半笑いの情熱

sandalwood

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2001年・冬

第81話「見事な役割分担」

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「悦弥、これ何なの?」
 帰宅してすぐ、母がいぶかしげな表情で訊いた。

「これって?」
 靴を脱いで下駄箱にしまいながら、目を合わせずに訊き返す。
「上村さんのとこから、変なFAX来てんのよ」
 顔を上げると、何やらびっしりと文字が書かれた用紙を二枚、先端のほうを持ってぶら下げていた。
「上村?」
 その名前を聞くや否や、確実にろくなことではないと感じる。
 FAXには、手書きで次のように記載されていた。

『池原さん

 お世話になっております。上村祐也の母です。
 先日、祐也と一緒にモスバーガーに行った際、偶然にも一人でお食事をとっている息子さんに会いました。ご両親ともお仕事で多忙との話でしたが、さすが悦弥君、一人でもしっかりされていますね。

 悦弥君についてですが、何点かお話をさせて頂きたく思います。
 まず、先日の学芸会のことですが、五年二組の演目は『走れメロス』で、一番最後の出番でした(当日いらしてなかったので、ご存知ないかもしれませんね)。
 日本劇の中でも人気が高く定番の演目ということで、他クラスの父兄からも注目されており、客席には例年の二倍近くの人が集まっていたように思います。
 クラスの皆も、放課後に定期的に練習を行っており(悦弥君は一度も参加しなかったそうですが)、担任の首藤先生と力を合わせて成功に向けて努力していました。

 しかし、悦弥君はクラスの皆や先生との打ち合わせ不足により、ご自分の山賊役の台詞や動きに変更があったことを知らず、本番では少々混乱している様子でした。
 そこで、悦弥君は面白半分に芝居を中断させ、ご自分の打ち合わせ不足をその場にいた他の生徒さん方に責任転嫁しました。この事実をご存知でしょうか?
 結局、悦弥君一人のために、芝居は山賊が登場したシーンからやり直しとなり、私を含む観客はすっかり水を差された気持ちでした。皆で一生懸命頑張ってきた学芸会も、まるで磯際いそぎわで舟を破るように、最後の最後で台無しになってしまい残念でなりません。

 また、悦弥君はお勉強の成績は優秀なようですが、日頃から授業態度に問題があると聞いております。
 首藤先生の話や指示を聞かずに勝手な行動を取って授業を妨害したり、勉強が苦手な生徒さんのことを馬鹿したりしていることは知っていますよね?

 学芸会の件も授業態度の件も、私だけでなく多数の保護者の方々が同じように感じています。このままでは、クラスの風紀がますます乱れてしまうことでしょう。
 悦弥君が心を入れ替えて、クラスの皆と協力して学校生活を送れますよう、今一度お母様のほうから話をして頂けますと幸いです。よろしくお願いします。

 上村善恵』

 このFAXを読んで、私は思わず膝を打った。
 クラスの中でいじめを牽引するメンバーとして、高杉が直接的手法、上村が間接的手法と、見事なまでの役割分担がなされていることを、私は初めて認識した。
 それぞれが自身の性格を活かし、得意とするスタイルで私への圧力をかける手を止めないその姿勢は、勉強なり何なりもっと他のことに熱を注げばもう少しましな人間になるだろうにと、いつものくだらない思考が瞬時に脳を駆けめぐる。

「ずいぶんなこと書かれてるけど、ホントなの?」
 母が、半信半疑とも馬鹿げているともとれそうな半笑いを浮かべて尋ねる。
「大げさなんだよ、あいつ。どうせ、自分がいつもたいした成績取れないものだからひがんで、あることないこと書いてるんだ。だいたい、そこに書いてあるようなことして僕に何の得があるのさ」
 面倒なことになる前にさっさと話を切り上げたいと思いながらも、冷静に返答する。
「ふふ、それもそうね」
 母は、納得したのかしていないのかはっきりしないような、曖昧な微笑を作る。そして、手にしていた用紙をぐしゃりと丸めて玄関のゴミ箱に捨て、ポケットからメビウスを一本取り出してくわえた。

「タバコ吸うならベランダ行ってよ」
 すぐに火を点けることはわかっていたが、話を反らすかのごとく指摘する。

「はいはい。ごめんごめん」
 そう言って、母は平然とメビウスに火を点けた。
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