6 / 18
第6話「勉強場所」
しおりを挟む
夜、リビングで母さんが観ている安っぽい刑事ドラマをBGMに、図書室で借りた江國香織の『つめたいよるに』を読みながらふと考える(残念なことにわが家には自室というものがないので、勉強机もリビングに置かれている)。
夕方みた夢に出てきた男のことは、よく覚えている。
忘れようがなかった。彼には、実際に会ったことがある。しかも二度だ。
十一月の終わりまで、僕の放課後の勉強場所は、夢に出てきた市の図書館だった。火曜日と金曜日は塾があるから、それ以外の平日の三日間。
あまり思いだしたくはないのだけれど、二度目に会った時、あの男に頭突きされた。それも三連発。それが軽いトラウマになって、僕は図書館通いをやめた。
「試験来週だけど、勉強してる?」
ドラマがコマーシャルに入り、母さんが僕の方をふり向いて言った。
「うん。苦手な算数も克服して、塾の先生からも大丈夫だろうって言われてる」
「そう。まあ、頑張ってね。家でやりにくかったら、駅前のカフェとかでやってもいいよ。お金、出してあげるから」
駅前のカフェ。どこにでもあるチェーン店で、よく高校生や大学生が勉強している。図書館に行かなくなってから何度か行っていて、二百円ちょっとでドリンク――コーヒーは苦手なので、いつも紅茶かオレンジジュースだ――を頼めば二、三時間いても怒られないから、結構使える場所だ。それに小学生がカフェで勉強なんて、だいぶ異端な気がするけどなんかカッコいい。
「うん、ありがとう」
小説は、あまり頭に入ってこない。母さんが観ているテレビのせいだけではなかった。
単に勉強場所ということなら、学校の図書室でよかった。わざわざ、お金を使ってカフェに行く必要なんてない。土日はともかくとしても。
平日は六時までいられるから、帰る前のひと勉強としては十分だ。実際、図書室に自習しに行く日が、最近でも週に一回ぐらいはある。橘さんは例のアラフォーらしくない笑顔で、しつこくない程度に気づかって声をかけてくれるし、今日みたくほかにだれもいない時は、ときどきこっそりお菓子をくれたりもする。
僕は勉強が嫌いじゃない。むしろ、わりと好きなほうだと思う。
中学受験もお母さんからの提案があったとはいえ、決めたのは自分。将来なにになりたいかなんてまだわからないけど、それを見つけるためにもより良い環境で勉強したいと思った。すごく偏差値の高い難関校ではないものの、秋ごろ見学に行ったらとても綺麗な学校だったし――図書室も、小学校の倍以上の広さだった――、先生も生徒も温かい雰囲気で、ここで勉強してみたいと感じた。
でも、なんだかしっくりこない。
家に自分の部屋がないとか、図書館に変な男がいたとか、もしくはカフェで勉強するのがちょっとカッコよくみえるからとか、そんなのは言い訳でしかないような気がする。なんとなく学校から距離をおきたくなるのは、もっと別の理由がありそうな感じがした。
母さんと話し終えてから数分たつのに、同じページの同じ行ばかりをくり返し目で追いかけていることに気づいて、僕は小説をとじた。
夕方みた夢に出てきた男のことは、よく覚えている。
忘れようがなかった。彼には、実際に会ったことがある。しかも二度だ。
十一月の終わりまで、僕の放課後の勉強場所は、夢に出てきた市の図書館だった。火曜日と金曜日は塾があるから、それ以外の平日の三日間。
あまり思いだしたくはないのだけれど、二度目に会った時、あの男に頭突きされた。それも三連発。それが軽いトラウマになって、僕は図書館通いをやめた。
「試験来週だけど、勉強してる?」
ドラマがコマーシャルに入り、母さんが僕の方をふり向いて言った。
「うん。苦手な算数も克服して、塾の先生からも大丈夫だろうって言われてる」
「そう。まあ、頑張ってね。家でやりにくかったら、駅前のカフェとかでやってもいいよ。お金、出してあげるから」
駅前のカフェ。どこにでもあるチェーン店で、よく高校生や大学生が勉強している。図書館に行かなくなってから何度か行っていて、二百円ちょっとでドリンク――コーヒーは苦手なので、いつも紅茶かオレンジジュースだ――を頼めば二、三時間いても怒られないから、結構使える場所だ。それに小学生がカフェで勉強なんて、だいぶ異端な気がするけどなんかカッコいい。
「うん、ありがとう」
小説は、あまり頭に入ってこない。母さんが観ているテレビのせいだけではなかった。
単に勉強場所ということなら、学校の図書室でよかった。わざわざ、お金を使ってカフェに行く必要なんてない。土日はともかくとしても。
平日は六時までいられるから、帰る前のひと勉強としては十分だ。実際、図書室に自習しに行く日が、最近でも週に一回ぐらいはある。橘さんは例のアラフォーらしくない笑顔で、しつこくない程度に気づかって声をかけてくれるし、今日みたくほかにだれもいない時は、ときどきこっそりお菓子をくれたりもする。
僕は勉強が嫌いじゃない。むしろ、わりと好きなほうだと思う。
中学受験もお母さんからの提案があったとはいえ、決めたのは自分。将来なにになりたいかなんてまだわからないけど、それを見つけるためにもより良い環境で勉強したいと思った。すごく偏差値の高い難関校ではないものの、秋ごろ見学に行ったらとても綺麗な学校だったし――図書室も、小学校の倍以上の広さだった――、先生も生徒も温かい雰囲気で、ここで勉強してみたいと感じた。
でも、なんだかしっくりこない。
家に自分の部屋がないとか、図書館に変な男がいたとか、もしくはカフェで勉強するのがちょっとカッコよくみえるからとか、そんなのは言い訳でしかないような気がする。なんとなく学校から距離をおきたくなるのは、もっと別の理由がありそうな感じがした。
母さんと話し終えてから数分たつのに、同じページの同じ行ばかりをくり返し目で追いかけていることに気づいて、僕は小説をとじた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
ヘブンズトリップ
doiemon
青春
理不尽な理由で病院送りにされた主人公は、そこで面識のない同級生の史彦と出会う。
彼はオカルト雑誌に載っていた亜蘭山の魔女を探しに行こうと提案する。
二人は病院を抜け出し、亜蘭山までドライブすることになるのだが、そこにはとんでもないトラブルが待っていた。
好奇心
sandalwood
ライト文芸
僕は小学生だけど、これでも立派な受験生。
放課後は塾のない日も、一人で図書館で自習するぐらいには真面目な子どもだ。
いつものように勉強していると、視線の先にとても奇妙な男がいた。なんだか知らないけれど、楽しそうにしている。
日々忙しくしていると忘れがちな、子どもの頃の気持ちを思い出す短編小説。
感情とおっぱいは大きい方が好みです ~爆乳のあの娘に特大の愛を~
楠富 つかさ
青春
落語研究会に所属する私、武藤和珠音は寮のルームメイトに片想い中。ルームメイトはおっぱいが大きい。優しくてボディタッチにも寛容……だからこそ分からなくなる。付き合っていない私たちは、どこまで触れ合っていんだろう、と。私は思っているよ、一線超えたいって。まだ君は気づいていないみたいだけど。
世界観共有日常系百合小説、星花女子プロジェクト11弾スタート!
※表紙はAIイラストです。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
お隣に住む従姉妹のお姉さんが俺を放っておいてくれない
谷地雪@悪役令嬢アンソロ発売中
青春
大学合格を機に上京してきた主人公。
初めての一人暮らし……と思ったら、隣の部屋には従姉妹のお姉さんが住んでいた。
お姉さんは主人公の母親に頼まれて、主人公が大学を卒業するまで面倒をみてくれるらしい。
けどこのお姉さん、ちょっと執着が異常なような……。
※念のため、フリー台本ではありません。無断利用は固く禁止します。
企業関係者で利用希望の場合はお問合せください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる