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2011年・冬
第93話「性格の不一致」
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「久しぶり」
コミュニケイションの教室に行くと、先に来ていた光蟲が半笑いを見せた。
「寒いねぇ、今日も」
年が明けても、去年からの寒気は継続している。
「この寒さだからかわかんないけど、ジュンク堂、年末年始は普段より客少なかったわ」
冬季休暇中、光蟲は相変わらず池袋の書店でアルバイトに励んでいたようだ。
「飲み過ぎて二階から落ちなくてよかったね」
光蟲のことだから、懲りずにまた同じようなことになる可能性はあるなと思う。
「ははは、あったなぁそんなことも」
ほんの七ヶ月ほど前の出来事なのに、随分と昔のような気がした。
「自分もそろそろバイトでもしないとなぁ」
私はというと、アルバイトも勉強もせず、毎日昼過ぎに起床してネット碁をぼちぼちやりつつ、年末年始の馬鹿馬鹿しい特番をぼんやりと眺めるだけの冴えない休暇を貪っていた。
「久しぶりにラーメン行こう」
予想どおり、今年最初の飲みの誘いを受けた。
「オッケー。最近あそこ行ってなかったから食べたいね」
ひととおり話し終えたところで、講師が時間ぴったりに入室した。
「しかし、いまだにあの会話の練習には慣れないんだよなぁ」
味噌ラーメン――今日はいつもより腹が減っていたので、珍しく大盛りを注文した――を啜りながら、光蟲の感想を求めるようにつぶやく。
コミュニケイションの授業では、四月から一貫して学生同士でペアを組み、拙い発音でしゃべる機会を設けられている。それも、ほぼ毎回全ての生徒と交代で組まされるのだ。内容自体はなかなかに面白く興味深いものの、やはりこの点に関しての気恥ずかしさは何度こなしても払拭されないものがあった。
「俺は別に恥ずかしいってことはないかな。適当にそれっぽいこと話してればいいし。どっちかといえばグラマーのほうが進み早くてきついわ」
人見知りなどいっさいしないという、ある意味では豪宕な気性の光蟲であれば、確かにそちらのほうが懸念事項かもしれない。
「グラマーねぇ。覚えるだけだから僕はそこまできつく感じないけど、確かに内容的にはあっちのほうが難しいな」
「悦弥くんの暗記力はマジすごいと思うよ。俺はなんていうか、単純な記憶作業みたいなの好きじゃないから、なかなかすんなり入ってこないわ」
このあたりの性格の不一致が、互いに互いの長所に対する気づきやすさをもたらしており良いのかもしれないと感じた。
「他の科目はどうなの?」
光蟲が二杯目の生ビールを空にしたあと、挙手してアルバイトの店員を呼び寄せる。
「ん……まあぼちぼちかなぁ。たいして面白くもないよ」
店員に、生ビールとレモンサワーのおかわりを依頼した。
「フランス語もいいけど、やっぱドイツ語やってかないとまずいよなぁ」
彼の場合、フランス語は必修でもなんでもなくいわば趣味のようなものだが、ドイツ語とラテン語は必修言語なので、かなり深いところまで掘り下げて勉強しなければならないようだ。
「まあ、まだあと二年あるから大丈夫でしょ。何とかなるって。自分はそろそろ、就職のこと考えないとまずいだろうなぁ」
光蟲は大学院への進学を考えているが、私は今のところその可能性は低く(受けるとすればそのまま上智の大学院だが、多分GPAが足りないだろう)、そろそろ卒業後の進路を考えて行動しなければならない。
「それこそなんとでもなるでしょ。なんとか福祉士っていう国家資格も取る予定なんでしょ?」
アルバイト店員が、生ビールとレモンサワーを運んできた。
「あぁ、精神保健福祉士ね。でも、看護師のように業務独占じゃなくて名称独占の資格だから、あってもどれだけ価値があるか」
「取れるものは取っておいたらいいと思うよ。持ってるだけで多少は箔が付くし」
「そういうもんかねー」
天井付近のテレビは珍しく野球中継ではなく、ジャニーズグループが司会を務めるくだらないバラエティー番組を映していた。
コミュニケイションの教室に行くと、先に来ていた光蟲が半笑いを見せた。
「寒いねぇ、今日も」
年が明けても、去年からの寒気は継続している。
「この寒さだからかわかんないけど、ジュンク堂、年末年始は普段より客少なかったわ」
冬季休暇中、光蟲は相変わらず池袋の書店でアルバイトに励んでいたようだ。
「飲み過ぎて二階から落ちなくてよかったね」
光蟲のことだから、懲りずにまた同じようなことになる可能性はあるなと思う。
「ははは、あったなぁそんなことも」
ほんの七ヶ月ほど前の出来事なのに、随分と昔のような気がした。
「自分もそろそろバイトでもしないとなぁ」
私はというと、アルバイトも勉強もせず、毎日昼過ぎに起床してネット碁をぼちぼちやりつつ、年末年始の馬鹿馬鹿しい特番をぼんやりと眺めるだけの冴えない休暇を貪っていた。
「久しぶりにラーメン行こう」
予想どおり、今年最初の飲みの誘いを受けた。
「オッケー。最近あそこ行ってなかったから食べたいね」
ひととおり話し終えたところで、講師が時間ぴったりに入室した。
「しかし、いまだにあの会話の練習には慣れないんだよなぁ」
味噌ラーメン――今日はいつもより腹が減っていたので、珍しく大盛りを注文した――を啜りながら、光蟲の感想を求めるようにつぶやく。
コミュニケイションの授業では、四月から一貫して学生同士でペアを組み、拙い発音でしゃべる機会を設けられている。それも、ほぼ毎回全ての生徒と交代で組まされるのだ。内容自体はなかなかに面白く興味深いものの、やはりこの点に関しての気恥ずかしさは何度こなしても払拭されないものがあった。
「俺は別に恥ずかしいってことはないかな。適当にそれっぽいこと話してればいいし。どっちかといえばグラマーのほうが進み早くてきついわ」
人見知りなどいっさいしないという、ある意味では豪宕な気性の光蟲であれば、確かにそちらのほうが懸念事項かもしれない。
「グラマーねぇ。覚えるだけだから僕はそこまできつく感じないけど、確かに内容的にはあっちのほうが難しいな」
「悦弥くんの暗記力はマジすごいと思うよ。俺はなんていうか、単純な記憶作業みたいなの好きじゃないから、なかなかすんなり入ってこないわ」
このあたりの性格の不一致が、互いに互いの長所に対する気づきやすさをもたらしており良いのかもしれないと感じた。
「他の科目はどうなの?」
光蟲が二杯目の生ビールを空にしたあと、挙手してアルバイトの店員を呼び寄せる。
「ん……まあぼちぼちかなぁ。たいして面白くもないよ」
店員に、生ビールとレモンサワーのおかわりを依頼した。
「フランス語もいいけど、やっぱドイツ語やってかないとまずいよなぁ」
彼の場合、フランス語は必修でもなんでもなくいわば趣味のようなものだが、ドイツ語とラテン語は必修言語なので、かなり深いところまで掘り下げて勉強しなければならないようだ。
「まあ、まだあと二年あるから大丈夫でしょ。何とかなるって。自分はそろそろ、就職のこと考えないとまずいだろうなぁ」
光蟲は大学院への進学を考えているが、私は今のところその可能性は低く(受けるとすればそのまま上智の大学院だが、多分GPAが足りないだろう)、そろそろ卒業後の進路を考えて行動しなければならない。
「それこそなんとでもなるでしょ。なんとか福祉士っていう国家資格も取る予定なんでしょ?」
アルバイト店員が、生ビールとレモンサワーを運んできた。
「あぁ、精神保健福祉士ね。でも、看護師のように業務独占じゃなくて名称独占の資格だから、あってもどれだけ価値があるか」
「取れるものは取っておいたらいいと思うよ。持ってるだけで多少は箔が付くし」
「そういうもんかねー」
天井付近のテレビは珍しく野球中継ではなく、ジャニーズグループが司会を務めるくだらないバラエティー番組を映していた。
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