従者の愛と葛藤の日々

紀村 紀壱

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5話 アルグ隊長の従者殿 4

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 まさか事の顛末を、こうも早く知ることになろうとは。



 従者控室を荒らした犯人に目星をつけ、報告をあげにきた副隊長室にて。
 モルトレントが「さて以上ですがどうしますか」と、サーフへ尋ねようとしたところに、ノックの音が響いた。
 入室を伺う声を聞いて、思わず顔をしかめる。
 間が良いのか悪いのか。
 報告書の、まさに中心の人物であるルスターの登場に。
 急に落ち着かない気持ちになるモルトレントを尻目に、目の前のサーフは顔色を一つ変えず入室の許可をだした。
「それじゃあ、自分はコレで……」
「小隊長も居ていただいて構いません。問題が有る場合は退出を指示します」
 何とも言えない気まずさに、早々に退出をしようとすれば、何故か引き止められて。
(えぇ……別に居なくていいんだけど、というか、めちゃくちゃ居づらいわ帰りたい)
 心のなかでこぼすが。
「貴方もそれでよろしいですか」
「サーフ様がよろしいのでしたら」
 入室してきたルスターは、モルトレントの存在にほんの少しばかり目を見開いたが、サーフの言葉にすぐさま肯定を返し、同席が確定してしまった。
(成り行きを見届けてやろう、とは思っていたけども……)
 流石にこんな特等席は希望してない。そもそも何故に自分の同席が許されたのか。
 疑問が浮かぶが、なにはともあれ、己は壁となり、黙ってこの場を見守るしか無いだろう。
 そう考え、すっと壁側に身を寄せたところで、開幕の口火を切ったのはサーフからだった。

「それで、従者殿自らどのようなご用件でしょうか」
「実はこの度、ご報告とご確認、またお願いがあって参りました」
「随分と用件が多いですね」
「申し訳ありません、全て、一つの内容に関わりがあることでしたので」
「そうでしたか。ではまず、ご報告をお聞かせ願いますか?」
 机の上ですっと手を組み、尋ねるサーフの表情は、実に柔らかだ。
 表向きの「柔のロラン」と呼ばれる、ごくごく爽やかな騎士然とした態度。

 に、傍からは見えるだろうが。

 発せられたその声は、ごく至極、平たんなものだった。
 感情が乗っていない声と、微笑みを浮かべている表情のギャップは、なかなか気持ち悪い。
 なんでまたそんな、あからさまな拒絶の意思を見せるのかとモルトレントは口の端を下げるが、対するルスターもまた、そんなサーフの態度を、気付いてないワケがないのに、眉一つ動かさず平然としているのも気味が悪い。
「実は先日、エンブラント隊の内部の者からと思われる、脅迫状をいただいたのですが」
「!」
 ルスターの言葉に、ちらり、とサーフから視線を投げられる。
 それに小さく首を横に振る。第4小隊が知らない情報だ。
「脅迫状には、従者を早急に辞さなければ、妨害行為または危害を与える旨を匂わす文言がありました」
「それは……由々しき事態ですが、しかし何故、隊内部の者だと?」
「脅迫状があったのは従者控室です。場所と時間帯から、外部の者の侵入は考えられませんし、おおよそ、どなたから頂いたのか目星は付きました」
「目星をですか? 貴方が?」
「犯行時間中に現場付近に来れる隊員は随分と限られます。それに筆跡を多少変えたとは言え、自筆であれば筆跡鑑定がある程度の精度を保てることはご存知でいらっしゃいますでしょう? ……あぁ、筆跡ですが、隊員の通常日報は自由閲覧ですので利用させていただきました。詳細はこちらにまとめましたのでどうぞ。……なにか、不都合な点がありましたでしょうか?」
 確認をするような口調だが、ほとんど形ばかりだ。
 まるっと手を回しきったルスターの対応に、モルトレントは思わず「狸!」とつぶやきそうになるのをこらえた。
「報告に、とくに問題はありません。しかしながら、内容は精査、及び調査をさせていただきます」
「もちろんです、よろしくお願いします」
 受け取った書類に視線を走らせるサーフの頬が、僅かに震えて。
「……脅迫状が残されていたのは、従者控室が荒らされたのと同時刻ですか」
「ええ」
「小隊長、後ほどこちらの筆跡の確認をお願いします」
 唐突に名を呼ばれて、こちらに差し出された書類を、モルトレントは受け取りたくないなぁと思う。
 だが悲しいかな、ここで拒否する権利など全く存在はせず。思いとは裏腹に、体は自然と書類に手が伸びる。
(一体『どこから』『どこまで』が、従者さんの計算かね……)
 目を落とした報告書には、自分が絞った犯人候補の一人の名前が、予想通り書かれていた。
 あの荒れた従者控室に入って、部屋を片付ける間にいつ、この脅迫状を拾い上げたのか。
 考えられるなら一番最初だろう。思い返せば、唖然としているこちらをよそに、ルスターは脚立が置かれる場所の書類を拾ったが、その前にデスクの上から一枚、紙を取り上げていたような気がする。
 だがそうすると、脅迫文を目の当たりにして、なんの素振りも見せなかったという事実が残り、乾いた笑いが出そうだ。
 しかも、あえて脅迫文をモルトレントに知らせなかったのは、こうやってルスター自身が犯人を絞りこんでみせる為か。
 間が悪いと感じた、このタイミングもまた。
 あえて狙ってきた、なんてことがあったらと考えていたところで、モルトレントは耳に入ってきたルスターの言葉に思考を止めた。
「実は、この件関連して、ご確認したいことがございまして」
「何でしょうか」
 あれか、なんでサーフが何も対処してくれないのか、という訴えをとうとう起こすのだろうか。
 この流れなら……と、思わず固唾を飲めば。
「どうやら、今回の脅迫状の主以外にも、私がアルグ様の従者である事に不満を覚えていらっしゃる方がいるようなのですが。その方々から、何か意見やご提案はありましたでしょうか?」
「提案、ですか?」
「私が、どうすればアルグ様の従者にふさわしくなるのか、または、従者の職を辞した場合、後をどうするのかということについての事です。おかしな事に、脅迫文の主もそうですが、私めに辞めろと言う割に、己が代わりになる、とおっしゃられる方がいらっしゃらないのです。コレでは、反省して改善することも出来ませんし、辞めることも出来ません」
 全く困りました、と、ルスターは首を振ってみせるが、言っている事はなかなか挑発的だ。
 確かに、現時点でルスターがアルグの従者を辞めるのは、業務的に支障しか生まれない。
 何が不足か指摘もせず、後釜も用意をせず。
 ただ辞めろなどと言うのは、論理的ではなく、正論性に欠けるかを遠回しに皮肉っている。
 思わぬルスターの切り返しに、サーフの表情が、先程までの薄気味悪い柔和なものから、すっと引き締められた。
「ご指摘は十分に納得できます。残念ながら、具体性の有る申し出をしてきた者は現在おりません。……ですが貴方は『己が代わりに』という者が現れたら、その職を辞すつもりですか」
 ピリリ、と、空気が張り詰める。
 サーフから僅かに怒気を感じて、モルトレントは先程とはまた違った意味で固唾を飲んだ。
 この男が、こうやって憤るのも珍しい。
 その理由がどうしてなのかは、おおかた予想がつくが。
「もちろん、無条件にお譲りするわけにはいきません。少なくとも、私よりもアルグ様にとって必要となりうる能力を持った従者であるとわかれば、しっかりとした引き継ぎを行った上で、そうする事が最善であろう、と言う話になります」
 ルスターもサーフの苛立ちの理由を察しているらしい。
 先程までの、とぼけた態度をすっかり捨て去って。サーフの鋭い視線を真正面から受け止めて答える。
「貴方より能力の高い、というのは、なんともでも言える曖昧な基準ですね」
「お気持ちは分かります。物差しがなければ図る事が出来ませんので、こちらに最低限の基準をまとめさせていただきました」
(今度はなんだ)
 ルスターがまたサーフへ書類を手渡すのを見て、モルトレントは心の中で突っ込んだ。
 完全に、話の流れをルスターが掴んでいる。どんな問いが返ってくるのか、わかっている対応に、もう呆れるのを通り越して興味が出てきた。
 書類に目を通すサーフの眉間に皺が寄る。
 一体、基準とは、何が書かれているのか。
 そわそわとしつつ、その様子を見せるのは流石に不謹慎だとわかるので自重するが、己の位置からは見えない書面が気になって、どうしても目がサーフの手元に固定されてしまう。
「基本的に、試験形式にさせていただきました」
「確かに、合否を判断するには、このような形式がわかりやすいでしょうね。……小隊長、視線がうるさいです。控えてください」
「失礼しました」
 気づかれないとは思ってなかったが、流石にまじまじと見すぎて咎められた。
(いやでも、会話に入れないから手持ち無沙汰ですし、気になるものは気になるんですよ)
 素早く謝罪を返しつつも、そんな心のつぶやきを察したのか。
 サーフは一つ、眉間の皺を指で伸ばし、ため息を付いて。
「……小隊長に見せても?」
「ええ、構いません」
「お、いいんです?」
「小隊長」
 おもわず弾んだ声にサーフが顔をしかめる。しかしながら、見たかったのだから仕方がない。
「すみません」
 形ばかりの謝罪を返せば、今度は何も言わず、ため息をつかれた。
 視界の端でルスターが口を押さえた様な気がするが、兎にも角にも、手の中の書類だ。
 中身を流し見て。ペラリペラリと紙をめくってゆくうちに、頭のなかに疑問符が増えてゆく。
 どんな難しいものなのかと思ったが、やや風変わりかもしれないがごくごく普通の問題に感じる。
 エンブラント隊含む王都内の隊の編成や階級、隊長についての上下並べ替えや、各提出書類や手紙に伴う書類の形式、書き方の例文書き出し問題から、各行事、式典における注意事項の穴埋め問題や選択問題、はては顔の写し絵つきでこの要人は誰かという問題まで。
 それなりに知識が無くてはいけないが、ある程度対策を練れば己でも多少の点が出るのでは?なんて、モルトレントは思い、どうしてこんな問題をと、ルスターを見れば。
「一体、貴方はどのような意図を持ってこの問題を作ったのですか? おそらく、小隊長クラスや事務官隊ならば7割方解ける者がいるでしょう」
(あ、俺はできて6割位ですけど……)
 サーフも同様に思っていたらしく、ひたりとルスターを見つめて問いただす。
 それに、ルスターはニッコリと笑って見せて。
「私が考えるアルグ様の従者の役割は、ただ付き添い、身の回りの世話を焼くというよりも、アルグ様の苦手な分野を補助すること、と思っております。アルグ様が書類の処理を滞りなく行える下準備のための予備知識として、知ってほしい事柄を選びました。そうですね、ちなみに合格ラインは満点です」
「私ならば満点をとれます」
(流石副隊長、まじか)
 満点、と聞いた瞬間、それならそう簡単には無理だ。と、モルトレントは納得しかけたが、すぐさま応戦するサーフの言葉に、こちらもなかなか折れないなと舌を巻く。
「ええ、では『副隊長をお辞めになって』サーフ様が従者になられますか?」
「………………」
 ルスターの言葉に、サーフが言葉をぐっとつまらせる。
 なるほど。
 そんなの出来るわけがない。
「貴方は……いえ、もう回りくどいやり方はいい加減終わりにしましょう」
 言葉を言いよどんだサーフは僅かに頭を振り。そして紡いだ言葉は今までより覇気が随分と削がれたものだった。
「意図は粗方わかりました。しかし、最後に一つだけ。もしも、『満点を取れて、今の立場よりも従者を希望する者』が現れたら、どうなさるおつもりですか?」
「その試験は『最低限のライン』ですので、二次試験として、エリード事務館長の面接・筆記試験も予定しておりますが、……嗚呼、そうでした。大切な必須項目がございました」
「……それは?」
「『アルグ様の信用』をいただけるか、です。従者にしたい、というアルグ様の信頼関係を築いていただくまでは、残念ながらお変わりすることが出来ませんね。」
 しれっと。
 最後に重要なところをぶっ込んできたルスターに、モルトレントは辛抱たまらず吹き出した。
「ははは! 確かに! いくら優秀でも、隊長が気に入らないなら意味がないですね!」
 そりゃそうだ。
 周りがああだこうだと言ったところで、そもそもアルグ自身がルスターを選んでいるのだ。
 ルスターが従者にふさわしくないと思うなら、アルグに直接訴えるべきだろう。
 自分のほうが従者にふさわしいと思うなら、その力を示せば良いのだ。
 しかし、現状はただルスターに嫌がらせをしているだけで、なんのアクションもない。
 ただ気に食わない。と自分の理想に合わぬと、だだをこねている者だけだ。
 故に。ルスターの提示したコレは。
 言うなれば宣戦布告だ。
 口ではなんだかんだと言っているものの。
「アンタ、まったく従者を引く気がないじゃないですか」
「アルグ様に選ばれておりますので、役目をお譲りするにはある程度私を超えて頂けませんと、アルグ様に申し訳が立ちません」
 コレまた当然とばかりに。
 すました表情できっぱりと言い切るルスターに、モルトレントは一瞬虚を突かれ。
 ついで、くつくつと可笑しさが腹の底から湧き上がってくる。
(なかなかいい根性をしているじゃないですか。俺は、気に入りましたよ)
 ニヤニヤとしてしまう笑いを噛み締めながら、目でそうサーフに言えば。
「……わかりました。貴方に対する脅迫と嫌がらせの件に付いては、こちらで全面的に対処しましょう」
「有難うございます」
 やっと、サーフの口からこの一件の幕引きの言葉が出て、胸をなでおろす。
 濁さず、言いきったあたり、信用に足るものだろう。
 コレでもう胸糞の悪い場面を見ることもなくなると、モルトレントが一件落着かね、と気を緩めたところで。
「それから、対応が遅くなった謝罪を申し上げます」
「謝罪をお受けいたします。……コレで少しは、私をお認め頂けましたでしょうか?」
 己を試していた事を知っていると言う意味を含んだ問に。
「………………………能力的には、ですが」
「固っ! 副長、頭固すぎでしょう! いいじゃないですか~。何がホント気に食わないんですか~」
「小隊長は黙ってください」
 思わず突っ込むと、ぷいっと顔をそむけられた。
 その様子はまるで。
(アンタそんな、子供みたいな)
「まぁまあ、モルトレント様、サーフ様も立場上、簡単にはお受け出来ない事情があるのです。私とて、『サーフ様のご対応を試させていただいた』面もあるのです」
「はい?」
(まーた聞き捨てならない事を言いだしたよ、この従者さんは)
 そんな顔を向ければ、先程のサーフとモルトレントとのやり取りに笑いを堪えていたルスターは、今度こそ耐えきれず、ほんの少しだけ笑いをこぼして。
「『アルグ様の従者』として、アルグ様が隊の管理をお任せしているサーフ様が『本当にアルグ様のご期待に添える方なのか』私とて見極めさせて頂いていました」
「それで? 私の評価はいかがでしたか」
「どうぞ、これからもよろしくお願い致します。共にアルグ様をお支え出来たらと思います」
「随分と甘い評価ではありませんか? 貴方に対しての害意の排除の遅れは管理不足といえるのでは?」
「ご冗談を。ここ最近、イレギュラーに幾つかの隊のスケジュールが変更さたれのは、私と危険因子となられる方々との時間帯を避けるために対応をされていたと思われますが」
 ルスターの指摘に、そう言えば最近、隊のシフトの変更の通達が多いなと思っていたが。
 思い出せるだけでも、変更のあった隊には血の気の多い注意人物が必ずいた。
 サーフが様子見を決め込んでいると思っていたのが恥ずかしくなる。気がつかないところで、極力ルスターへの被害が少なくなるように操作していたらしい。
「……私も、貴方のリコールを隊長に進言しないですむことを願います」
 肯定を避けたが、否定をしないあたり、言う通りなのだろう。
 なんというか、なんだかんだ言って、最終的にまるっと一言でまとめるとだ。
「……お二人共、隊長のことを好きすぎませんかね……?」
「副長としての責務ですから」
「アルグ様のことは尊敬しておりますので」
(えー、そんな言葉で片付けちゃいますか)
 サラリと二人に返されるが、どう考えてても結構なアルグフリークだ。いうなれば、共闘戦線を結ぶにふさわしい相手なのかをお互いに精査していたということだ。
(ウチの隊長は良い人だと思うけど……でもそこまで、かねぇ? まあ、ある意味カリスマがあるっていうもんかもしれないですけど)
 ツッコミを入れたい。しかし、なんだかんだで丸く収まっているようなので、モルトレントは言葉を飲み込んで。
(コレで、しばらくは、のんびり出来ますかね……)
 いつもどおりの、日常が戻ってくるであろう。



 そう溜飲を下げたモルトレントはまだ知らなかった。



 のちにアルグがルスターとの婚約を発表して、また隊内が騒がしくなることを。
 サーフが「隊長が、のろけ話をされるんだが、意外とあの人も同じ人の子だと親しみを覚えるのと同時に、遠く感じるのはどうしたら良いだろうか」と遠い目をして愚痴るのを聞く機会が増えることを。



 それを知るのは、ほんのもう少し、後の事だった。


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