半笑いの情熱

sandalwood

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2001年・冬

第87話「見通しなき今」

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 その日の一、二時間目は図工の授業だった。

 授業は一階の図工室で行われた。教室に入ってすぐ左側に黒板があり、右側一帯に木製の大きめのテーブルが九卓、三列になって置かれている。五年二組は三十人なので、一つのテーブルに三人もしくは四人座る。座る席は、三ヶ月に一度行われるくじ引きにより決定された。私のテーブルは九卓あるうちのちょうど真ん中で、他に上村と高杉、そして宮内みやうちがいた。
 
 彼女は物静かで、クラス内ではそれほど目立たない生徒だが、実はかなりの学力を有しており――上中下で言えば確実に上に位置するだろう――、科目によっては私に比肩ひけんする成績を取ることもあった。
 宮内とは、三・四年次も同じクラスだった。互いに口数が少ないこともあり、当時から話す機会はさほど多くなかったものの、互いに優秀なことは承知していた。時折テストの点数を褒め合ったり、他愛ない会話をするぐらいのことはあった。彼女とも、二学期に入ったあたりからはまるで言葉をかわしていなかったかもしれない。

 宮内は読書家だった。中休みや昼休みには、いつも教室や図書室で様々な本を読んでいた。芥川龍之介や夏目漱石など、小学生が読むには難しそうなものもいとわず愛読しているようだった。文学的な知識は、だから私以上に備えていたに違いない。その知識を活かして、彼女は学芸会の演目として『走れメロス』を提案し、採用された。
  
 もとより私は他人への興味関心が希薄なため、優秀だからといって宮内をライバル視したり、あるいは特別な感情を抱くということはなかった。
 しかし、上村のように強者に追従ついしょうすることしかできない奴や、高杉のようにリーダーシップがとれるのをいいことに、何の罪悪感もない様子で他人を軽侮したり弱みにつけ込んだりする奴や、倉橋のように金魚の糞のごときポジションに甘んじている奴や、有馬のように他と比べようもないほどの劣等生にも関わらず、阿附迎合あふげいごうを覚えたらしき救いようのない奴や、たいして秀でた能力なく、またスキルアップしようと励むこともなく、首藤のような愚物を無心で慕っている具眼のかけらも持ち合わせていないその他大勢の生徒たちと比較すれば、彼女のように寡黙ながらもやるべきことを理解し取り組んでいる生徒への関心は多少なりとも向けられ、自分に近しいものを感じた。

 宮内のように賢い生徒も、首藤の言動に文句ひとつ言わずに従っていたことを不自然に感じた時期もあったが、この時の私にはそんなことを考えられるほどの精神的な余裕はなかった。どのみち自分には味方など存在しないのだから、誰が何を考えていようがどうでも良かった。

 この先の生活をどうすべきか、または自分はどうあるべきかという茫漠とした問いへの見通しが立たなかったことは言わずもがな、今日をどう生きるべきかさえもわからずにいた。
 私というアイデンティティーや情熱を損なうわけにはいかないという確乎付抜かっこふばつの意思は継続していても、それをどのように形にすればよいかという方策はなかった。疲れていた。
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