半笑いの情熱

sandalwood

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2010年・秋

第34話「目立ちたがり」

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 他人から注目を浴びることに一定のスリルと快感を見いだすようになったのは、秋の埼玉大戦の時だろうか。あるいは春の、四連敗後に迎えた東工大戦の時だろうか。

 いや、もっとずっと前かもしれない。
 高校時代、秀でた器量も人並みのコミュニケイションスキルもなかった自分が学業にだけは貪欲に取り組み、周囲から一目も二目も置かれていた。また小・中学時代も、一目置かれていたかどうかはともかくとして、記憶力ゲームのハイスコアによって周囲からそれなりに注目されていた。他にこれといってすべきことがなかったゆえの暇潰しの結果といえばそうなるが、それだけではなかった。私は目立ちたがりなのだ。それも、臆病で内向的な。

 ここ最近は忘れていたが、一週間ほど前に井俣と浅井と、そして光蟲に茶会のお誘いメールを送った時にふと思い出した。私が最も恐れているのは、何ひとつとして目立つものがなく、沈香じんこうかず屁もひらずのごとき人間へと着地してしまうことだった。
 井俣は、連休中はアルバイトが忙しく来られないとのことだった。彼は進んで誘いたい相手ではなかったが、囲碁部のメンバーで浅井だけを誘うのはなんとなく決まり悪い気がした。永峰さんや白眉さん辺りに声をかけようかともほんの少しばかり脳裏に浮かんだものの、先日の団体戦の件もあって気まずく感じた。

 浅井も光蟲も、最終日なら都合が良いとのことだった。お点前にしろ半東にしろ、気心の知れた人物に見守られているほうが気楽にこなせそうな気がした。同時に、彼らから嗟嘆さたんの声を受け取りたいとも思った。私はそういう男であり、目立ちたいという欲求は結局そこに帰結する。


 二日目。冷静になろうと思いながらも、焦心の念が先行した。
 午前の時点で、午後の半東の席を想像してお点前に専心出来なかったのである。

 茶席に入る段階で、建水けんすい(席中で、茶碗をすすいだ湯水を捨て入れるための容器)の上に伏せた状態で乗せた柄杓を床に落とすという初歩的なミスを犯した。その後も、苦手な引き柄杓では派手に柄杓を滑らせた。
 半東が東でなかったから、という言い訳は通用しないほど惨憺さんたんたる内容だ。内も外も責め立てる者はいなかったが、全員から糾弾きゅうだんされているような心持ちだった。

 午後の半東は、当然ながら不首尾に終わった。
 最初の挨拶から大きく詰まり、その後もお菓子や道具の説明を間違えたり飛ばしたりするなど、稽古で学んだ内容をほとんど活かせないまま終局した。その場に居た十名ほどの客たちも、心なしか居心地が悪そうにさえ見えた。

 同じだ。春の団体戦で連敗した時や、秋の団体戦で時間切れ負けした時と。
 一度崩れると、立て直しの効かない脆弱な精神。ここで明日仮病を使えば、これ以上恥をさらさなくて済む。しかし、それでは先月の大会の時とまるで同じだ。いや、高校三年の秋、周囲の環境に馴染めず文化祭の準備から遁走とんそうした時と何も変わらない。私は、何も変わっていないのだろうか。多少碁の力を付けても、根本的なところは何も成長がないのだろうか。

「横、よろしいかしら」
 水屋みずやの隅の長椅子で屠所としょの羊のようにうなだれていると、平山ひらやま先生――喜寿を超える高齢にも関わらず、鎌倉から週に一度はるばる指導に来られている――が隣に腰かけた。

「すみません。せっかくご指導頂いたのに、あんなひどい席にしてしまって」
 普段より温厚篤実おんこうとくじつな平山先生は、自己主張の強い女子部員が多い茶道部の中で、最も心地よく接することのできる人だ。稽古の際は、いつも端的に厳しい指摘が飛んでくる。しかし、一方で多少とも上達の色が見られた際は、逃さず御嘉賞ごかしょうの言葉もかけてくれる。そんな平山先生に、腑抜けた茶席を見せてしまったことを心苦しく思った。

「私は囲碁はわからないけれど、たぶん、同じではないかしら」
「えっ?」
 なんとなく、その先の台詞には多少の予想がつけられる。しかし、自然と意表を突かれたような声色になった。

「あなたらしく、やってごらんなさい」
「私らしく……」
 集中力が大切とか、気持ちが時として技術を上回るとか、そういう内容を予想していた。

「では、ね」

 平山先生はしとやかに微笑みながら席を立ち、他の部員の様子を窺いに行った。
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