半笑いの情熱

sandalwood

文字の大きさ
上 下
76 / 94
2001年・秋④

第76話「見解の相違」

しおりを挟む
「みんな、お疲れ様。最後までよく頑張ったな! すばらしいぞ!」
 教室に戻り、首藤が笑顔で生徒たちを讃える。

 我ながら、本当によく頑張ったと思う。苦手な集団行事から逃げずにミッションを完遂しただけでなく、窮地に立たされながらも機転を利かせて観客を引き寄せ、掉尾ちょうびを飾ったのだから。
 他の生徒たちを見ると、しかし昨日のような清々しさは窺えず、むしろ戸惑いや後悔といった負の感情が歴々としていた。

「池原、てめえ! どういうつもりだ!」
 自分の仕事ぶりを振り返りながら愉悦に浸っていたところ、高杉が立ち上がり、赫怒かくどに満ちた語勢で詰問する。
「どういうつもりって、それはこっちの台詞だよ。急に段取り変えたりして意味わかんないし」
 一気に鼻白はなじろんでしまい、私も立ち上がり小鼻を膨らませて返答する。

「昨日、帰りの会終わった後で、先生とクラス全体で相談して変更したんだよ。あのほうが流れがいいんじゃないかってことでね。池原くんの台詞は最後にひとつ用意していたんけど……そっか。池原くん、すぐ帰っちゃったから知らなかったんだ」
 上村も起立し、いかにもわざとらしい口調で割って入る。
「それならそうと、本番前に話してくれたらいいでしょ。同じ役なんだから」
 直前の変更――それも、特に意味があるとは思えない変更――など、あまりにも見え透いた彼ららしい馬鹿げた嘘で反論する価値もないと思いつつ、言われっぱなしも気分が悪いのでついお付き合いしてしまう。
「だっていつもギリギリにしか来ないから、言うときないじゃん」
「そう思うなら、帰ってから一本電話するとか、FAX送るとか、違う方法あるじゃない。緊急連絡網見れば番号載ってるでしょ。それに、遅刻してるわけじゃないんだからギリギリに来ようが勝手だと思うけど」

「そういう問題じゃねえよ! せっかくの学芸会、めちゃくちゃにしやがって! 何がテイク・ツーだ!」
 上村と私が口論しているところに、高杉が再び介入する。
「そうだ! 池原の馬鹿野郎!」
 有馬が床に座ったまま、彼らしい中身のない罵言を吐く。
 有馬の言葉を皮切りに、吉田や柿澤など、他の大多数の生徒たちも高杉に同意するように非難したり、あるいは口に出さずともこちらを白眼視はくがんしすることで類似した感情を表出し始めた。

「池原ぁ、ちょっと前に来い」
 ここまで手をつかねていた首藤が、重々しい口調で言った。
「何ですか? 無事に成功して良かったじゃないですか」
「前に来い!!」
 首藤が、大いに痛憤つうふんして声を張り上げる。
 やれやれとため息をつき、不承不承ふしょうぶしょうに彼の前に出た。

「お前、本当にあれで良かったと思ってんのか?」
 やや落ち着いた調子で、しかし私への怒りは持続させながら尋ねる。
「もちろんですよ。だってお客さんたちも喜んでましたから。僕の機転でテイク・ツー入ろうとした時も、拍手や応援してくれてましたし。なかなかあんなシチュエーションないから、珍しくて記憶に残る芝居になったと思います」
「ふざけるな!!」
 首藤が今日一番のヴォリウムで怒鳴り、がばりと私の胸ぐらを掴む。

「お前には見えてなかったかもしれないがな、うちのクラスの保護者の方々は、大体眉をひそめていたんだよ。終わってからも、多数クレームをもらったしな」
 宙に浮いたまま、果たしてそうだったろうかと思い出してみようとするも、現状が現状なだけにままならない。
「わざとぶち壊すような真似しやがって、お前のせいでみんなの努力が水の泡なんだよ!」
 私を掴む右腕をいったん左側に持っていき加速をつけてから、右方向に思いきり投げ飛ばす。落下してから二回転し、壁にぶつかって止まった。

「これから、みんなで打ち上げパーティーだ。とっとと荷物をまとめて失せろ」
 首藤の命令に対し、何か答える気力はもはやなかった。パーティーという言葉に反応したクラスメイトたちが、精彩を取り戻したような歓声をあげる。

 打ち付けた背中をおさえながら、ロッカーからランドセルを取り出し、さっさと教室を後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

彼女は処女じゃなかった

かめのこたろう
現代文学
ああああ

処理中です...