半笑いの情熱

sandalwood

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2001年・秋③

第68話「唯一の味方たる感情」

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 初日の舞台は、大きな問題もなく終了した。
 自身のクラスも例に漏れず、クラスメイトたちの大げさで野暮ったい芝居――私も人のことは言えないが――は、舞台袖で見聞きしていると虫唾むしずが走る。

 私のように、学芸会など無駄事でしかないという歪曲した考えではない生徒が大勢いる中、そんなふうに自分だけ心中で毒づいても、かえってこちらが攻撃されているような気がして不快なものだった。しかし、限られた自由時間の一部をこんなつまらない事にではなく、図書館での自主学習など有意義な事に充てることができたという満足感と安堵感だけが私の味方だった。


「今度の日曜日学芸会あるけど、来る?」
 先週の土曜日、自宅で夕飯を食べながら、ソファーに横になってニュース番組を観ている母に機械的な口調で尋ねた。
「遠慮しとくわ。あなたのことだから、嫌々やってるだけなんでしょ」
 背を向けたままで母が答えた。さすがに、息子の性格をよく把握している。
「まあね。一応聞いただけだよ」
「ちゃんと勉強はしてるみたいだから、それで十分よ。なぁに、来てほしいの?」
 食卓のほうへ振り返り、いたずらっぽく――それでいて嫣然えんぜんと――笑いながら聞き返してきた。
「まさか」
 同様の半笑いを返し、何事もなかったかのように目の前のカレーライスをすくって口に含んだ。


 高杉や上村はともかく、練習ではとちってばかりで首藤から散々馬鹿にされていた有馬も、本番では目立った失敗なく演じていた。

 有馬と上村と私は、王の部下役に加えて山賊役も担っていたが――よりによって何でこの二人と一緒なのかと、キャスト決めのときには辟易した――、事前に三人でこれといった打ち合わせなどもしていないわりには円滑にこなせた。練習では、山賊役のシーンは有馬のミスで中断することが多かった。しかし居残り練習の成果か、あるいは有馬自身がなぜか妙にやる気になっていたからか分からないが、人間何でも積み重ねれば多少は成長するものだとほんの少し感心した。

「みんな、お疲れ! よく頑張ったな!  練習の時よりもずっと良かったぞ」
 初日のプログラムが終了し、教室に戻って首藤が紋切り型の褒め言葉を全体に投げかける。

「たくさん練習してきたから、そんな緊張しないで出来ました!」
 メロス役(後半)を務めた高杉が、満足げな表情で答える。
「さすがだな。明日もその調子で頼むぞ!」
「もちろんっす!」

 彼らのどうでもいいやり取りを聞き流しつつ、異動してきた頃よりもさらに肥えたのではないかと、首藤の大きく丸い面をちらちらと見ながら思う。
 そんなことより腹がへった。昼食で支給された弁当は、私の嫌いないなり寿司だったので手をつけなかった。消費期限が今日までなので、持って帰れば両親が食べるだろう。我慢すれば少しぐらい食べられないこともなかったが、一食抜いたからといって台詞が飛ぶということもないだろうと思った。

 午前の部終了後、それぞれ教室に戻って昼食をとったが、私は弁当をランドセルにしまい、さっさと教室から出て行った。
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