とアイツの間になにがあったのかをわかっているのかいないのか。揶揄しているのか真面目な感想なのか、わからないウォルトの言葉を半ば他人事のように受け止めつつ。
 ここでやっと、俺は目を背けた自体がなんとも嫌な展開を迎え始めていることに気づいて、嫌な汗がじわりとにじみでた。
「とりあえず、頼んだぞ」
 断るという選択肢は明らかに用意されていない調子のウォルトの言葉に、それでも反論しようとして口を開くが、結局のところそのまま声は音にせず口を閉じだ。
 シャルトーも厄介だが、ウォルトのほうも別の意味で厄介な相手だ。
 ここで俺が拒否したところで、交渉として取れる手段なんてものは限られている。
 俺が切れる最後のカードは『ギルドをやめる』ぐらいだ。
 手の内なんてバレているどころか、わかりきっている。
 対してウォルトが持つカードを俺が予想できる範囲などタカが知れているし、結果もなんだかんだとうまい具合に丸め込まれるというのが見えている。
 そんな状態で無駄な勝負を仕掛けるほど無謀でもないし、正直なところ自分の現状に気力は削がれまくっていて。
 そもそも苦情を持っていく場所は正しくはウォルトではない。
 問題の根本で、原因で、元凶は、シャルトーで。アイツとケリを付けなければ行けないのだ。
 できれば速やかに、迅速に。
 これ以上、自体がややこしい事にならないうちに。


 そう思いながら、やはりこちらから首を突っ込むのは億劫で、あのバカの方から現れるのを待った結果。










「なんで俺がお前に突っ込んだ事になってんだよ、あ゛ぁ?」
 聞いた瞬間、なんの冗談かとアゴが外れるかと思った噂話をジャグから話されて。
 冷静にと思っていたがその錆び色の髪色が目に入った瞬間、俺は思わず仕込みナイフを投げつけていた。
「へー、思ったよりアンタの耳に入るの早かったネ」
 当たるとは思っていないが、最小の動きで首を傾げて避けられるとそれはそれで腹が立つ。
「避けんなよクソが」
「ん、このナイフ薄い割には重いネ、いいやつじゃん」
「もう一本、じっくり見せてやろうか」
「べつに何本でもいいけど……いいノ? アンタの仕事、待ってるみたいだけど」
 こちらのイラつきなど意にも介した様子もなく。
 それどころかこちらの神経をわざと逆なでるようないつもの調子もなく。シャルトーは壁から引き抜いたナイフで、先程まで受付で報告書の提出をしていた男を指し示す。
「あ?」
 ベルトに仕込んだ予備の投擲ナイフに手を伸ばしかけていたのを止めて、一瞬存在を忘れかけていた男を見ると。
「あ、お、おおおおれは別に! しょ、書類はこっちなんで! 急ぎじゃないんで! ま、またあとで、いや、後日、確認に伺います!!」
 まるで俺の視界に入ったらナイフを投げつけられるとでも思っているのか。早口でそう言い切るとあっという間にギルドから立ち去ってゆく。
 あまり荒事の依頼に向かないやつだが、あの素早い動きなら思いの外強かに生き残るやつかもしれない。
「賢いね、ちゃんと言う事は言ってったし、ああいうタイプは生き残るよネ」
「……」
「ナニ、どうしたの?」
 いや、こういった稼業だ。相手をすぐに検分してしまうのはよくあることだ。
 正確に相手を見抜く癖が付けば、同じ意見を抱くなんてこともざらにあることだ。
「……クソ、てめぇに話がある。この後少しツラを貸せ」
 良くも悪くも、頭に登った血が幾分降りてきて。
 深呼吸を一つして、あと少しで定時になる壁の時計を顎でさせば。
「へぇ、アンタからのお誘いか。どうしようかな」
「理由はわかってんだろうが。ぶち殺すぞ。乗らねぇなら視界から消えろ」
「冗談。そもそも俺もアンタに話があったからね」
 きゅうっとシャルトーの目が弓なりにたわむ。
 まあ、わざわざこの時間を狙ってきたのだろうから、そうだろう。
「ねぇ、場所はどうするの?」
 受付の中をざっと片付ける俺の背中に、シャルトーの声がかかる。
 その声に違和感を覚えて、ちらりと視線を流せば。
 ――珍しいな。
 いつもはすぐに近寄ってくるくせに、今日はギルドの入り口脇の壁に背中を預けたままだった。
「アレでしょ? あんまり騒がしくしてまた周りに絡まれたくないでショ」
 いつぞやの飲み比べのことか。
 確かにアレはなるべく避けたいが、このバカの態度次第では確実に声を荒げる可能性がある。
「アンタんちで話す?」
「断る」
 これ以上、踏み込まれてたまるか。
「じゃあ、俺のトコ?」
「…………」
 提案にすぐさま否定ができなかった。
 その時点で多分、すでに失敗しているのだろうが。
 いくつか場所の候補を頭に思い浮かべるが、邪魔が入る可能性と、そうでなければわざわざそんな手間を?という気持ちが沸き起こる。
「グッイアンテェ」
「!」
「ちょうど一本、手に入ったんだよネ。顔を突き合わせて話だけってのも嫌デショ。開けてもいいけど?」
 なんでお前がその銘柄を持ってんだ。
 思わず舌打ちが漏れる。
 なにかと考えと行動が読めない相手の巣にノコノコと乗り込むのは無謀だとわかる。
 更に俺が食いつくだろう餌まで見せてきた、となれば罠があると考えるのは妥当だろう。
 だいたいコイツは酒で俺が簡単に釣れると思っているのか。
「……俺が怖い?」
「飛びつくほど馬鹿じゃない」
「まあ、そうだよネ」
 挑発に乗るわけ無いだろうがと視線を送れば、シャルトーは口の端をあげる。
「でもまぁ、俺しつこいヨ。俺んちが駄目ならあんたとこ押しかけるけど、どっちがイイ?」
 そう来るか。
 先程流した、別の場所をもう一度拾い上げて再考する。
「あ゛ー……くそ、面倒くせぇな」
 考えてはみるが、どれもコレも煩わしい。
「もういい、お前の家で」
『しつこい』と、自己申告して来るぐらいだし、事実そうであるコイツのはった罠を、今回だけ回避できたところで今後、仕掛けてこない可能性は甚だ低いだろう。
 いっその事、こうなれば腹をくくって正面からなぎ倒すほうが、ごちゃごちゃと思考を巡らせるより幾分か気持ちがマシだろうと。
「……アンタさ、その面倒だと諦める癖やめたほうがいいよ」
 なんで提案してきた側のお前が眉間にシワを寄せるのか。
「諦めたわけじゃなくてさっさと片付けたいんだよ」
「…………そうならイイんだけど」
「おら出ろ。施錠すっから」
 納得したのかしていないのか、事が己の有利に運んだはずなのにシャルトーは微妙な顔でそう返してきて。
 何だコイツ、訳がわからないな。
 シャルトーの不可解な態度に、警戒しているのがもしかして杞憂なのでは、と馬鹿らしくなってくるが、もしかしたらそうやって警戒を薄れさせることすら計算のうちなのだろうか。
「……流石にそれはないか」
「なに?」
「なんでもねえよ」
「そう……あ、ちょっと帰る前にルダ通り寄るよ。肴、いるでショ」
 ルダ通りの屋台は酒の肴になるものが多く並んでいるし、値段の割に味もいい。
 そのチョイスは悪くないが、なんだかコレではまるでただの酒盛りをする雰囲気ではないのか。
 あの胸糞悪い噂についてや、一体どういうつもりなのか、今後絡んでくるつもりなら釘を指しておきたいという話のはずなのに。
「炒り豆ってアンタ好きだよね? リエロって屋台の食べたことあル? 元は北エリアの店なんだけど、最近ルダ通りにも屋台出したんだって」
「ほう?」
 ご機嫌取りの話に乗るのは癪だが、かと言ってわざわざ意固地になってせっかくの情報提供を蹴るのもアホらしい。
 面倒な話を、ただ顔を突き合わせてするぐらいなら、少しは気晴らしになる酒と肴がある方がマシだろう。
 そう頭を切り替えて。
 シャルトーの後ろを大人しくついていくことにした。


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