従者の愛と葛藤の日々

紀村 紀壱

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閑話3 小隊長は嘆息する 2

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「私は貴族が嫌いなんです」
「『貴族』が、ねぇ……」

 賑わった酒場の店内でも、やや喧噪が遠く落ち着いた端っこの席で。
 目を据わらせ、サーフが苦々しげに零した言葉にモルトレントは(そんな事を言っても貴方も貴族でしょうに)という言葉を飲み込んで、曖昧に相槌を打った。

「特に貴族の生まれで使用人となった者なんて最悪です。別段、他と代わり映えの無い仕事しか出来ないくせに、主人に取り入る術と下を上手く利用する事ばかり長けているんですから」

 使用人のトラブルなんて、蓋を開ければ大半の原因は元貴族の使用人かれらなんですよ、と、サーフはぐいっと手元のグラスを煽ってぼやく。その様子にモルトレントは少しばかり飲ませすぎただろうか、と頭を掻いた。




 ルスター拉致事件から早3週間。
 エンブラント隊は相変わらずのトップツーの異変により士気が下がりぎみだ。
 元より言葉少なく態度で示すアルグだが、近頃は業務と鍛錬に打ち込むアルグは「黙々と」を通り越して鬼気迫る勢いで大半の隊員は怯え、サーフもサーフで普段なら内面はどうあれ余裕を持った態度を崩さないのだが「柔のロラン」の異名はドコに置いてきたのかと言うほど、硬い表情で猛烈な量の業務を捌いている。
 正確に言うなら、どことなく張り詰めた雰囲気が漂っていて息苦しい、と言うところだろうか。
 あくまでも二人とも、エンブラント隊の日常業務の進行には何も支障は無いし、滞ってはいない。
 ルスター救出時、アルグが規律を乱した行動をとったが、その処罰は一週間の自宅謹慎だった。
 基本的にアルグの行動で被害が広がった訳ではない事もあって、所謂形ばかりの、処罰というより婚約者であるルスターを案じるアルグを慮った側面が多かった。
 本来なら謹慎期間でメンタルも回復して欲しい、という部分もあったのだが――
 しかしながら結果はご覧の有様だ。
 比較的エンブラント隊は内部トラブルの少ない隊だった。故にギスギスした空気というのはあまり馴染みが無い。いかに隊内部に派閥や対立というのがなく、隊長と副隊長が落ち着き、信頼関係がしっかりとある安定している隊だったのだと、改めて隊員達はこの一件で認識し直したところで。
 現在の状態に対する打開策を誰しもが求めていたが、だからと言って自分が前に出たいと言うわけではないものだ。
 何しろ事情が事情だ。
 思いもよらぬアルグ婚約者の正体もそうだが、現状の容態やらが分からぬ状態で、ただならぬ様子のアルグに下手に声をかけようか、なんて誰も思わない。
 辛うじてサーフ副隊長なら、とはなるが、サーフの様子から今回の事が寝耳に水だったのは押して測るもので。そんな相手に「大丈夫ですか」なんて生半可な心持ちで尋ねて「なにがですか」と生気の無い目で返された者は速攻で踏み入ってはいけないと踵を返した。
 そんな訳だから、もう残された希望はルスターの復帰くらいだ。事なかれ主義と言うなかれ。外野がとやかく言う問題では無い、という空気を刺さるほど感じて学んだ故だ。モルトレントとて例外に漏れず、他の者と同様に静観を決め込む心持ちだったのだ。にもかかわらず、重い腰を上げる羽目になったのは。

「そろそろ副長が倒れそうなんですよね」
「なんで俺に言うのかな……?」

 エンブラント隊の庶務、雑務を一手に担う第4小隊に「相談が」という言葉を投げかけてくる人間は多い。
 それこそ足りない補給物資・備品の注文だったり、修理が必要な箇所の報告だったりといった本来の業務しかり。預所が分からないからとりあえず第4小隊に言っておこう、なんて物もあるのだが。
 その日、隊員と隔たり無く自ら脚立を肩に担いで雨漏りの点検箇所を回っていたモルトレントに声をかけたのは、事務小隊に所属するハンス・バロキーだった。

「従者さんが来てから副長の抱える事務処理が減って良かったんですが。それがまた元に戻ったというか、むしろ抱えこみ始めたというか。……なんだが自罰的な感じなんです」

 そう言って溜め息を零すハンスは、事務小隊でも主にサーフ付きの補佐事務官だ。
 元々は市井の巡回警備に当たる第6小隊に属していたが、本人の希望で事務小隊に異動してから現場も分かる事務官として頭角を現し、最近はサーフの補佐事務官としての仕事を多く担っている。
 サーフより頭一つ高い栗毛の長身で、事務小隊に属している割に現場の隊員と変わらず鍛えられた体躯を保っているからかよく目立つ。キリリとした意志の強そうな眉が特徴だが、それでいて目尻が下がっているせいか、威圧感より愛嬌がある青年だ。

「ホントは俺が相談に乗りたいんですけど、副長は年下には絶対に弱みを見せたくないタイプだから」
「と言っても、副隊長は年上相手にも弱みなんて見せないでしょ」
「でも副長、ジュタン小隊長には気を許してるので」
「……そうかねぇ。どちらかというと小言を言われてるけど」
「それこそ小隊長だからでしょう。あの人、ホントにどうしようも無いなら普通に切り捨てますし」

 ハンスは人懐っこそうな顔をして、さらりと辛辣なことを言う。
 表向き物腰を柔らかく装っているサーフの、意外とシビアな内面を分かっているあたり、この青年はサーフの信頼を得ていて、またサーフのことを慕っているのだろうなとモルトレントは思う。
 アルグより年下のサーフは、大半の小隊長よりも若い。
 故に気を張っている部分も多いだろうと、モルトレントはあえてサーフが多少は気を抜いても接することが出来る相手として振る舞っている所もある。きっとサーフ自身も気がついて、だからこそ乗ってきている部分もあるのだが、それを他人から改めて指摘をされるとなかなか面はゆいモノだ、とモルトレントは頬を撫でた。

「つまりは? 俺に副長のガス抜きをして欲しいってコト?」
「俺には愚痴をこぼしてもらえないので」

 そう言って眉を下げ、肩をすくめるハンスの様子は元気の無い飼い主を心配する犬の様で、無碍に断るのは気が引ける。
 それにアルグはともかく、あのサーフがいつまでもアルグの結婚の事をあんなにも引きずって、ハンスの止める言葉も聞かず仕事で無理を重ねている様子はモルトレントも気になっていた所だ。

「まぁ、あんまり期待をしないで貰えると嬉しいけど」
「有り難うございます」

 サーフに嫌われてはいないだろうが、しかしながら愚痴をこぼしてくれるほど打ち解けているだろうか。ルスターの一件で意外と年相応に青臭くて面倒くさい内面を抱えている事を知った年下の上司を思い浮かべ、モルトレントは頭を掻きながら請け負う。

(まったく、何を思い悩んでいるのかねぇ)

 そんなに、理想の団長の婚約者がルスターだった事にショックを受けているのだろうか。と考えてみるが、些か腑に落ちない部分がある。
 仕事のスタンスが似通っているせいか、比較的サーフとルスターの相性は良さそうだった。
 アルグに対しても強い信頼と憧れめいた物を抱いているようには思うが、決してサーフのそれは恋愛めいた感情ではなかった。故にあくまでも多少の気まずさや驚きはあれど、一線をひいてすぐに復活をすると予想していたのに、一体どういうことなのだろうか。
 とりあえず、口を軽くするのに手っ取り早く飲みに誘ってみるのが一番かと。
 断りづらくするために「ちょっと相談があるんですけど」なんてコチラが悩みを打ち明ける方向で持ってゆけば、サーフは沈んだ瞳ながらも、円滑な職場環境を構成する為の職務を全うせんと首を縦に振る。
 素面では話し難いと、渋るサーフを年の功で上手く丸め込んみ、度数を調整しながら飲ませれば。


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