従者の愛と葛藤の日々

紀村 紀壱

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閑話2 発熱に至る顛末 4*

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「い、ぅ、アルグ、様っ」
 首筋に濡れた感覚と、鈍い痛みが走って。
 噛み付かれた、と気がついた時、ルスターは目の前のアルグに急に抗えぬ心地になった。
 痛みは血が出るほどではない。甘噛程度だとわかる。
 それでもしっかりと付いた歯型を舐められるのは、まるで肉食獣がこの獲物は己が腹に収める所有物だと言うように服従せざるをえない感覚を覚えさせ。
 手の中でビクビクと脈打つ熱の塊に必死に奉仕する。先走りで濡れそぼり、手を動かすたびに湿った音が響いて、己のものではないのに、ひどく恥ずかしい。
 主導権を握れると思っていたのに。
 実際にはずっとペースを乱されている。
 アルグの舌が首筋を這うと腰にゾワゾワとした感覚が溜まってゆく。
 逃げようと身をよじるが無意識に手は奉仕を続けているのだから、たかが知れる動きだ。
 しかも少しでもアルグから離れようとすれば、今度は喉元を噛まれて腰がしびれ、力が奪われる。
「く、ぅ、お、おやめ、ください……」
 首を舐めしゃぶられる度に、力が抜けていく。当然アルグのものを掴む手からも力が抜けてしまうと、ルスターはアルグへ静止を願う。
 それに。
「きづいているか、ルスター」
「?」
 応えたアルグの声はどこか弾んているようで。
 何をと、視線を上げれば、アルグの口角がわずかに上がっていて。
 いつもは晴れたスカイブルーの瞳が、どこか色濃く爛々と底光りしてルスターを見ていた。
 見て――いるのだが、その視線が己の顔とは別のところに向けられている事に気がついて。
 目線をたどり。
「――っ!」
 声にならない悲鳴をあげる。
「たっているな」
(そんな、違う)
 どこか嬉しそうな響きが含まれたアルグの声に、ルスターは否定の言葉を頭の中で浮かべるも声には出せなかった。
 出せるはずもない。指摘は間違っていないからだ。
(なぜ――)
 この年になると触れもしないのに勃つことなどあまりありはしないのに。
 認識した途端、スラックスの生地が中からまた押し上げられた気がする。
 背中にあったはずのアルグの手が徐々に腰骨をなぞり、前に伸びてくるのをルスターは知覚していた。
 止めなければと思うのに、体は固まったように動かない。
「おまえも、このままだとつらいだろう」
 アルグの手がスラックスの上からルスターのモノの形を確かめるようにやんわりと掴む。
 馴染みのある刺激が走って、じわりと腰に熱が灯る。
 ゆるり、とアルグの指がスラックスの下のそれの形を確かめるように動かされる。
 刺激を与えるというよりも、あくまでも形をたどるような動きに、飽和した頭がもどかしさを覚え。
 アルグの手を見つめる己の吐息が、いつの間にか耳元で聞こえるアルグと同じくらい早く、ひどく熱くなっていることに気づいて。
「ふれていいか」
(もう、触れているではないですか)
 先程からまるで喉が潰れたかのように言葉が詰まって出てこない。
 そして首を横に振ることもできない。
 アルグの指がスラックスのボタンにかかる。
 駄目だ、と、働かない頭がそれを見て思うが、アルグのもう片方の手がルスターの顎を掴み、まるでそれから視線と意識を引き剥がすかのように顔をあげさせる。
「そんなかおをしていたのか」
 アルグの喜々とした感情ののった言葉と突き合わせた顔に、ルスターの喉がきゅうっと鳴った。
 対面したアルグの顔は、今まで見たことがないほど紅潮していた。
 眉間に深くシワが寄り、目元は険しくしかめられているのに、口は歪んで口角が引き上げられている。
 激情を堪え、しかし喜びが抑えられず情欲に濡れた獣の顔だ。
 ひどい顔だと思った。
 己の敬愛する毅然としたアルグとはかけ離れた顔だ。なのにその顔に頭の芯が、背筋が焼かれたようにしびれて力が抜けてゆく。
 おそらくアルグの瞳の奥に映る、己の顔もそう変わらず酷いものだろうとルスターは思う。
 それを見たくなくて、近づく顔に反射的に目を閉じれば口が塞がれた。
 ぬるりと熱の塊のような舌が口の中に入ってくる。
 固まったままのルスターの舌を、肉厚の舌がぞろりと撫で、絡みついて引きずり出そうとする。
 舌と共に、なにかが喉の奥へ、腹の中へと落ちて熱を持った。
「ふ、ぅ………ぁあっ!?」
 腰を引かれて、下腹部が密着する。
 そこでやっと、いつの間にかスラックスの前がすっかり開けて、自身のモノが露出していることに気がつくが、それに気がついたとこでもうルスターには抗えるだけの意思を奮い立たせることができなかった。
 ――引きずられている。
 アルグの熱に引っ張られて、己の判断が著しく低下してこのままではいけないとわかっているのに。
 ルスターの手をアルグが包んで、己のものとアルグのものを一緒に擦られれば、今までの自慰と比べにならないほどの快感が背中を駆け上がってゆく。
 腰をゆすられ、頭がガクガクと揺れてますます思考が乱れていく。
 ぬちぬちと湿った卑猥な音が頭に響く。それが下腹部からなのか、すり合わせた唇からなのかもう判断がつかない。
 我慢を、と思うのと反比例するように馬鹿みたいに気持ちが良い。
「ひ、あ、アルッ、アルグ、様っ」
「あぁ」
 背中を駆け上がり始める馴染みのある感覚に、とっさに名を呼んだのは無意識だった。
 それにアルグもまた張り詰めた声で応え、モノを擦る手を早めてゆく。
 亀頭の先を親指でぐちりと虐められれば、放り出されるような快感がせり上がる。
 ルスターの背がくっとしなり、顔が反るのをアルグは追いかけ、覆いかぶさるように口づける。
 喉の奥を犯すように深く入ってくるアルグの舌に、ルスターは半ば酸欠のようになりながらアルグと同様に腰を揺らめかせて。
「――っ」
 嬌声をアルグに飲まれながら、ルスターは果てる。
 今まで自慰では感じたことがない快感に体がビクビクと痙攣する。そんなルスターを見つめたまま、アルグも追うように達した。







「ルスター」
 達した後の、荒い息が落ち着いて来たのを見計らったように。
 アルグに名前を呼ばれ、波に飲まれたような衝撃から、ぼんやりとルスターの意識は浮かび上がってきた。
「あ、アルグさま」
 未だ快楽の余韻と、絡みつかれ吸われた舌がもつれ、うまく言葉が紡げない。
 そんなルスターの細かく震える顎に、口づけで溢れた唾液の跡をアルグが親指で拭う。
「あ、の……」
 やっと思考が少しずつ戻ってきて、いつの間にか流されるに流された現状をルスターは知覚し始める。
 当初の目論見とだいぶ着地点がずれてしまった様な気がする。
 目的は果たせたと言ってはいいが、しかしながらそもそもは触れぬという約束だったはずだ。
 ……だが、それを制止できなかったのも事実だし、そもそもルスターとアルグの関係の定義からは決しておかしい行為ではない。
 そう、判断はするが。
「~~っ」
 改めて羞恥が襲ってきて、ルスターは叫び出したいような気分になる。
 あれだけ心の準備がなどと言いながら、結局のところ快感に流されるとは、結果的には良くともなんと軽率な行動か。
 嫌悪感がなかったのは良かったのかもしれない。
 だが齢40を超えた男としての沽券としてはなんとも情けなさが襲ってくる。
「アルグ様、今晩はこれにて、失礼しま……っ!?」
 頭を冷やそう。
 そう考えてルスターは退室の旨を告げ、気怠い体を叱咤してアルグの膝から立ち上がろうとしたところで。
 がっと音がするほど肩を掴まれて、浮きかけた尻はすぐさま元の場所へと戻った。
「ルスター」
 眼の前でアルグの喉仏がゴクリと動く。
 耳に入ってきた声に、ルスターの頭の中で警報の音が鳴り響いた。
 アルグの顔を見上げるのが恐ろしくて視線を下げれば、そういえば仕舞い忘れていた己の萎えた、と言うか平常時に戻ったモノと、記憶に相違なければつい先程、果てたはずにもかかわらず何故か臨戦態勢に戻っているアルグのモノが目に入って、ドッと汗が吹き出す。
「ルスター、もうすこしだけ、たのむ」
 これは、絶対に……駄目なやつだ。
「申し訳ありません、もう……もう、無理です」
 同世代のものと比べてどうなのかわからないが、ルスターは少なくともココ最近は自慰を一日に何度もすることはない。一度出せばスッキリするし若い頃に比べ、もう1度と繰り返すことなどほぼないし、そもそもいかんせん勃つものも勃ちづらい。
 そんな体力的な問題も、そして恐れもあって、アルグがまた身を寄せてくるのを押しのけようとするが。
 手が汚れている、などと思い躊躇ったのが良くなかった。
「だいじょうぶだ、これいじょうさきはしない」
 それは何も大丈夫じゃないと思います。
 ルスターのその言葉は音にする前に手を取られ、またアルグの剛直へと導かれた事によって喉の奥で締め上げられた。
 手の中にぬちりと先程放ったもので湿ったアルグのモノが押し付けられる。上からアルグの手を重ねられて、ほとんどルスターの手は添えるだけだ。
「ま、っ!?」
 止める声はアルグに顔をすくい上げられて食べられる。
 ――誰だ、アルグは止めたら止まってくれると言ったのは。……己か。
 唐突に、混乱するルスターの脳裏に、昔読んだ犬のしつけの本の一文が思い出される。
『駄目なことをした場合はすぐに否定しましょう。一度許されることだと認識した犬はなかなかその認識を覆すことができません』
 なぜ、そんな一文を思い出したのか。
 決して、ルスターはアルグのことを犬のように思っているわけではない。
 そういうわけでは、ないのだが。
「は、ぁっ、んぅ」
 鼻で息を吸えばいいと思うのに、食べられるのではないか、と錯覚するほどアルグの舌がルスターの口内を蹂躙して、うまくいかない。
 いつの間にか、アルグのモノがルスターの腹へ擦り付けるように揺すられ、ブレる視界と酸欠気味の頭がまた働かなくなってくる。
 ルスターの混乱した頭でする抵抗など、平素ならまだしも興奮しきったアルグには身悶えるようにしか見えない。



 その結果。



 開放されたのはそれから3度アルグが達し、ルスターも2度達した後だった。
 手で受け止められずに、アルグの精液でルスターの下腹部はどろどろに汚され。
 刺激され続ければいくら年と体力がとはいえ否応なく反応してしまい、射精した疲れにぐったりとしながら。
 流石に回を重ねたおかげか、やや興奮が落ち着いたアルグに、ルスターは今度こそ言葉を募り、ほうほうの体でアルグの腕から抜け出したのだ。
 もともとアルグとルスターの体力差は明らかで。
 抜いて落ち着いたアルグに対し、ルスターは通常より多い回数と自分ではコントロールできない引きずり出された刺激を与え続けられて、完全に許容範囲を超えていた。
 部屋へ戻ります、と告げつつも、ふらつくルスターにアルグは手をのばすが、丁重に断られて大人しく見送るしかなく。




 翌日、早朝の鍛錬から戻ったアルグは、いつもなら朝食の準備をしているルスターの姿が見えないことに気がついて。
 慌てて彼の部屋へと飛び込めば、そこには体力的にも、精神的にもキャパシティを超えたために発熱してしまったルスターがベッドに横たわっていたのだった。


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